「高すぎる」という声を無視し続けるアパホテルが、3期連続最高益を叩き出す理由【新人さんのためのマーケティング講座 Season8 vol.4】

アパホテルが3期連続最高益を達成した理由——ダイナミックプライシングとRevPAR最大化で価格を「時価」にする

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season8

Season7では「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を20社の事例で深掘りしました。
Season8でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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「昨日は8,000円だったのに、今日は28,000円……」——アパホテルの宿泊費が日によって3倍以上に跳ね上がる現象を、一度は目撃したことがあるのではないでしょうか。

2026年2月27日、アパグループは2025年11月期の決算を発表しました。売上高2,667億円(前期比18.0%増)・経常利益996億円(前期比25.1%増)。3期連続で過去最高売上・最高利益を更新した数字です。*1

「高すぎる」というユーザーの声を横目に、なぜ3期連続の最高益を叩き出せるのか——価格設定という「マーケティングの核心」を解剖します。

価格を「固定」することの最大の損失——RevPARを最大化するイールドマネジメント

ホテル経営において最大の恐怖は「空室」です。売れなかった一夜は永遠に取り戻せません。逆に、満室の夜に「もっと高く売れたかもしれない」という機会損失も同様に深刻です。

アパホテルが解決策として採用したのが「ダイナミックプライシング(変動価格制)」です。*2 AIを活用し、周辺競合の空室状況・地域のイベント情報・天候・過去の販売実績などを分析してリアルタイムで価格を自動変動させます。

この設計が生み出す収益構造はシンプルです——

  • 閑散期:価格を大幅に下げて「絶対に空室を作らない」稼働率を死守する
  • 繁忙期(ライブ・万博・インバウンド集中期):価格を引き上げて「その需要から利益を最大化する」

ホテル経営の重要指標「RevPAR(販売可能な客室1室あたりの収益)」を最大化するこの手法を、アパホテルは日本のビジネスホテル業界で最も徹底的に実装してきました。*2 2025年11月期は大阪・関西万博(4月〜10月開催)という巨大な需要の波を、まさにこの仕組みで利益に変換したことが業績を牽引しました。*1

項目 従来の定額制ホテル アパホテルの変動制
価格設定の思想 曜日・シーズンごとに一律 需要と競合状況でリアルタイムに変動
繁忙期(ライブ等) すぐ満室になるが売上の上限がある 価格を上限まで引き上げ利益を爆増させる
閑散期の対策 空室になり丸ごと損失になる 限界まで価格を下げて稼働率を死守する
2026年の業績結果 インフレのコスト高に苦しむ 3期連続最高益・経常利益996億円

「高すぎる」と怒る人はターゲットではない——アパ直直販と顧客データ蓄積で52期連続黒字を支える経済圏

「高すぎる」と怒る人はターゲットではない——セグメンテーションと「アパ直」経済圏

ダイナミックプライシングへの批判は常に存在します。「高すぎる」「庶民をなめている」——しかしアパホテルはその声に動じません。理由は明快で、「怒っている人たちはターゲットではないから」です。

アパホテルのメインターゲットは「企業の上位5%層のビジネスパーソン」です。*2 急な出張が入り、「今夜どうしてもここに泊まらなければならない」という状況のビジネスパーソンは、宿泊費が会社の経費として処理されるため価格に対する感度が一般客より低くなります。また「どうしても推しのライブ会場近くに泊まりたいファン」も同様に、価格より「場所」を優先します。

さらにアパホテルが徹底しているのが「アパ直」経由の直接予約への誘導です。*3 楽天トラベルやBooking.comなどのOTA(オンライン旅行代理店)は、一般的に販売価格の10〜15%程度の手数料を取ります。自社アプリ「アパ直」を経由させることでこの手数料をカットし、利益率を高めると同時に顧客データを自社資産として蓄積します。このデータが次の出店計画(需要の高い一等地へのドミナント出店)の根拠になるという、データと立地の好循環が構造的な競争優位を生んでいます。

52期連続黒字という記録は、この構造が長年にわたって機能し続けている証明です。*1

価格は「決めるもの」ではなく「測るもの」——市場の熱量をリアルタイムに読み価値を時価で最大化する思考

価格は「決めるもの」ではなく「測るもの」——市場の熱量をリアルタイムに読む

アパホテルの事例が教えるのは、価格設定に対する根本的な発想の転換です。

自社の商品やサービスの価格を、「最初に決めたから」という理由だけでずっと固定していないでしょうか。価格とは「自分が決めるもの」という思い込みが、大きな機会損失を生んでいることがあります。

モノの価値は一定ではありません。「今、それをどうしても欲しい人」にとっては、価格が何倍になっても「正当な価値」になります。同じ座席が、ふだんの日とプレミアム・フライデーとでは全く異なる価値を持つように、同じホテルの部屋が平日と大型ライブの前夜とでは本質的に異なる商品です。

