皆さん、「東京理科大学」というとどんなイメージがありますか? 物理や化学などを専門にする理系の難関大学、という印象の方が多いのではないでしょうか。それも一面として正しいのですが、どうやら理科大は今、「宇宙」に本気みたいなのです。

副学長に日本人女性初の宇宙飛行士、向井千秋氏、そして昨年まで長年JAXA(ジャクサ・宇宙航空研究開発機構)の宇宙科学研究所副所長をつとめた藤井孝蔵氏を教授として招聘した、と聞けば、理科大の本気度が伝わるのではないでしょうか。

今年の1月に第一生命が行った「将来の夢」の男の子の第9位に宇宙飛行士が選ばれたり、理科好きの小学生の間で人気の雑誌のアンケートでは「宇宙関連の仕事」がダントツトップだったり。今では子どもたちにとって「宇宙」はテレビの向こう側の世界ではなく、本気で目指したい身近なものなのですね。そんな子どもや学生の「本気」に、理科大は正面から向きあっています。

今回は、今後の理科大の宇宙研究を牽引していく藤井教授にお話をお伺いしました。

藤井孝蔵先生

藤井孝蔵先生

編集部:藤井先生は昨年までJAXAにいらしたと伺いました。まずは簡単なプロフィールを教えていただけますでしょうか。

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苦手だった英語でほぼ満点を取って国立千葉大学医学部に現役合格した話。
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藤井先生:私は1974年に東京大学の工学部航空学科を卒業しました。普通ならそのまま就職したのでしょうが、まだ学生運動の余波があった時代で、何となく大学院に進み、1980年に博士課程を修了しました。団塊の世代の尻尾ですので、大学などの職もなかなかなくて困っていたところ、ある研究成果が偶然NASAの関係者の目に留まり、声を掛けて頂いたのが私のキャリアのスタートです。

1970年代のNASAはスペースシャトルの開発など、まさに大きな研究が始まるという時期。そんな時代に日本人の私がNASAに行けたのは、幸運としか言いようがありません。

そしてしばらくして帰国し、大学院時代を過ごした宇宙科学研究所(現在のJAXA)で働くようになりました。今度は、日本の宇宙研究が大きな変革を遂げる時代。私は偶然にも日米両方の宇宙研究の発展期に身を置くことができたのです。

編集部:大学で宇宙工学を学び、NASAとJAXAで働くなんて! しかも、就職活動で見つけた道ではないというのが素晴らしいご縁を感じますね。最も在職年数が長かったJAXAでは、どんなことを研究されていたのでしょうか。

藤井先生:「JAXA=宇宙」という印象を皆さんはお持ちだと思います。宇宙の仕事といえば、宇宙飛行士がぱっと浮かびますね。でも、宇宙に関わる仕事はなにも宇宙飛行士だけではありません。JAXAでは、安全なロケットをつくることが専門の人や、風の抵抗を少なくする研究をしている人、燃料や、「はやぶさ」のような探査機の研究をしている人など、実に様々な人が仕事をしています。宇宙とは、理工系のさまざまな学問が融合しているフィールドなのです。

JAXAはその「宇宙に関わること全て」の研究機関ですね。私はその中でも「流体力学」という分野を専門としています。「流体力学」とは流体、つまり液体のように動くものを研究する学問です。

<流体力学とは>
流体に働く力、流体の運動状態,流体がその中の物体に及ぼす力などを論じる物理学の部門。静止状態を取扱う流体静力学は、アルキメデスの原理・パスカルの原理・ボイルの法則などを通じて最も早く発達した。

引用元:ブリタニカ国際大百科事典

編集部:流れるもの、というと水や空気などでしょうか? もう少し具体的に教えて頂けますでしょうか。

藤井先生:ロケットが噴射するとものすごい騒音が起きますね。あれも「音や空気の流れ」です。日々騒音を減らす方法、抵抗をなくす方法を研究するうちに、それが他の様々な分野に応用できることが分かりました。

たとえば電車で一度遅れたら、後続の電車もずっと遅れてしまうという状況や、高速道路で自然発生的に渋滞が始まる現象なども全て人や車の流れですから、「流体力学」。

最近私が一番興味を持っているのは、朝のラッシュや人身事故から来る電車の遅延です。一度人身事故が起きるとなかなか元に戻りませんよね。これは最初から「遅延したらどうやってリカバーさせるか」という想定が十分にはできていないからです。渋滞学と流体力学を合わせてどうにか改善できないか、最適なダイヤにできないか、と真剣に考えています。

朝のラッシュが緩和されたり、事故後の復旧が早まれば、みなさんが喜ぶと思いませんか? 難しい理論だけではなく、実際に人の生活の不便を解消することこそ意義のある研究だと思っています。

研究室には様々なお手製の実験器具が

研究室には様々なお手製の実験器具が

編集部:なるほど! 「流体」というのは水や空気のような自然界のものだけではなく、人や車など、動いているもの全てを指すのですね。その研究は、様々な分野で活躍しそうです。

藤井先生:そうですね。今の話は鉄道の渋滞緩和ですが、他にもあります。たとえばAir Traffic Managementという研究分野があり、これは空の渋滞情報を研究する学問です。飛行機の飛行状況だけではなく、パイロット→乗客→荷物の流れをしっかり調査すればトラフィック(流れ)が分かりますよね。こういった学問は、まさに車の渋滞や電車の遅延にいかせるはずです。

話を空気の流れに戻すと、某車メーカーとは車の抵抗低減の共同研究を行っていたり、電機メーカーとは風力発電の共同研究を行ってもいます。どれも一見宇宙とはまるで関係がないようですが、ロケットや宇宙という特殊な世界で徹底的に研究をし尽くしてきたことが、私たちの日常にも応用できるのです。

編集部:宇宙飛行士が宇宙にいくための研究が、私たちの身の回りの問題解決にも応用できるとは……。他にも力を入れている研究はありますか?

