仕事や新しい生活に慣れてくると、効率よく仕事をこなせるようになったり、気持ちに余裕ができたりという実感を得られます。
その一方で、「思考がワンパターンでひらめきを得られない」「マンネリ化した日々で、仕事の進み具合はやる気に左右されがち」と感じることも。
この “慣れ” による影響は、性格の問題でも怠けているからでもなく、“脳の性質” によるものなのです。
この脳の性質を放っておくと、ビジネスチャンスや成長の機会を逃してしまうかもしれません。
この記事では、脳の性質をどのように乗り越え、日々の行動につなげていくのかをお伝えしていきます。
“慣れ” のメリット・デメリット
“慣れ” のメリット
まず、“慣れ” は決して悪者ではありません。
心理学でいう「感覚順応」――つまり、同じ刺激を受け続けるとその刺激への反応が次第に弱くなる性質――は、私たちが効率的に活動するための脳の重要な仕組みです。
新しい仕事を始めた当初はひとつひとつの作業に時間がかかっても、慣れてくると流れるように手が動くようになります。これは脳が刺激に対して適度に「感覚順応」し、作業を自動化することによって効率化を図っているからです。
最初は慣れない作業にストレスを感じますが、次第に気持ちにゆとりをもって取り組めるようになります。この状態は、脳が刺激に順応し、負担や使うエネルギーを節約できるようになるからです。*1を参考にした
このように、毎秒膨大な情報にさらされる私たちの脳にとって、「感覚順応」という慣れの仕組みは、エネルギー効率をよくするための生存戦略のひとつなのです。
“慣れ” のデメリット
一方で、この慣れ、すなわち「感覚順応」という仕組みには、創造的思考を阻んだり、新しい情報や変化を見逃したりするデメリットもあります。
たとえば、ある顧客層に商品・サービスを提供しているとしましょう。
顧客のライフスタイルの変化、競合他社の新しい動き、社会的なトレンドなど、日々さまざまな変化が生じています。
長年の経験からくる「感覚順応」によって、こういった小さな変化に鈍感になってしまいます。すると、思考がワンパターン化し、新しいひらめきを得られなくなることがあるのです。
ワンパターンで進化のない商品・サービスばかり提供していれば、顧客のニーズからズレ、顧客離れや大きな機会損失につながる可能性もあります。
脳科学者の川﨑康彦氏は、『ハーバードの研究員が教える 脳が冴える33の習慣(アスコム)』で次のように話しています。
脳は自分自身を守るために機能していて、危険を避けるために、過去に経験したことのなかから、安全なものや楽なものを選ぶようになっています。つまり、無意識に同じ思考回路を使って考えているということです。*2
私たちの脳は、日常生活を安全に送るためにいつも同じ思考回路を使っています。
一方で、そのことが “慣れ” による変化への鈍さを引き起こし、柔軟な思考を阻んでしまうのです。
脳に “変化” を見逃させない! 4つの対策
とはいえ、“慣れ”という脳の性質(感覚順応)を完全に変えることはできません。
しかし、この「感覚順応」を逆手に取ることは可能です。
ポイントは「脳にいつもと異なる情報を伝える」ことです。
私たちが「まだ慣れていない」と感じるのはどのような状況でしょうか?
