
AIによって、私たちは「洗練されたもっともらしい文章」を数秒で手に入れられるようになりました。会議の資料も、プレゼンの原稿も、隙のないロジカルな構成で簡単に出力できます。
しかし一方で、「論理的なのに誰の心にも響いていない」「バズワードを使っているのに届かない」と感じたことはありませんか。逆に、人のプレゼンを聞いていて同じように感じることはないでしょうか。「上手だ、でも……」と。
説得力のある言葉とは、いったいどうすれば身につくのでしょうか。そのヒントを「脳科学」の視点から紐解いていきます。
- 伝わる人、伝わらない人の決定的な違い
- なぜ「よくある言葉」は脳に響かないのか?(意味記憶と身体化された認知)
- 相手の感覚野を刺激する「魔法の言葉」と神経同期(Neural Coupling)
- 【実践】企画を通すための「生の実体験」の盛り込み方
- AI時代だからこそ「あなただけの身体的経験」が価値を持つ
- よくある質問(FAQ)
伝わる人、伝わらない人の決定的な違い

先日、地方創生の問題を議論するとあるパネルディスカッションを傍聴する機会がありました。
パネリストには、地方自治体や中間支援団体の職員、そして超大手のシンクタンカー。
シンクタンカーのトークは分かりやすく、いまどきの言葉も使っており、論理的なうえ数字にも裏打ちされていて、起点から結論・提案までのパッケージングも完璧でした。
一方、ある自治体職員は、朴訥としており、言葉も洗練されておらず、決して上手とは言えないトークでしたが、地方の現場で起きていること、それにどう対応したかを切々と「自分の言葉」で語ろうとする意図が見て取れました。
イベント終了後、どうなったか。
自治体職員の席には名刺交換を求める人の長蛇の列ができ、シンクタンカーのまわりにはほとんど人が集まりませんでした。
これをAIが生成する文章と比較するのは、あるいは適当ではないかもしれません。しかし、人の心を動かすのは洗練された整った言葉ではない、ということをよく物語っています。
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なぜ「よくある言葉」は脳に響かないのか?(意味記憶と身体化された認知)

抽象的なバズワードや、AIが作ったような「よくできた文章」が相手に響かない理由は、脳の仕組みによって明確に説明できます。
私たちの記憶には、大きく分けて「意味記憶」と「エピソード記憶」があります。*1
「意味記憶」とは、知識や単語の意味を保存するフォルダです。「DX」や「顧客体験の最大化」といった言葉は、脳に「意味」としてしか処理されません。これだけでは相手の心は動かないのです。
自治体職員の話が人の心を打ったのは、それが「身体化された認知(Embodied Cognition)」*2 に基づいたエピソード記憶だったから。
身体化された認知とは、「人間の思考や認識は、身体の物理的な経験や感覚と深く結びついている」とする心理学・脳科学の概念です。現場でかいた汗、住民の怒った顔・笑顔など、身体感覚をともなう「エピソード」として語られた言葉だけが、聞き手の脳の感覚野をダイレクトに刺激するのです。
相手の感覚野を刺激する「魔法の言葉」と神経同期(Neural Coupling)

では、相手の感覚野を刺激し、企画を通すためにはどうすればいいのでしょうか。
プリンストン大学のウリ・ハッソン博士らの研究チームは、コミュニケーションにおける脳の活動をMRIでスキャンし、「神経同期(Neural Coupling)」という現象を確認しました。*3
それは、話し手が自分の「実体験」を感情や情景を交えて語るとき、聞き手の脳波が話し手の脳波とぴったりシンクロ(同期)し、あたかも聞き手自身が同じ体験をしているかのような脳の活動を見せるというもの。つまり、その話を聞くとき、相手も同じ現場・同じ体験・同じ感情を共有しているということにほかなりません。
神経同期を起こすための「魔法の言葉」とは「身体感覚を伴った、自分の一次情報を語ること」に尽きるのです。
【実践】企画を通すための「生の実体験」の盛り込み方

会議やプレゼンで提案を通したいとき、ロジカルなデータや根拠は当然必要です。しかし、それだけでは「意味記憶」にしかアクセスできません。そこに1つだけ、五感(見たもの、聞いた声、触れた感覚)をともなう実体験を足すこと。それが企画を通すためのポイントです。
× 響かない例:「ユーザーのペインポイントを解消し、利便性を高めるUIへの刷新を提案します」
○ 響く例:「先日、自社製品を使っている高齢のお客様の指先を見てハッとしました。ボタンが小さすぎて、何度も押し間違えてため息をついていたんです。あの光景を見たとき、UIの刷新が急務だと痛感しました」
たった一つの実体験を足すだけで、相手の脳内に神経同期が起き、あなたの提案は「単なる論理」から「圧倒的な手触りを持つ現実」へと変わります。
もちろん「よくある言葉」「洗練された言葉」は、洗練されているがゆえに内包する情報量も多く、人口に膾炙しているがゆえに伝わりやすいという側面もあります。AIが強いのはそういう言葉です。大切なのは、手触りのある言葉と洗練された言葉の使いどころを使い分けることなのです。
AIの普及は洗練された文章を氾濫させましたが、同時に「AIくさいな」と見抜く感性を人々の間に育ててもいます。大丈夫、あなたの手触りのある言葉は絶対に届きます。それが拙かったとしても。
「語るほどの劇的な実体験がない」という人へ(一次情報の見つけ方)
世界を救うような大げさなエピソードは不要。「昨日、現場で顧客がこうつぶやいた」「自分が使ってみて一瞬イラッとした」というような、半径1メートル以内の些細な「引っかかり」で十分です。企画のきっかけやコアアイデアの周辺で自分が感じたことを思い出してください。大切なのは原稿を読むのではなく「自分の実感で語れるなにか」です。
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AI時代だからこそ「あなただけの身体的経験」が価値を持つ
正解がインフレを起こし、感情を喚起する表現すらもテンプレ化して均質化(フラット化)していく現代。論理的できれいな言葉の価値は、今後ますますコモディティ化していくでしょう。
だからこそ、相手の心を動かすのは「あなたという身体を通して得た、あなただけの生々しい経験」でしかありません。会議やプレゼンで「どうも響いていないな」と感じたら、きれいにまとめるのをやめ、摩擦を恐れずにあなたの「実体験」を語ってみてください。
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よくある質問(FAQ)
Q. プレゼンが論理的なのに相手に響かないのはなぜですか?
脳の「意味記憶」にしか情報が届いていないからです。心を動かすには、身体感覚をともなうエピソードを語り、相手の感覚野を直接刺激する必要があります。
Q. 企画や提案を通しやすくする具体的なコツは何ですか?
提案の中に「五感をともなう自分自身の泥臭い実体験」を1つ加えることです。これにより聞き手の脳と神経同期が起き、単なる論理が手触りのある現実に変わります。
Q. 会議でバズワード(ビジネス用語)ばかり使うとどうなりますか?
AIが生成したような摩擦のない言葉として処理され、記憶に残りません。共感は身体的なため、体験を伴わない横文字の羅列は脳にノイズとして弾かれます。
*1 脳科学辞典|記憶の分類
*2 望月正哉(日本大学)|身体化された認知は言語理解にどの程度重要なのか( 58 巻 (2015) 4 号)
*3 TED|Uri Hasson Neuroscientist
STUDY HACKER 編集部
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