同じ上司なのに、なぜ「平気な人」と「消耗する人」がいるのか。心理学者が解く「心の境界線」

ストレスの大きさは、出来事そのものの強度よりも、「それをどう解釈したか」によって規定されます。過去の経験、心の境界線、自己肯定感——そうした目に見えない内的条件が、同じ現実の意味づけを変え、体験の質をも大きく書き換えてしまうのです。『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)を上梓した、心理学者の舟木彩乃先生に、他人に振りまわされないための心の整え方を聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹

【プロフィール】
舟木彩乃(ふなき・あやの)
千葉県出身。心理学者(筑波大学大学院博士課程修了/ヒューマン・ケア科学博士)。公認心理師・精神保健福祉士。官公庁カウンセラー。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」(筑波大学大学院専攻長賞受賞)。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。Yahoo!ニュースエキスパートオーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)、『発達障害 グレーゾーンの部下たち』(SBクリエイティブ)、『「なんとかなる」と思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)がある。

同じ相手でも、振りまわされる人と平気な人がいるわけ

理不尽な上司など同じ相手に接していても、強いストレスを感じる人もいれば、さほど気にしない人もいます。その違いは、主に以下の3つによるものです。

  • 過去の経験や生育歴などによる「反応パターン」の違い
  • 「バウンダリー(心の境界線)」の強さの違い
  • 自分の価値基準がどこにあるか

ひとつめが、「①過去の経験や生育歴などによる『反応パターン』の違い」です。私たちは、これまでの経験などにより、特定の言動に敏感に反応するよう条件づけられています。たとえば、頻繁に怒鳴る上司のもとで長く働いてきた人は強い口調に過敏になりますし、家族に支配的な存在がいた人はマウントを取るタイプに強く反応する傾向があります。現在起きている出来事というより、過去の記憶が反応を増幅させている側面があるのです。

続いては、「②『バウンダリー(心の境界線)』の強さの違い」です。他人との境界線が曖昧な人は、どこまでが自分の責任で、どこからが相手の領域なのかを区別できません。そのため、相手の感情や問題まで自分のものとして抱え込み、気づかないうちに疲弊してしまうのです。

最後は、「③自分の価値基準がどこにあるか」というものです。いわゆる自分軸が弱く他者評価に依存している人ほど、周囲の反応に一喜一憂しやすくなります。承認されれば安心し否定されれば強く落ち込む、その揺れ幅が大きいほど、職場でのストレスが増幅されるというわけです。

他者評価を気にするのは人間の本能

ただ、他人の評価に反応してしまうこと自体は、弱さというより人間の本能に近いものです。脳には危険を察知する機能を担う「扁桃体」という部位があり、集団から排除される可能性を強いリスクとしてとらえるよう設計されています。これは、人間が社会的動物として生き延びるための仕組みです。

集団に受け入れられないことは、かつての環境では生死に直結していました。そのため私たちは、他者の表情や声色、評価などに自然と敏感になったのです。ですから、上司の機嫌が悪いだけでも不安になるのは、生存戦略としての正しい反応だといえます。

さらに、過去にハラスメントや強い叱責を経験してきた人は、脳が危険信号を過剰に出しやすくなっています。周囲の人の顔色や言葉尻を常に監視し、自分の安全に関わる情報として処理してしまうため、必要以上に疲れてしまうというわけです。

こういった特性に「自己肯定感」の低さが重なると、「なんらかの指摘=自分に対する否定」と解釈しやすくなる傾向が強まります。さらには、ただの相手の勝手な不機嫌まで自分の責任のように感じてしまうケースも珍しくありません。自己肯定感の低さにより、相手の感情と自分の価値を無意識に結びつけてしまうことが、他人に振りまわされる最大の要因だと私は見ています。

自己肯定感を高める日々のメモ習慣

ですから、他人に振りまわされないようにするには、自己肯定感を少しずつ底上げすることが不可欠だと考えます。「自分はこの世界にいて役に立っている」と実感できる経験を積み重ねることが、心の土台を安定させることにつながるでしょう。

方法はシンプルで、一日の終わりにその日を振り返り、「今日、自分がした小さな貢献」をひとつ書きとめるだけです。大きな成果である必要はなく、コンビニで募金をしたとか誰かに親切にしたといったことで十分です。自分の行動が誰かの役に立った事実が重要なのです。

心理学においては「今日のよかったこと」を書き出すというワークも存在しますが、私としては、そうした「棚ぼた」的なラッキーよりも、自分の行為による貢献を書くほうが効果的だと感じています。「自分にもいいところがある」ということにとどまらず、「自分には価値がある」という感覚を得られるからです。

加えて、「事実」と「解釈」を切り離して受け止める練習もしてみてください。たとえば、提出した企画書のミスを上司に強い口調で指摘されたようなときにも、客観的事実だけを取り出すのです。「嫌われた」「無能だと思われた」などと勝手に解釈するのではなく、「書類のミスを指摘されただけ」というように整理すると、心の乱れを抑えられるはずです。

なお、「無能だと思われた」などというネガティブな思考がパッと浮かんできてしまう人は、そのあとに「……と私は考えた」とつけ加えてみましょう。ネガティブな思考が、客観的事実とは違うことを認識でき、これを繰り返すことでネガティブな思考が思い浮かびにくくなります。

そのうえで、どこまでを受け取り、どこからを受け取らないかも決めておくとなおよいでしょう。ミスをしたという内容として妥当な指摘は受け取るが、上司の感情的な態度までは引き受けない。そのように境界線を引くことで、不要なダメージを確実に減らせます。

振りまわされない人は、特別に強いわけではありません。ただ、自分の反応を知り、整える術を持っているだけなのです。日々の小さな記録といった習慣が、「自分は存在している価値がある」という感覚を高め、心の扱い方を少しずつ上達させてくれます。その積み重ねが、働く毎日を少しずつ楽にしてくれるはずです。

【舟木彩乃先生 ほかのインタビュー記事はこちら】

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。