筆者の場合は、次のような状況で「慣れない」と感じます。
- 見知らぬ場所にいるとき
- 初めての作業をしているとき
- 普段関わりがない人とコミュニケーションをとるとき
これは、脳がまだその刺激に順応(感覚順応)していないため、新鮮な情報として鋭敏に受け取る状態なのです。
前出の川﨑氏は「脳にいつもと異なる情報を伝えることで、思考回路は簡単に変えることができる」と述べています。*2
つまり、意識的に感覚順応を避けるように「変化」をつくり出せば、思考のマンネリ化を防げるということです。
では具体的に、日常のなかでどのように変化を取り入れ、「感覚順応」からくる鈍感さを克服し、変化への感度を取り戻していけばよいのでしょうか。
ここでは、“慣れ” に流されずに変化をキャッチできるようになるための4つの対策をご紹介します。
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対策1. ルーティンを少しだけ崩す
たとえば次の例のように、ちょっとした変化をつくり出してみましょう。
- いつもと違う場所で勉強してみる(自宅以外のカフェや図書館など)
- 通勤時間に聞くポッドキャストやオーディオブックのジャンルを変えてみる
- 普段読まない分野のビジネス書や専門書を読んでみる
- 使ったことのないオンライン学習プラットフォームに登録してみる
医学博士の佐藤洋平氏によれば、「同じ単語帳でも、順番をランダムに変えるだけで記憶の保持率が変わるという研究もあ」るのだそう。*1
変化といっても、大きな変化である必要はないのです。
対策2. 失敗を参考資料にする
失敗した経験も、脳にとっては新しい刺激となります。*1を参考に下
筆者であれば、大学時代の物理の実験で失敗ばかりしていました。
ですがそのたびに「なにが原因だったのか?」と検証ができ、その積み重ねで理解を深めることができ成功に近づいていきました。
想定していた結果を得られなかった “失敗” という経験によって、新たな気づきを得られたのです。
対策3. いつものやり方を一度疑う
過去の成功パターンが、いまの自分や状況に本当に合っているとは限りません。
たとえば、ひと昔前のスパルタ教育が現在の職場環境や人材観にはそぐわないように、過去の慣習や成功パターンが常に万能ではないのです。
行き詰ったときには過去の成功パターンにとらわれずに見直しを行なうと、よりよい方法やひらめきを得られるかもしれません。
対策4. ちゃんと休む
慣れない人と長時間過ごしたり、慣れない環境にずっといたりすると、心身ともに疲弊してしまいます。
「脳にいつもと異なる情報を伝える」というのは、脳に負担を与えているということでもあるので、ちゃんと休む時間をつくることも必要です。
前出の佐藤氏も、「睡眠不足やストレス過多の状態では、脳は “守り” に入りがち」だと言います。*1
疲れた状態では脳もうまく働きません。
充分な睡眠や休息をとったり、忙しすぎる環境を見直したりすることも大切です。
変化を仕込んで、自分を育てる
日常に潜む “慣れ” ――つまり「感覚順応」―― を定期的に見直し、小さくても新しい選択を加えるのは、思考を耕し、変化に強い感性を育て、自分自身の成長につながる大切な習慣です。
「新しいことを始めれば、脳は成長し、自分の知らない自分を発見させてくれ」ると語るのは、株式会社脳の学校代表で医学博士の加藤俊徳氏。*3
つまり、意図的に「感覚順応」を防ぐような変化を仕込むという行為は、自分の可能性を広げる作業でもあるのです。
「このやり方で充分うまくいっている」「いまのままで問題ない」と思えるときほど、自分を疑い、あえて小さな変化を与えてみる――そうした些細な行動でも、脳にとっては「感覚順応」を防ぐ新しい刺激として届きます。
その積み重ねが変化への耐性をつくり、柔軟な思考を育てていくのです。
変化が激しいいまの時代には、「決まったことを正確にこなせる人」よりも、「状況に応じてアップデートできる人」が求められます。
だからこそ、「感覚順応」を避けるように意図的に “慣れ” から外れる練習をしておくと、将来への備えとなるでしょう。
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「最近ぱっとしないな」と感じるなら、知らないうちに “慣れ” に迷い込み、小さな変化を見逃している可能性があります。
ぜひ本記事を参考に、いまのご自身の状況や日々の習慣を少しだけ見直してみてください。小さくても意識的な変化を取り入れていくことで、いつの間にか停滞していた思考が活性化し、新たな気づきや成長の手応えを得られるはずです。
※引用の太字は編集部が施した
*1 Lab BRAINS|「慣れ」という迷路:脳が示す学習の可能性と壁
*2 東洋経済オンライン|脳がフル稼働するのは「ハラハラするとき」だった
*3 日立ソリューションズ|加藤 俊徳
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。