「火事場の馬鹿力」は諸刃の剣。締め切りギリギリで慌てすぎないための “行動経済学的” 解決策

締め切りが目前に差し迫ってから、集中して一気呵成にタスクを片付ける。誰もが覚えのある経験でしょう。そのたびに「この集中力を最初から発揮していれば」と後悔しながらも、「自分はやるときはやる人間なんだ」という自信を深めてもしまいがちです。そして、私たちは同じ過ちを繰り返してしまうのです。

物事を計画的に行うことができないのはなぜでしょうか。今回は、締め切りギリギリになってしまうメカニズムの解明とそうならないための方法をご紹介します。

人は締め切りギリギリにしてしまう性を持っている

「仕事でも課題でも、ギリギリになる前に計画的に行えばよい」という考えは、そう簡単にはうまくいきません。このことは皆さんも、今までの経験から重々お分かりのことと思います。イギリスの政治学者パーキンソン氏が1955年の時点で、「仕事は与えられた時間の分だけ膨張する」と述べているぐらいです。

なぜ私たちは、仕事を時間いっぱいまで引き延ばしてしまうのでしょうか。

その理由は、人に目先の利益を過大評価して将来の利益をおろそかにするという非合理な傾向があるためです。「双極割引」あるいは「現在バイアス」と呼ばれるこの傾向は、貯金ができない、ダイエットに失敗する、そして、毎回締め切りギリギリになるといった、自制心が負けてしまったと感じるような現象のほとんどの要因となっています。

現代社会のような、生死の間際とは無縁であるような状況からすれば不合理な傾向ですね。しかし、先まで生きていることが確実ではない自然界や過去の人類にしてみれば、この傾向は生存のために不可欠なものであるでしょう。

すなわち、目の前のことに夢中になってやるべきことを先延ばしにしてしまうのは、本能あるいは性とでも呼べることなのです。

1対1のタスク・締め切り設定が余裕と成果をもたらす

物事を先延ばしにしてしまうのが本能だとしても、現代社会に生きる私たちはそれを容認するわけにはいきません。そのために参考となるのが、行動経済学者ダン・アリエリー氏の行った実験です。

この実験で、アリエリー氏は学生に3つのレポートを課し、3つのクラスに以下のような締め切り設定を行いました。

1. 学期末までなら、いつ提出してもよいこととする 2. レポートごとに提出期限を自分で設定する 3. 各レポートの締め切りを設定する(バランスよく間隔を空けている)

人間が完全に合理的であれば、時間を完全に自由に使える1のクラスが最も評価の高いレポートを提出することでしょう。しかし、上の内容をお読みであれば簡単に予想されるように、1のクラスのレポートは最も評価が低いものとなりました。一方で最も評価の高いレポートを提出したのは3のクラス。2のクラスは中間レベルとなりました。

2のクラスでは、「先延ばしする傾向」に自覚的な生徒は十分な間隔をあけて締め切りを設定し、3のクラスと遜色のない評価を得ていました。一部の、「先延ばしする傾向」を理解していない学生によって平均が下がり、1と3の中間となってしまったのです。

この実験から示唆されるのは、「自ら決意表明を行う(締め切りを設定する)ことは、外部から強制に課されるのと同様の効果が得られる」ということです。また、「ひとつの締め切りに対してタスクを固めないこと、あるいは分割することがパフォーマンスを高めるのに必要である」ということもわかります。

タスクと締切とが1対1になるように自己設定することで、時間的余裕が生まれ、高い成果をあげることができるようになるということですね。

締め切り設定にはコツがある。火事場の馬鹿力「集中ボーナス」とは?

さて、自分で締め切りを設定することの有用性をお分かりいただけたところで、その際のコツ、あるいは注意するべきことをひとつご紹介します。

それは、締め切りに追われたときに発揮される異常な集中力と処理能力、すなわち、火事場の馬鹿力ともいえる「集中ボーナス」というものです。

この生産性の向上は時間に限らず様々なものが欠乏したときに発揮されます。例えば、行動経済学者のセンディル・ムッライナタン氏らが行った実験では、ブルーベリーを弾にした射的ゲームで、持ち弾が少ない貧民被験者ほど、富豪被験者よりも正確な射的を行いました。弾の欠乏が集中力の向上をもたらしたのです。

しかし、残念なことに「集中ボーナス」は意図的に引き出すことはできません。「集中力を早めに、計画的に引き出そう」と思っても、なかなか実践できないのはこのため。「集中ボーナス」によって乗り越えた経験を基準に予定を組むと、自分の処理能力を過大評価してしまい、結果的に次も締め切りに追われることとなってしまうのです。

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締め切りギリギリの裏でミスが生まれる

「集中ボーナス」に頼ってはいけないもうひとつの理由を紹介しましょう。それは、「集中ボーナス」の欠点と言える「トンネリング」です。時間その他の欠乏をきっかけに発揮される「集中ボーナス」ですが、決して脳の作業容量が増えたわけではありません。目前のことに高い集中力を発揮する一方で、それ以外のことに関する視野が狭くなってしまう「トンネリング」が生じてしまうのです。

これに関連した、興味深い話があります。アメリカの消防士の死因で交通事故は多くの割合を占め、さらにその80%近くがシートベルトを締めていなかったという推計があるのだそう。ここから見えることは、アメリカの消防士が交通規則を守らないということではありません。交通事故により亡くなる消防士が陥っていたのが、この「トンネリング」。緊急出動のための準備や迅速に到着することの必要性は、彼らを時間の欠乏に直面させ、高い集中力とパフォーマンスを発揮させます。その一方で起きる「トンネリング」が、シートベルトを締め忘れるようなイージーミスを発生させるのです。

私たちの日常においては、タスクの締め切りを守れなかったことによって死亡につながるような重大なことは起きないでしょう。しかし、軽率に家族や友人に失礼な言動をしてしまう、忘れ物をしてしまうなど、「集中ボーナス」でタスクを乗り越える恩恵の裏で小さなミスが重なっている可能性は十分にあるということです。

火事場の馬鹿力を信用せず、余裕をもった締め切り設定を

締め切りギリギリに物事を行うことが、いかにリスクを伴うものであるかがお分かりいただけたと思います。

肉体面での火事場の馬鹿力は、怪我をしないために抑えられている筋肉を総動員するために発揮される力のこと。その代償として怪我のリスクが発生します。そう考えると、脳の火事場の馬鹿力にもリスクがあることは、おそらく容易に納得できるのではないでしょうか。

締め切りギリギリにならないためには、タスクひとつひとつに対して締め切りを自己設定することが大切です。また締め切りを設定するときは、これまでのギリギリの経験、すなわち、締め切り目前に集中力を発揮してどうにか乗り切った時の生産性を基準にしてはいけません。知らないうちに自分の能力を過大評価してしまい、またしても締め切りギリギリになってしまうからです。

締め切りギリギリになってしまうのは本能的なものであり、自制心が足りないなどという精神論で解決できるものではありません。人間として抱える問題を自覚したうえで対処法を考え、スマートな乗り切り方をしていきましょう。

(参考) センディル・ ムッライナタン著,エルダー・シャフィール著,大田直子訳(2015),『いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学』,早川書房. ダン・アリエリー著,熊谷淳子訳(2013),『予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』,早川書房. B-Plus|京大教授が“切る”現代経済 vol.12(最終回) 行動経済学が描く新しいココロの世界 The Economist|Parkinson’s Law 医教コミュニティ つぼみクラブ|第41回 火事場の馬鹿力は本当に出るのか?

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