藤井先生:もう一つ、私が10年来研究している「プラズマアクチュエータ」というものがあります。空気の流れを制御するための道具です。見た目は薄い金属の板と絶縁体で,全体でも0.1〜0.2ミリ程度の厚さです。そこに高い電圧をかけると生まれる小さな流れが、高い効果を発揮します。

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翼を過ぎる流れ(左図)は,電圧をかけてプラズマアクチュエータを駆動すると
流れが大きく変化し(右図)翼の揚力が大幅に改善し,抵抗も低下する
※ 写真は藤井教授から提供

とても薄い金属板なのですが、これを例えば飛行機の羽などに貼付けるだけで空気の流れを変え、おおきな上向きの力、揚力を得られるようになりますし、空気抵抗を減らすこともできるんですよ。飛行機は空気抵抗との闘いで、抵抗を1/10000でも減らそうと日々研究がなされていますが、徹底的に工夫が施された今の機体にはもうほとんど改良の余地は残されていません。でも、形が変えられないからとそこで止めてしまったら、進化もそこまでですよね。

プラズマアクチュエータならペタッと貼るだけで抵抗を一気に押さえられます。現在、実用化に向けた実験をしている段階です。

編集部:藤井先生が長年研究されてきた様々なことが、私たちの生活の周りにおりてくるのをとても楽しみにしております。東京理科大学では、本格的に宇宙教育プログラムが始まると伺いました。

藤井先生:最初にお話したように、宇宙は全ての理工系の知識・技術を融合させる場です。昨年の12月からスタートした「宇宙教育プログラム」では、宇宙をテーマにさまざまな実験・体験をしてもらい、課題に対して幅広い視野で取り組む力を身に付けてもらおうと思っています。もちろん、将来的に宇宙を仕事場にしたいと考えている人も大歓迎です。

コーディネーターには向井千秋副学長はじめ、理科大の先生方が15名も参加しています。もちろん私も参加しています。このプログラムの意図は、ホームページにもある向井副学長の挨拶に集約されています。

向井副学長による講義

向井副学長による講義

<あいさつ>
宇宙教育プログラムの特徴は、「講義、実習、模擬宇宙環境体験(パラボリック飛行含む)、海外の研究者・技術者・飛行士等との交流」等を通じて宇宙開発の仕事の面白さや厳しさを学んでいけることです。宇宙分野に従事する若手や理科教育教員の育成を心から願っている講師陣がプログラムを遂行します。

このプログラムには、天文や探査、微少重力や工学、インフラなど様々な専門家が集まり、宇宙を舞台に理工系の融合分野を学んでもらい、将来どの分野でも最先端研究に携われるように、と考えています。

昨年度のプログラムは特別体験を含めてたった5回しかなかったのですが、無重力を体験したりJAXAへ行ったり、ロケットや宇宙機器について学んだりととても広い範囲で「宇宙」について学習ができたと思います。昨年度は期間も短く応募する時間もなかったため、理科大の学生20名のみの参加でしたが、今年度はもっとスケールアップし、大学生(他大も含む)、高校生を対象に一般から公募しています。

宇宙に本気で興味ある学生さんはもちろん、高校生の方も奮ってご参加ください。※第二期プログラムは現在受付中です。(〜4月25日)

☆  宇宙教育プログラム
☆  あいさつ

平成27年度受講生の閉講式集合写真

平成27年度受講生の閉講式集合写真

編集部:なんて貴重なプログラムなのでしょう! 理科大に在籍していなくても参加可能となると大変な倍率になりそうですが、参加できた方はその後の人生が変わってしまうかもしれませんね。それでは最後に高校生へのメッセージをお願いいたします。

藤井先生:最近の高校生はとても真面目なので、大学に入る時にすでにある程度将来の道を決めていたりしっかりと将来を見据えていたりする人も多いようです。それはそれで構いませんが、私は逆に十代のうちからそんなにかっちり決めなくても構わないんじゃないか、と思っています。

私自身大学を卒業して、普通に就職していたら、全く違う人生になっていたでしょう。職がなかったことが、今の私をつくっています。仮に大学受験や就職などでうまくいかないことがあったとしても、「かえってあれがラッキーだった」と思えることがたくさんありました。将来が不安で色々計画を立てたくなる気持ちも分かりますが、「焦る必要は全く無い」と伝えたいですね。そもそも、人間、寿命すらわからない中で毎日の生活していくのですから。

<編集後記>
宇宙に関する知識が全く無い私は「JAXAって何やってるんだろう? 宇宙の研究って何だろう?」とまるで白紙でしたが、宇宙そのものの研究に留まらずロケット開発技術や空気抵抗、騒音防止や探査など、内容が多岐にわたることに驚きました。そんなことを、この春から本格始動する「宇宙教育プログラム」では学んでいくのですね。向井千秋さんから宇宙について学ぶ、なんてすごいことですよね。

思わず「普通なら理科大の学生限定にしそうなところを、一般公開するというのは素晴らしいですね」と感想を言ってしまったら、「建学の精神が『理学の普及』なので、昔から理科大で知識や技術を独り占めしよう、という発想はありませんね。むしろ、どんどん外に広めていくことこそが使命だと思っています」と仰っていました。理科大の英知が集結した豪華プログラム、今年度の募集もたった30名(大学生20名/高校生10名)だそうです。
書類選考や面接があるそうですが、その幸運を手に入れられる人はどんな人なのでしょうか。そして藤井先生が首都圏のラッシュの緩和を実現してくださることを心より願っています。

藤井先生、ありがとうございました!