2026年のマーケティングは、全員に好かれる価格をつけることではありません。市場の熱量(需給)をリアルタイムに見極め、自社の価値を「時価」で最大化すること——アパホテルの経常利益996億円という数字が、その答えを証明しています。

需給に応じた価格の時価設定が2026年のマーケティングの核心——アパホテル経常利益996億円が示す答え

 

【本記事のまとめ】

1. RevPARを最大化するイールドマネジメント——AIで需給をリアルタイムに読み、価格を変動させる
閑散期は価格を下げて稼働率を死守し、繁忙期・イベント時は価格を引き上げて利益を最大化する。大阪・関西万博という巨大な需要の波をこの仕組みで利益に変換し、3期連続最高益・経常利益996億円を達成した。固定価格は閑散期の空室と繁忙期の機会損失という二重の損失を生む。

2. 「高すぎる」と怒る人はターゲットではない——セグメンテーションと「アパ直」直販経済圏
急な出張で会社経費を使うビジネスパーソンやライブのために泊まるファンという「価格弾力性が低い層」に絞る。OTA手数料(10〜15%)をカットする「アパ直」直販化で利益率を高め、蓄積した顧客データを次の一等地出店の根拠にする好循環が52期連続黒字を支えている。

3. 価格は「決めるもの」ではなく「測るもの」——市場の熱量をリアルタイムに読む
最初に決めた価格をずっと固定することは機会損失を生む。今それをどうしても欲しい人にとって価格が何倍になっても正当な価値になる——この原則を徹底することが、2026年の価格戦略の核心だ。

よくある質問(FAQ)

ダイナミックプライシングを導入すると、顧客の不満が増えませんか?

増える可能性はあります。しかしアパホテルが示しているのは「不満を言う顧客がターゲットではない」という割り切りです。価格に敏感な顧客は閑散期に安く泊まれる恩恵を受けており、繁忙期に高い価格を払う顧客は「その場所・その日に泊まれる価値」に対して対価を払っています。重要なのは「誰の満足を最優先するか」を明確にすることです。全員を満足させようとした結果、収益が上がらず倒産してしまっては本末転倒です。価格設定は顧客への「誰と深く付き合うか」というメッセージでもあります。

中小規模のビジネスでもダイナミックプライシングは使えますか?

使えます。完全なAI自動変動でなくても、「繁忙期料金」「閑散期割引」「直前割」という形でダイナミックプライシングの原理を実装できます。美容室なら「土日は通常料金・平日午前中は20%オフ」、飲食店なら「ランチとディナーで価格帯を変える」「満席に近づいたら割引をやめる」——これらすべてが需給に応じた価格変動です。まず「自社サービスの需要が高い時間帯・時期」と「低い時間帯・時期」を把握し、それぞれに異なる価格を設定するところから始めてみましょう。

「アパ直」のような直販チャネルを自社でも作るべきですか?

長期的には作る価値があります。OTAやAmazonなどのプラットフォームは便利ですが、手数料コストと顧客データの不保有というふたつのコストがかかります。アパホテルが「アパ直」に誘導する理由は手数料削減だけでなく、顧客データの蓄積です。「誰がいつどこに泊まったか」というデータが次の出店計画の根拠になります。自社の直販チャネル(自社EC・公式アプリ・LINE公式アカウント)を持つことは、短期的にはコストに見えても、長期的には最も強固な競争優位の一つになります。

(参考)

*1|アパグループ公式プレスリリース「アパグループ 2025年11月期連結決算を発表」(2026年2月27日)。売上高2,667億円(前期比18.0%増)・経常利益996億円(前期比25.1%増)・3期連続過去最高売上・最高利益更新・大阪関西万博による関西地区業績牽引・全国1,056ホテル142,578室・52期連続黒字を確認
*2|東洋経済オンライン「アパホテル『コロナ禍の逆風でも業績好調』の戦略 『直販+ダイナミック・プライシング』で成功」。ターゲットは企業の上位5%層のビジネスパーソン(価格弾力性が低い・会社費用負担)・ダイナミックプライシングで需給に応じたリアルタイムの価格変動・RevPAR最大化のイールドマネジメント・閑散期の稼働率死守と繁忙期の利益最大化という構造を確認
*3|ビジネスチャンス「【アパグループ】国内816ホテル12万771室、日本最大数ホテルチェーン(前編)」。「アパ直」(自社アプリ経由の直接予約)によるOTA手数料カット・顧客データの自社蓄積・蓄積データを次の出店計画(需要の高い一等地へのドミナント出店)にレバレッジする好循環・52期連続黒字の経営基盤を確認

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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