
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season7
Season6では「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしました。
Season7では、より深く「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を解き明かしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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コンビニのパンコーナーに、少し茶色みがかった見慣れないパッケージが並ぶようになったのはいつ頃からでしょうか。「BASE BREAD(ベースブレッド)」——2019年に登場したこの完全栄養パンは、自社ECのサブスクリプションを起点に、いまや全国5万店以上の小売店で販売されるまでになりました。*1
「完全栄養食」という言葉は、普通の食品メーカーが選ばない、ある意味で不思議なポジションです。サプリでもなく、普通の食品でもない——この曖昧な新しいカテゴリーが、なぜビジネスパーソンやダイエッターの「無意識の定番」になりつつあるのか。Season7の最終回として、ベースフードの戦略からこの連載全体を貫く「マーケティングの本質」を総括します。
- 最初からコンビニを狙わなかった理由——D2Cを「実験場」にした2段階ファネル
- 「引き算(我慢)」ではなく「足し算(免罪符)」へ——バリュープロポジションの転換
- Season7を終えて——20社に共通する「マーケティングの本質」
- よくある質問(FAQ)
最初からコンビニを狙わなかった理由——D2Cを「実験場」にした2段階ファネル
ベースフードが革新的なのは、商品だけではなく「どの順番で市場を攻めたか」という戦略設計にあります。
2016年の創業後、ベースフードはまず自社ECのサブスクリプションに注力しました。最初からコンビニの棚を狙わなかった理由は明確です——棚のスペースを大手食品メーカーと奪い合えば即死するからです。それよりも先に、「熱狂してくれる狭いコミュニティ」を育てることを選びました。*2
D2Cサブスクの特徴は「顧客の声が直接届く」ことです。ベースフードは「BASE FOOD Labo」というコミュニティを運営し、数万人のユーザーが商品の改良点や要望を日々投稿する仕組みを作りました。*3 通常の食品メーカーが数年単位で実施するリニューアルを、ベースフードは数か月単位で実施。このスピードが「ブランドが常に進化している」という期待感を生み、継続率93%(2022年8月時点)という驚異的なサブスク定着率につながりました。*2
「D2Cでブランドと実績を作り、リテールで果実を回収する」——この2段階ファネルは、ベースフードが意図的に設計した成長戦略です。コミュニティで磨かれた商品・積み上がった顧客の声・証明された継続率というファクトを携えて、満を持してコンビニというマスの戦場へ飛び出した。この順序が、「怪しい健康食品」というレッテルを貼られずに済んだ理由です。

「引き算(我慢)」ではなく「足し算(免罪符)」へ——バリュープロポジションの転換
ベースフードの商品設計において最も重要なのは、「健康のための苦痛」を売らなかったことです。
従来の健康食のコピーは「〜をカットする」「〜を我慢する」という引き算の発想でした。糖質制限・カロリーカット・脂質制限——これらはすべて、顧客に「何かを諦める」ことを求める設計です。
ベースフードが提供したのは真逆の価値です。「1食(2袋)で1日に必要な栄養素の3分の1が摂れる」——これは「これさえ食べておけば、他のことを気にしなくていい」という免罪符です。*1 「デスクワーク中に罪悪感なく食べられるおやつが欲しい」というニーズから生まれたBASE Cookiesのような商品展開も、同じ「免罪符の設計」の産物です。*3
