勉強がはかどる “体調” を科学的に解明。「勉強できない」のは神経状態が勉強に適していないだけ

菅原洋平さん「ポリヴェーガル理論」01

「ほかのことはできるのに、どうにも勉強は苦手だ……」。学生時代からそんなふうに感じている人もいると思います。でも、もしかしたらそれはただの思い込みかもしれません。勉強ができない人などそもそもいませんと語るのは、脳の機能を活かした人材開発を行なう作業療法士の菅原洋平(すがわら・ようへい)さん。その言葉の真意をうかがいました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹

勉強が苦手だという人は、学校教育に合わなかっただけ

「勉強ができない人などそもそもいない」と私は考えています。

「勉強が苦手だ……」と自己評価している人もいるでしょうけれど、それは「学校教育=勉強」だという思い込みによるもの。学校教育という勉強のスタイルにうまく適応できず、そのなかで成果を挙げられなかっただけなのです。でも、学校教育だけが勉強のスタイルではありませんよね?

いま、学習や記憶といった分野における研究が進んだことで、学校教育で行なわれる勉強のスタイルが必ずしも最適なものとは言えなくなってきています。たとえば、日本の学校教育は、座って先生の話を聞く、教科書を読むといったインプット中心のスタイルですが、アウトプットに時間を割いたほうが学習効果は高まることもわかってきました。

社会人であるみなさんなら、それこそ学校教育の勉強スタイルに縛られる必要などありません。過去の経験から「勉強が苦手だ……」と思い込んでしまった、その「先入観」を払拭しましょう。そうすれば、みなさんそれぞれに合った勉強のスタイルを見つけることができます。

菅原洋平さん「ポリヴェーガル理論」02

勉強への苦手意識を払拭する「ポリヴェーガル理論」

その先入観を払拭するためには、ポリ(複数の)ヴェーガル(迷走神経)理論というものが有効になります。ポリヴェーガル理論とは、行動神経科学者であるステファン・W・ポージェスが系統立てたトラウマ治療のための理論です。脳や神経系の働き、それらの関係性も含めた壮大な理論ですが、その考え方が、勉強で成果を挙げたい人にも有効なのです。

ポリヴェーガル理論では、人間の自律神経を3つの階層でとらえます。最も下層にあるのは、「背側迷走神経系(背中側の副交感神経)」。これは、生物としての進化の過程における古い神経系であり、「安全を確保する」「生命を維持する」といった働きを担います。

その上の階層にあるのが、「交感神経系」。勉強に関することなら、「競争」といった場面で働くものです。そして、さらにその上の階層にあるのが、「腹側迷走神経系(お腹側の副交感神経)」。「人との信頼関係」とか「社会的な自分の立ち位置」といったものにより、交感神経系をコントロールしている階層です。

私たち人間は、通常の状態では最上位階層の腹側迷走神経系が機能しており、社会的な振る舞いをすることができるようになっています。人に会えば笑顔であいさつしますし、話をしている人のほうを向いてその話に集中できますよね。

ところが、なんらかのトラブルが起こると、腹側迷走神経系による制御が解除され、下位の交感神経系が機能します。すると、人に会うと緊張してその場から逃げたくなったり、会話中に話している人に反抗したりするといったことが起こります。

さらに交感神経系による制御も解除されると、その下位にある背側迷走神経系の働きが活発になり、人に会ったら立ちすくんで動けなくなったり、会社のビルに入ることに拒絶反応を示したりしてしまうのです。

菅原洋平さん「ポリヴェーガル理論」03

ポリヴェーガル理論による「勉強の出来具合ゲージ」

では、なぜこのポリヴェーガル理論が、勉強に対する先入観を払拭するために有効なのでしょうか? それは、先に例に挙げたような優位に機能する神経系の違いによる心身の状態の変化が勉強の出来具合に直結しているため、勉強に臨むときの自身の状態を客観的にとらえることができるようになるからです。

