同じ出来事・現実でも、人によって受け取り方が大きく異なるのはなぜでしょうか。その鍵を握るのが、世界の見え方を規定する「準拠枠」という認知構造で、解釈が変われば感情が変わり、対話の仕方が変われば人間関係の摩擦も減っていくという考え方です。『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)を上梓した、心理学者の舟木彩乃さんが、職場ストレスによる消耗を最小化する思考とコミュニケーションの技術を解説してくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
【プロフィール】
舟木彩乃(ふなき・あやの)
千葉県出身。心理学者(筑波大学大学院博士課程修了/ヒューマン・ケア科学博士)。公認心理師・精神保健福祉士。官公庁カウンセラー。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」(筑波大学大学院専攻長賞受賞)。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。Yahoo!ニュースエキスパートオーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)、『発達障害 グレーゾーンの部下たち』(SBクリエイティブ)、『「なんとかなる」と思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)がある。
ストレスは出来事ではなく「解釈」から生まれる
ストレスの大きさは、出来事そのものというよりも、それを自分がどう意味づけたかによって決まります。たとえば、同じ上司に同じ口調で注意されても、深く傷つく人もいれば、淡々と受け止められる人もいます。現実は同じなのに体験がまったく異なるのは、私たちが事実ではなく自分の「解釈」に反応しているからです。まずはその前提を理解することが、ストレス対処の入り口になります(インタビュー【第2回】参照)。
そこで大切になるのが、「準拠枠」という考え方です。これは、自分が世界をどう見ているか、つまり解釈を決める「心のめがね」のようなものです。
育ってきた家庭環境やこれまでの体験、人間関係、成功や失敗の記憶などが折り重なって、その人なりの準拠枠がつくられます。私たちは、無意識のうちに、その準拠枠を通して世界を評価しているのです。
そのため、同じ言葉や態度に対しても、準拠枠の違いによって受け取り方は人それぞれに異なります。たとえば、上司の「これ、修正しておいて」というひとことも、単なる業務指示として受け取る人もいれば、「能力が足りないと思われた」「嫌われた」と解釈して落ち込む人もいます。言葉自体よりも、自分の内側のストーリーが感情を大きく揺らしているというわけです。
そこで、相手には相手の準拠枠があり、その人の経験や立場から発言しているだけだと理解できると、「自分への否定だ」とむやみに落ち込まずにすむようになります。この視点があるだけで対人ストレスはかなり軽減されますから、準拠枠の存在を知ったうえで、出来事と意味づけを切り離してとらえることを心がけてください。

攻撃でも我慢でもない「アサーティブ」なコミュニケーション
もうひとつ、職場でのストレス軽減に欠かせないのが、「アサーティブ・コミュニケーション」です。これは、「相手を尊重しながら、自分の気持ちや要望を率直に伝えるコミュニケーション」を指します。
攻撃的に自分を押し通すのでも、波風を立てないよう黙って耐えるのでもありません。お互いを対等な存在として扱いながら必要なことをきちんと言葉にするという、いわば健全な自己表現といえるでしょう。
日本では、遠慮や我慢が美徳とされやすい文化があります。そのため、本来伝えてよいことまで飲み込んでしまう人が少なくありません。たとえば、飲食店で注文と違う料理が出てきても「お店に申し訳ないから」と言い出せず、そのまま受け入れてしまう人もいます。小さなことに思えるかもしれませんが、そのような「自分のニーズ(要求など) を後回しにする癖」は仕事の場面においても繰り返され、やがて大きなストレスを生みかねません。
ビジネスでは、理不尽な依頼や過大な業務量を押しつけられることもあります。そのとき、黙って引き受け続ければ、疲弊しまって当然です。かといって感情的に反発すると、関係性が悪化してしまうでしょう。
そこで、たとえば「この納期では難しい」「品質低下が心配です」と事実や率直な気持ちを端的に伝えたうえで、「こちらのスケジュールなら対応できます」といった代替案をセットにすれば、対立ではなく調整のコミュニケーションに変えられます。
アサーティブに振る舞うことは、わがままになることではなく、自分も相手も大切にする姿勢です。必要なことを丁寧に伝えるだけで、無用な誤解や我慢は大きく減らせるでしょう。

すべてのベースとなる「自己理解」
ただし、アサーティブ・コミュニケーションのスキルを身につけるうえでの重要な土台といえるものがあります。それが、自己理解です。自分がなにを望み、どこまでなら受け入れられて、どこからがつらいのか。その基準が曖昧なままだと、そもそもなにを伝えればよいのかわかりません。結果として、なんとなく我慢し、なんとなく不満が残る状態が続いてしまうでしょう。
そこで意識してほしいのが、「バウンダリー」です。バウンダリーとは、どこまでが自分の責任で、どこからが相手の課題なのか、自分と他人とのあいだにある「目に見えない心の境界線」を意味します。職場であれば、上司の機嫌や同僚の感情まで背負う必要はそもそもないのです。相手の問題を自分の問題に変換してしまうから、必要以上に疲れてしまうのだと覚えておきましょう。
そのバウンダリーを明確にするためには、日々のなかで自分がどのような場面で強く反応したのかを書きとめることをおすすめします。出来事とそれに対して浮かんだ考えや湧き上がった感情を簡単にメモするだけで、自分の反応パターンが見えてきます。「また同じことで落ち込んでいる」と気づくことができれば、自らを冷静に客観視することにつながり、むやみに感情に飲み込まれなくなるでしょう。
それでも職場で強いストレスを感じるのであれば、転職もひとつの解決策となりえます。ただし、バウンダリーが曖昧な状態で場所だけを変えても、似たような人間関係の悩みを繰り返すだけかもしれません。
自分の心の癖を知り、その扱い方を身につけていれば、どこで働いても不用意に他人に振りまわされることはなくなります。自分の心を守ることは権利ですし、遠慮する必要もありません。その感覚を持てたとき、働く景色は確実に変わっていきます。

【舟木彩乃先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