2026年のインフレ・タイパ社会において、「栄養バランスを考える時間的コスト」「サプリを飲む面倒くささ」を同時に解決できる手軽さは、これまでにない価値を持ちます。「健康に良い食事をする」という行動を、特別な努力が必要なものから「パンを食べる」という既存の習慣のなかに埋め込んだ——この設計こそが、完全栄養食という新カテゴリーを「日常の選択肢」に変えた核心です。

Season7を終えて——20社に共通する「マーケティングの本質」
Season7では、ニトリからベースフードまで20社の事例を解剖してきました。
振り返ると、すべての企業に共通するひとつの問いがありました——「顧客は本当は何を買いたいのか」。
ノジマは「家電」ではなく「人生の伴走者」を売っていました。蒙古タンメン中本は「ラーメン」ではなく「痛みを共有する勲章体験」を売っていました。しいたけ占いは「占い」ではなく「月曜日を生き延びるための承認」を売っていました。リアル脱出ゲームは「謎解き」ではなく「自分が主人公になれる2時間」を売っていました。そしてベースフードは「完全栄養パン」ではなく「忙しい毎日のなかの、小さな罪悪感の免罪符」を売っています。
これは「言葉の遊び」ではありません。商品の定義が変わると、競合が変わります。価格の感度が変わります。誰に売るかが変わります。そして「なぜこの構造は崩れないのか」という答えが見えてきます。
あなたの商品が革新的であればあるほど、最初から「全員」に売ろうとしてはいけません。まず熱狂してくれる狭いコミュニティで牙を研ぎ、タイミングを見計らってマスのインフラへ飛び出す——ベースフードのD2C戦略はその教科書です。
そして最後に、Season7を通じて最も大切にしてきたことをひとことで言えば、こうなります。
マーケティングとは、新しいライフスタイルを無理に押し付けることではない。顧客の「既存の習慣(パンを食べる、毎週月曜日にスマホを開く、子どもと一緒に外食する)」の中に、自分たちの価値をそっと滑り込ませることだ——。
Season7で取り上げた20社は、すべてこの原則を体現していました。そして2026年のマーケットで勝ち続けている企業は、例外なくこの問いと向き合い続けています。
Season8でまたお会いしましょう。
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【本記事のまとめ】
1. D2Cを「実験場」にした2段階ファネル——熱狂するコミュニティを先に作り、マスへ飛び出す
最初からコンビニを狙わずD2Cサブスクで商品を磨いた。「BASE FOOD Labo」で数万人のコミュニティを運営し、数か月単位でリニューアルを繰り返す俊敏性が継続率93%というファクトを生んだ。ブランドと実績を作ってから全国5万店超のリテールへ展開する——この順序がすべてだった。
2. 「引き算(我慢)」から「足し算(免罪符)」へ——健康を苦痛なく習慣に滑り込ませる
「〜を我慢する」という引き算の健康食から、「これを食べておけば1日の栄養素の3分の1が摂れる」という足し算の安心感へ。罪悪感ではなく免罪符を売ることで、健康管理を「特別な努力」から「パンを食べる」という既存の習慣のなかに埋め込んだ。
3. Season7の総括——マーケティングとは顧客の「既存の習慣」に価値を滑り込ませることだ
20社に共通していたのは「顧客は本当は何を買いたいのか」という問いへの徹底的な深掘り。商品の定義が変わると競合・価格感度・ターゲットがすべて変わる。新しいライフスタイルを押し付けるのではなく、顧客の既存の習慣のなかに自分たちの価値をそっと滑り込ませること——これが2026年のマーケティングの本質だ。
よくある質問(FAQ)
ベースフードは「完全栄養食」を食べていれば、他の食事を気にしなくていいのですか?
正確には「1食(2袋)で1日に必要な栄養素の3分の1以上が摂れる」という設計です。脂質・飽和脂肪酸・炭水化物・ナトリウムは過剰摂取が懸念されるため基準値の対象外となっています。「これだけ食べれば完璧」ではなく「これを食べておくと栄養バランスの底上げができる」という位置づけです。医療的な観点での詳細は医師・栄養士にご相談ください。マーケティング的に優れているのは、この「完璧ではないが、大幅に楽になる」という現実的な価値提案が、かえって信頼感を生んでいる点です。
D2Cからリテールへのファネルはどんなビジネスでも使えますか?
