なにかを知ったり学んだりすることは、単純に「知識や情報を得ること」だと考えていませんか? じつは、「知ること」の効用はもっと深いもので、自分の成長や進歩にとって欠かせない営みだと野球評論家の野村克也さんはいいます。

謙虚な姿勢で学びを続けている人だけが、なぜめまぐるしい成長を遂げていくのか? 今回は、野村さんが、「知ること」の本当の意義と力をお伝えします。

【格言】
たくさんのことを知らないと、
「無知」は自覚できない

うまくいかない現状を打破するのに有効なのは、自分にしかできないことを見つけることである。そのために必要なのが、幅広く知識を吸収すること。無知のままでは、そのヒントさえ見い出すこともできない。

わたし自身、この年齢になっても自分がいかにモノを知らないのかを知っている。言い換えると、日々、無知であることを自覚し、自覚させられているのだ。だから、人の話を貪るように聞き、顔を輝かせて聞いている。それによって、無知が減っていき、僅かながらも成長できていると感じるからだ。

実際、たくさんのことを知らなければ無知は自覚できないし、少なくともなにかを摂取するために心を前向きに構えていなければ、自分が無知であることにも気づかない。本当に無知な人は、自分が無知であることに気がついていないのだ。ゆえに、成長や進歩と無縁となっていくことになる。

「もっと多くの人の話を聞いてみたい」「本を読んでさらなる広い世界を知りたい」
わたしに、こんな欲が出てくるのは、自分の無知を自覚しているからだ。

【プロフィール】
野村克也(のむら・かつや)
1935年、京都府に生まれる。京都府立峰山高校を卒業し、1954年にテスト生として南海ホークスに入団。3年目の1956年からレギュラーに定着すると、現役生活27年間にわたり球界を代表する捕手として活躍。歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王などその強打で数々の記録を打ち立て、MVP5回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回など、タイトルを多数獲得。また、1970年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、延べ4球団で監督を歴任。ヤクルトでは「ID野球」で黄金期を築き、楽天では球団初のクライマックスシリーズ出場を果たすなど輝かしい功績を残した。現在は野球評論家として活躍中。

Photo◎産経ビジュアル

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古代ギリシャの哲学者ソクラテスが「無知の知」という言葉を遺したのはあまりに有名ですが、自分が「無知であること」を知ることこそが、自分に足りないものや自分が本当に得意とすることを教えてくれます。

そして、自分が無知であることを知るためにも、もっと多くのことを「知る」。向上心がある限り、これは人間の終わることのない営みであり、また叡智なのかもしれません。

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カリスマの言葉シリーズ#003『野村の金言』

野村克也

セブン&アイ出版 (2017)