アシックスの靴は、何も変わっていない——それなのに、なぜ世界が熱狂しているのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season8 vol.2】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season8

Season7では「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を20社の事例で深掘りしました。
Season8でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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「アシックス=ダサい、真面目すぎる」——かつて日本の若者の間にそんな固定観念があったことを、今の海外の若者たちは想像もできないでしょう。

2025年12月期決算、アシックスは売上高8,109億円(前期比19.5%増)・営業利益1,425億円(前期比42.4%増)・純利益987億円(前期比54.7%増)と、すべて過去最高を更新しました。海外売上比率は全社の約8割。成長をけん引したのは、オニツカタイガー(前期比43.0%増)と、ASICSブランド本体のスポーツスタイルカテゴリー(前期比43.6%増)です。*1

「ランニングシューズのメーカー」が、なぜ世界のファッションシーンで最も熱いブランドの一つになったのか。その構造を解剖します。

「1ミリでも速く走るための機能」が「サイバーでレトロモダンな記号」に化けた

アシックスのY2Kリバイバルを理解するうえで最も重要な視点は、「製品は何も変わっていない」という事実です。

GEL-KAYANO(ゲルカヤノ)やGEL-NIMBUSといったモデルに使われている、透明なシリコーン系クッション素材「GELテクノロジー」、むき出しの補強パーツ、大判メッシュのアッパー——これらは2000年代初頭に「本気のランナーの足を守るため」に開発された機能です。*2 ファッションとは対極にある、純粋な「パフォーマンス追求の設計」でした。

ところが2026年のデジタルネイティブの目には、これが全く別の意味を持って映ります。

  • むき出しのGELテクノロジー:「サイバーパンクを思わせるメカニカルなデザイン」
  • 大判メッシュ+多色の補強:「Y2K時代のテクノロジーへの楽観主義を体現した配色」
  • ゴツくて分厚いソール:「Dad Shoes(お父さんの靴)という愛称で親しまれるレトロモダンな象徴」

製品のスペックを一切変えずに、世の中の「文脈(コンテキスト)」が変わることで価値が何倍にも跳ね上がった——これがアシックスに起きたことの本質です。*2

時代 デザインの受け止め方 ビジネスの成果
2000年代(開発当時) 実用本位・「おじさんっぽい」 国内中心の堅実なスポーツメーカー
2026年(現在) 「サイバーでレトロモダン・超クール」 売上高8,109億円・海外比率8割・スポーツスタイル43.6%増

「本気で走れる靴」だからこそ、ファッションになっても「ブームで終わらない」

アシックスのY2Kリバイバルが「一時のブーム」で終わらない構造的な理由が、機能価値の圧倒的な強さです。

モード界の気鋭デザイナーたちとのコラボレーションがその証左です。デンマーク出身でロマンティックなデザインで知られるセシリー・バンセン(Cecilie Bahnsen)や、ブルガリア出身・ロンドン拠点のデザイナーでスポーツウェアの独自解釈で注目されるキコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)といったデザイナーたちが、こぞってアシックスとコラボした理由は何でしょうか。*3

「本当に快適で、実際に走れる靴だから」です。ファッション性だけを追求したコラボシューズは、「かっこいいけど痛い」「一回履いたら終わり」という結末を迎えがちです。しかしアシックスのGELテクノロジーと人間工学に基づいたラスト(木型)は、ファッションに昇華した後も「毎日履きたい一足」として機能します。これがリピーターを生み続ける強固な構造です。

さらに注目すべきは、ファッション文脈での成功がパフォーマンスランニングカテゴリーへのハロー効果をもたらしている点です。*1 「アシックスがクールだと知った人が、本気でランニングを始めるときにもアシックスを選ぶ」——ファッションとスポーツの両輪が互いを強化し合う構造が生まれています。

「変わらない真面目さ」が、新しい世代の「エモい記号」に化ける

アシックスの事例から学べる最も重要な視点は、「自社の強みの語られ方(ナラティブ)は、時代によって変わる」ということです。

「うちの製品は古臭い、真面目すぎる」と悲観していないでしょうか。アシックスが証明したのは、「変わらない真面目さ」こそが、新しい世代にとっての「エモい記号」に化けるということです。製品のスペックを変えることがマーケティングではありません。世の中のトレンドの波を観察し、自分たちの「変わらないもの」が新しい文脈にハマる瞬間を見逃さないことが、2026年のマーケティングの核心です。

チェキの「不完全さ」が価値になったように(vol.1)、アシックスの「真面目すぎるデザイン」が価値になりました。どちらも「スペックを変えずに、語られ方(文脈)を変えた」という点で共通しています。

2026年のマーケティングは、新しい技術を開発すること以上に、すでにある技術の「語られ方(ナラティブ)」をデザインすることです——アシックスの営業利益42.4%増という数字が、その証明です。

 

【本記事のまとめ】

1. 製品を変えずに「文脈(コンテキスト)」を変える——Y2Kトレンドが起こした価値の逆転
2000年代に「本気のランナー向け」として開発されたGELテクノロジーやゴツいデザインが、Y2Kカルチャーの波に乗って「サイバーでレトロモダンなアイコン」として再解釈された。スポーツスタイルカテゴリーが前期比43.6%増・売上高1,000億円超という数字がその証明だ。