特に革新的な商品・新カテゴリーを作るビジネスに有効です。既存の棚(市場)に割り込もうとすれば体力勝負になります。まず「自分たちを理解してくれる熱狂的な少数」を見つけ、その人たちと商品を磨き、実績(継続率・口コミ・改良履歴)を蓄積してからマスへ展開する——この順序は、食品に限らずSaaS・アパレル・教育サービスなど「新しい提案」を持つあらゆるビジネスに応用できます。重要なのは「先にニッチで勝つ」ことへの覚悟です。
Season7で最も印象的だった企業はどこでしたか?(岡 健作の個人的な見解)
ひとつを選ぶのは難しいのですが、あえて言えば「しいたけ占い」です。12星座という大括りでありながら「なぜ私のことを知っているの?」と感じさせる言語化の精度、VOGUE GIRLというプラットフォームが消えても揺るがなかった人格への信頼——これは「ブランドとは何か」という問いへの最もシンプルな答えだと感じました。コンテンツの量産が容易になったAI時代において、「この人が書いた文章だから読む」という感情の希少価値はさらに高まると考えています。Season8でも、この問いを持ち続けながら事例を深掘りしていきます。
*1|ITmedia ビジネスオンライン「パンで健康革命 ベースブレッドが広げた完全栄養食市場とファン作りの極意」(2025年9月24日)。2019年のBASE BREAD発売が転機となりD2C型サブスクリプションを起点にオンラインとオフラインをつなぐ成長戦略を展開・「BASE FOOD Labo」コミュニティで数万人のユーザーが参加し商品改良に活用・数カ月単位のリニューアルというスピード感・「ユーザーの声を聞いて改善し続けてきたそのトラックレコード自体がユーザーとの信頼につながった」という齋藤氏の言葉・1食で1日に必要な栄養素の3分の1以上が摂れるという完全栄養食の定義を確認
*2|Digital Shift Times「日本発フードテック企業・完全栄養食を販売する『ベースフード』〜IPOから読み解く、デジタルシフト〜」。2022年8月時点でサブスクリプション会員数13.8万人・継続率93%・サブスクリプション売上比率74%・コンビニやドラッグストアなど実店舗展開・「主食をイノベーションし、健康をあたりまえに」というミッションを確認
*3|ダイヤモンド・チェーンストアオンライン「大手食品メーカーも注目する完全栄養食市場 国内パイオニア『ベースフード』の戦略とは」。創業当初から顧客の声を聞きながら味の改善やラインアップの追加を繰り返してきたD2Cモデルの特徴・BASE Cookiesが「デスクワーク中に罪悪感なく食べられるおやつが欲しい」というニーズから誕生した経緯・全国5万店台の展開店舗数を確認
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season7【全20回】
「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を全20社の事例で深掘りしてきました。
- 第1回:なぜニトリは、インフレの時代でも「お、ねだん以上。」を維持できるのか
- 第2回:ノジマが証明した「モノを売る瞬間」ではなく「顧客の人生に関わる時間」を競う戦略
- 第3回:なぜUSJは、「天才マーケター」が去った後も、成長し続けられたのか
- 第4回:なぜBUYMAは、在庫を一切持たないまま、世界中の高級品を売り続けられるのか
- 第5回:LUSHが証明した「広告を捨て、信念を叫ぶ」という、広告費ゼロで熱狂を生む戦略
- 第6回:売上高39%増・過去最高益——コメ兵の「真贋マーケティング」が2026年に爆発した理由
- 第7回:なぜ「調味料の会社」が、世界中のAIチップに欠かせない素材のシェア95%を握れたのか
- 第8回:なぜミツカンは、220年の歴史を武器に「新主食の会社」へ変身できたのか
- 第9回:Qoo10がつくる「メガ割」というお祭り騒ぎ。年4回、SNSを熱狂させる衝動買いのデザイン
- 第10回:関東29店舗なのに全国区——蒙古タンメン中本に学ぶ「聖地」と「無料体験」の二層戦略
- 第11回:1億個・海外比率50%超——たまごっちに学ぶ、「眠れる資産」を世界のトレンドに変える方法
- 第12回:「中身を選べない」のになぜ買ってしまうのか——一番くじの購買衝動をデザインする精巧な仕掛け
- 第13回:なぜしいたけ占いは、「当てない占い」のまま、数百万人の月曜日に欠かせない存在になれたのか
- 第14回:ゴンチャが証明した「ブームに乗りながら、ブームに飲み込まれない」カテゴリー戦略
- 第15回:ステーション数・車両台数ともに業界ひとり勝ち——タイムズカーに学ぶ、既存資産を最強の競争優位に変える方法
- 第16回:なぜ3COINSは、「100均でも無印でもない」という曖昧なポジションで、営業利益49%増を叩き出せたのか
- 第17回:「2万円のパジャマが売れる」という不思議——TENTIALに学ぶ、価格の壁を消すブランド設計
- 第18回:「絶対に言えないけど、凄かった」——リアル脱出ゲームが1,500万人を熱狂させる構造
- 第19回:「居酒屋に子供を連れて行ってはいけない」——その常識を壊した串カツ田中に、何が起きたのか
- 第20回:「健康食品」の常識を、ベースフードはどうやって書き換えたのか(本記事・最終回)
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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