誰よりも勝利を望む気持ちが強い者だけが生き残るのが、プロフェッショナルの世界。どんな分野でも「勝負強い」人というのは、並大抵ではない覚悟を持って戦いの場に臨んでいると、かつて米長邦雄さんは言いました。

今回は、将棋界に数々の伝説を打ち立てた米長永世棋聖の勝負師像をとおして、冷徹なまでの「勝者の思考」に迫ります。

【格言】
勝負師は勝たねばなりません

吉川英治作の小説『宮本武蔵』では、武蔵と佐々木小次郎の剣術の試合が物語のクライマックスを飾る。武蔵は遅刻して現れた。そしていらだった小次郎を相手に、武蔵は勝利を収める。では、勝負に勝つためには手段を選ばないという姿勢は、正しいのだろうか。それに対する考え方は、善悪を超え、人生観にも関わることだろう。米長邦雄は著書で、こう言い切っている。

「これ(宮本武蔵の遅刻などの術策)を卑怯だという人もいますが、わたしはそうは思いません。武蔵は勝負師なのです。勝負師は勝たねばなりません。将棋なら負けても命はありますが、剣で負けることは死を意味します」
「勝つために一生懸命やったことなら、何をやっても許される、とわたしは考えます。それが勝負師です。楽しみでやっているアマとは違うのです」(米長邦雄『米長流 株に勝つ極意―強い金、強い運で挑め』)

ここまで言い切れる人は、なかなかいないだろう。「武蔵はアンフェアだ」「ルールを破ってまで勝ちたいとは思わない」などの意見も、当然ありそうだ。ただし、それぞれがなにを思おうとも、「どんな手段を用いても勝ちたい」と必死の思いで勝負の場に臨む勝負師がいることだけは、覚えておくべきなのかもしれない。

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フェアであることは美徳であり、その人の生き様を示すうえでもとても大切なことです。しかしプロの世界においては、あらゆる手段を用いて勝利を望む者たちがいることも紛れもない事実です。

ルールさえ破らなければ、どれだけ卑怯と言われてもすべては勝つための布石――。これは、対象にどれだけ真剣に向き合っているかを示しているとも言えます。米長流の勝負師の「執念」を持って事に臨めば、どんなことでも達成できる可能性が高まっていくことでしょう。

【棋士プロフィール】
米長邦雄(よねなが・くにお)
1943年6月10日、山梨県南巨摩郡増穂町(現・富士川町)に生まれる。56年、6級で佐瀬勇次名誉九段門下。63年、四段。71年、八段。タイトル獲得通算19期(歴代5位・2018年1月末現在)。棋聖位は通算7期を獲得し、永世棋聖の称号を得る。03年に現役引退。05年から12年まで将棋連盟会長を務める。12年12月18日逝去。享年69歳。

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