人生は選択の連続であり、仕事や生活において、決断力やスピーディーな決断の重要性が叫ばれています。一時の迷いや優柔不断が仕事や学びの結果を大きく左右する場面もあることを思うと、一見うなずく面もありますが、本当に「迷い」はただのネガティブな姿勢なのでしょうか?

教育評論家の尾木直樹さんは、「優柔不断」は必ずしも悪いことではなく、むしろ自信満々に素早く決断していく姿勢を賞賛する風潮こそが、取り返しのつかない衝突を生むことがあると考えています。今回は、「迷い」や「優柔不断」がもつ強靭なパワーについてお伝えします。

【格言】
迷いは“柔軟性のもと”

「迷ってばかりでハッキリしない人」は、特に女性からは敬遠される傾向があります。ビジネス書などを見ても、「成功者は決断が早い」と書かれていますね。「優柔不断」は“自信のなさ”の現れととらえられがちですが、本当にそうでしょうか。

わたしは、「優柔不断」はそんなに悪いことではないと考えています。例えば、優柔不断とは逆に、なにごとにも白黒をハッキリつけたがる人どうしが衝突したらどうなると思いますか。どちらも引かず、自分の主張を押し通すばかりで、ぶつかり合い、争うことでしか解決しません。優柔不断な人は相手の気持ちも考えて、我を押し通すことができない――言い換えれば、譲り合おうという心のある人なのです。

譲り合えるということは、より多くの人の意見に耳を傾けられるということでもあります。すると、ひとりでは考えつかないような素晴らしいアイデアに巡り会えたり、新しい可能性が開けたりするチャンスが広がるのです。ものごとを解決するときも、衝突ではなく、話し合いで答えを導き出せる可能性が高いといえます。

あれこれ考えて“迷う”ことは“柔軟性のもと”でもあるのです。ですから、いろいろな可能性を探って迷う経験も大切にしてほしいと思います。

【プロフィール】
尾木直樹(おぎ・なおき)
1947年、滋賀県に生まれる。早稲田大学卒業後、私立開城高校、東京都公立中学校にて22年間にわたって教職に従事。その後、大学教員に転身し、2012年4月からは法政大学教職過程センター長・教授を務める。子育てと教育、メディア問題の專門家として調査・研究に取り組む一方、知見を活かし各メディアに出演している。近著に『取り残される日本の教育 わが子のために親が知っておくべきこと』(講談社)、『教育とは何?―日本のエリートはニセモノか―』(中央公論新社)などがある。

Photo◎川しまゆうこ

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米国のライターであるスーザン・ケインの『内向型人間の時代』(講談社)も話題になりましたが、ビル・ゲイツしかりアインシュタインしかり、物静かで思索的な人たちこそが社会を変えているのは歴然とした事実。

「わたしはなんでも迷うし決断力がない」「人前でハキハキ話せないし社交的でもない」と悩んでしまうのではなく、そんな「優柔不断」や内向的な姿勢が内に秘めるとてつもないパワーを見つめ直してみませんか?

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