下の図は、3つの神経系によってつくられる5つの体調と、それぞれの状態のときの勉強の出来具合を図式化したもので、いわば勉強の出来具合ゲージです。

【5つの体調と勉強の出来具合の関係図】

菅原洋平さん「ポリヴェーガル理論」04

最も勉強がはかどるのは体調1で、腹側迷走神経系がほかのふたつの神経系を抑制している状態です。この状態では、心拍や呼吸が安定していて、他人と知識を共有したりお互いに気づいたことを教え合ったりと、人とのつながりを感じながら、学ぶことを楽しく感じます。また、「自分が勉強をしてアウトプットしたことが誰かの役に立っている」というような社会的な立ち位置も認識できますから、「もっと勉強しよう!」とどんどんやる気が湧いてきます。

体調2は、状況に合わせて腹側迷走神経と交感神経系が入れ替わりながら働いている状態です。知らないことを聞いたり興味をもったりすると心拍や呼吸が速まり、気分が高揚して「おもしろい!」「もっと知りたい!」と夢中になるような状態だと見ることができます。

菅原洋平さん「ポリヴェーガル理論」05

「学校教育スタイル」での勉強は、長続きしない

体調3は、腹側迷走神経系の抑制が外れ、交感神経系の活動が前面に出ている状態。これが、まさに学校教育の勉強スタイルです。緊張感が高まり、「競争相手に負けられない」といった焦りや不安が原動力になっています。もちろん、この状態でも短期的には能力を発揮できます。しかし、体調3は、心拍が速く血圧が高く呼吸が浅い、たくさんのエネルギーを消費する状態なので、勉強は長続きしません。

それから、体調4と5は、ともに交感神経系の抑制も外れて背側迷走神経系の活動が前面に出ている状態です。ただ、背側迷走神経系の活動の強さの違いにより、その状態も異なります。

体調4は、罰を受けることの恐れから動けなくなるような状態で、たとえば、「課題の提出期限に間に合わなかったらどうしよう……」と萎縮したり、頭が回らなくなったりします。それに対して体調5は、いわゆる「事なかれ主義」の状態で、「自分の安全さえ確保できていればいい」と、リスクがあることは何もせず、学習意欲も湧きません。

もちろん、勉強がはかどるのは体調1・2です。プレッシャーをともなったかたちでの体調3でも勉強がはかどることもありますが、すでに述べたようにそれは短期的なものに過ぎません。社会人として、10年、20年と勉強して成果を挙げ続けることを思えば、やはり自分の体調を1・2の状態に導くことが大切なのです。その方法に関しては、次回の記事でお伝えしましょう(『【チャートで診断】あなたの勉強スタイルはどれ? 学習が確実にはかどる “理想モード” への導き方』参照)。

菅原洋平さん「ポリヴェーガル理論」06

【菅原洋平さん ほかのインタビュー記事はこちら】
仕事のミスを誘発する「ワーキングメモリ」低下のサイン。あなたはいくつ当てはまる?
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ヤバい勉強脳

【プロフィール】
菅原洋平(すがわら・ようへい)
1978年8月30日、青森県生まれ。作業療法士。ユークロニア株式会社代表。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許を取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーション業務に従事。その後、脳の機能を活かした人材開発を行なうビジネスプランをもとにユークロニア株式会社を設立。現在、東京・ベスリクリニックにて外来を担当する傍ら、企業研修を全国で展開している。『働く人の疲れをリセットする 快眠アイデア大全』(翔泳社)、『すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法』(文響社)、『脳をスイッチ! 時間を思い通りにコントロールする技術』(CCCメディアハウス)、『超すぐやる! 「仕事の処理速度」を上げる“科学的な”方法』(文響社)、『脳と睡眠の仕組みでみるみるヤセる! ストレス0(ゼロ)ダイエット』(詩想社)、『脳もデスクも超スッキリ! スゴい片づけ』(すばる舎)、『朝イチのメールが残業を増やす』(日経BP)、『脳に任せるかしこい子育て』(すばる舎)、『頭がいい人は脳を「運動」で鍛えている』(ワニブックス)など著書多数。

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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