2. 「本気で走れる機能」があるからこそ、ファッションになっても「一時のブーム」で終わらない
セシリー・バンセンやキコ・コスタディノフといった気鋭デザイナーとのコラボが成立する理由は、圧倒的な機能価値の裏付けがあるから。ファッション文脈でアシックスを知った人がパフォーマンスシューズでもアシックスを選ぶハロー効果が、スポーツとファッションの両輪を強化し合っている。

3. 「変わらない真面目さ」が新しい世代の「エモい記号」に化ける——ナラティブのデザインが競争優位になる
製品のスペックを変えることだけがマーケティングではない。世の中のトレンドを観察し、自社の変わらないものが新しい文脈にハマる瞬間を見逃さないこと。すでにある技術の語られ方(ナラティブ)をデザインすることが、2026年のマーケティングの核心だ。

よくある質問(FAQ)

「Dad Shoes(お父さんの靴)」ブームはいつまで続くのですか?

ブームの終わりを予測することは難しいですが、アシックスが「一時のブームで終わらない」構造を持っている理由は機能価値にあります。純粋にファッションだけで勝負していたブランドは、トレンドが変われば消えます。しかしアシックスの場合、「本当に走れる靴」という機能価値が常に存在するため、ファッショントレンドが変わった後もランニングユーザーやスポーツ愛好家というコアなファン層が残ります。さらに欧州での認知拡大やアジア市場での成長など、地域ごとに異なる成長フェーズにいるため、「どこかで必ず成長している」という分散した構造が持続的な成長を支えています。

「ナラティブをデザインする」とはどういう意味ですか?具体的に教えてください。

「語られ方を意図的に設計する」ということです。アシックスの場合、GELテクノロジーという既存の機能を「Y2Kのサイバーな記号」として語り直すこと——製品説明を変えるのではなく、「誰が」「どこで」「どのように」その製品を使っているかという「文脈」を設計することです。たとえばアシックスがモードデザイナーとコラボしたり、ファッションウィークに登場することで、「ランニングシューズのブランド」から「ファッションの文脈で語られるブランド」へとナラティブが書き換わります。自社製品について「誰がどんな文脈でこれを語ると一番輝くか」を問い直すことが、ナラティブのデザインの出発点です。

アシックスとナイキ・アディダスの違いは何ですか?

戦略的なポジションが異なります。ナイキとアディダスは「スポーツとカルチャーの融合」を長年推進し、マーケティング費用を大量投下してきた先行者です。一方でアシックスは「スポーツ工学への徹底的な投資」を軸に、日本の匠の技術とGELテクノロジーに代表される機能開発で独自のポジションを確立してきました。近年のY2Kリバイバルは、アシックスがマーケティング予算を積んで作り出したブームではなく、世界のZ世代が「再発見」して自然発生的に広がったものです。この「お金ではなく、機能の誠実さがトレンドを呼び込んだ」という構造が、ナイキ・アディダスとの最大の差異です。

(参考)

*1|fashionsnap.com「アシックス25年12月期は引き続き過去最高業績 国内インバウンドけん引、欧州でスポーツスタイル好調」(2026年2月13日)。2025年12月期:売上高8,109億円(前期比19.5%増)・営業利益1,425億円(前期比42.4%増)・純利益987億円(前期比54.7%増)・スポーツスタイル前期比43.6%増の1,413億円・オニツカタイガー前期比43.0%増の1,365億円・パフォーマンスランニング前期比11.2%増の3,635億円・スポーツスタイルとオニツカタイガーがカテゴリー単体で初めて1,000億円超・海外売上比率約8割・2026年12月期予想は売上高9,500億円(前期比17.2%増)・営業利益1,710億円(前期比20.0%増)を確認
*2|fashionsnap.com「【トップに聞く 2026】アシックス富永満之社長 売上高1兆円目前、"シドニーモデル"で描く勝ち筋」(2026年1月)。海外売上比率が全社の8割・ファッション文脈での存在感拡大・スポーツスタイルカテゴリーがけん引・「スポーツの真面目さ」がY2Kカルチャーの文脈でクールな記号として再定義された背景・欧州でのスポーツスタイル需要拡大・売上高1兆円への道筋を確認
*3|スニーカーダンク「5/16発売|Cecilie Bahnsen × Asics Gel-Kayano 20」(2025年5月)およびWWD JAPAN「『キコ コスタディノフ』が10年で築いたスタイル アシックスとの協業、日本への想いを語る」(2025年12月)。セシリー・バンセン(Cecilie Bahnsen)×アシックス GEL-KAYANO 20コラボが2025年5月16日発売・キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)とアシックスの協業は2018年から継続し「アシックスの研究所に出入りするほど関係が深い」・ブルガリア出身ロンドン拠点のデザイナーが2018年から継続してアシックスとコラボを続ける理由が機能価値の高さにあることを確認

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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