「以前は数時間集中できていたのに、最近は30分ももたない」「複数の仕事を同時に進めるのが、前より苦手になった気がする」。そんな変化に、心当たりがあるかもしれません。
こうしたとき、多くの人はつい、「記憶力を鍛えよう」「発想力を高めよう」と、目立つ能力ばかり鍛えようとします。しかし、土台が弱いままでは、どんなテクニックを覚えてもうまく働きません。
スポーツの上手さが足腰の強さに支えられているように、考える力にも、「脳の足腰」と呼べる土台があります。そしてこの土台は、毎日の生活のなかで鍛え直すことができるのです。しかも、鍛え方は拍子抜けするほどかんたんです。
まずは実践。「脳の足腰」を鍛える3つの習慣
先に結論から。今日から取り入れられる行動は、次の3つです。
1「いつもより少し多く歩く」を合言葉にする
通勤や仕事の合間に、軽く体を動かす時間をはさみましょう。エレベーターを階段に変える、少し遠回りして歩く。そんな小さな工夫で充分です。
2「5分前行動」を意識する
「5分前行動」を13日間続けたグループでは、とっさの反応をおさえる力を測るテストの成績が良くなった、という実験結果があります(東洋大学の研究より)。*4
待ち合わせや作業の開始を、いつもより5分だけ早めてみましょう。
3マルチタスクをやめて「シングルタスク+小休憩」に切り替える
いくつもの作業を同時に進めると、頭のなかの作業スペースがあちこちに取られて、すり減ってしまいます。
スマホの通知をオフにする、タイマーで時間を区切る。ひとつの作業に集中できる環境づくりも、立派なトレーニングです。
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なぜ、この3つで「脳の足腰」が鍛えられるのか
種明かしをすると、脳の足腰は2つの柱で支えられています。3つの習慣は、この柱をそれぞれ鍛えるものなのです。
脳の足腰を支える2つの柱
柱1 実行機能
抑制制御・ワーキングメモリ・認知的柔軟性の3つの力
柱2 記憶・学習を支える働き
海馬とBDNFが鍵になる
柱1「実行機能」。考えや行動をコントロールする司令塔
ひとつめの柱が、心理学でいう「実行機能」です。実行機能とは、目標に向かって、考えや行動をうまくコントロールする力のこと。いわば脳の「司令塔」で、主に次の3つの力でできています。*1
実行機能を構成する3つの力
抑制制御
目の前の誘惑に流されず、「つい」やってしまう反応をおさえる力
ワーキングメモリ
必要な情報を頭のなかに置いたまま、作業を進める力
認知的柔軟性
状況が変わったときに、頭をさっと切り替える力
会議中にスマホの通知が気になっても作業を続けられるのは、抑制制御のおかげ。いくつかの資料の内容を頭に入れたまま報告書を書けるのは、ワーキングメモリのおかげです。急に予定が変わってもあわてずにすむのは、認知的柔軟性が働いているからです。
ここで、習慣の2と3を思い出してください。「5分前行動」は、とっさの反応をおさえる練習、つまり抑制制御のトレーニングです。そして「シングルタスク」は、頭のなかの作業スペース、つまりワーキングメモリのむだづかいを防ぐ工夫だったのです。
冒頭の「集中が続かない」「同時進行が苦手になった」という変化も、じつはこの実行機能が弱っているサインなのかもしれません。

柱2「記憶や学習を支える働き」。ごく軽い運動で動き出す
もうひとつの柱が、記憶や学習を支える働きです。習慣1の「いつもより少し多く歩く」は、これを鍛える行動です。
記憶や学習に深く関わる脳の部位に、「海馬」があります。この海馬の神経細胞は、「超低強度」と呼ばれるごく軽い運動でも働き出すことが確認されているのです(2025年に発表された、ラットに走る運動をさせた筑波大学の実験より)。*2
ラットでの実験なので、そのまま人間に当てはまるとは言い切れません。それでも、「軽い運動でも海馬の働きを高められる」というこれまでの研究結果を裏づける成果だとされています。*2
なぜ軽い運動で脳が変わるのか。運動をすると、「脳の栄養」ともいえるタンパク質「BDNF」が脳のなかで増えることがわかっているからです。*3
座りっぱなしの生活は、BDNFが増えるチャンスを自分から捨てているようなもの。逆にいえば、少し多く歩くだけで、脳の足腰は動き出すのです。
こうした土台がしっかり働いてこそ、記憶術や発想法といった応用テクニックも生きてきます。
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記憶力や発想力を高めたいと思ったときこそ、まず目を向けたいのは、それらを支える「脳の足腰」です。特別な道具も、まとまった時間もいりません。
今日の帰り道に、いつもより少しだけ多く歩いてみる。その小さな一歩が、考える力の基礎体力を取り戻す第一歩になるはずです。
よくある質問
「脳の足腰」にはどんな柱がありますか?
脳の足腰は、実行機能(抑制制御・ワーキングメモリ・認知的柔軟性)と、記憶・学習を支える働き(海馬・BDNFが鍵)という、2つの柱によって支えられています。
実行機能とは何ですか?
実行機能とは、抑制制御・ワーキングメモリ・認知的柔軟性の3つの力からなる、考えや行動をコントロールする脳の働きです。集中力や判断力を支える土台となります。
認知的柔軟性とは何ですか?
認知的柔軟性とは、状況の変化に合わせて、視点や考え方をさっと切り替える力のことです。実行機能をつくる3つの力のひとつで、急な予定変更に対応する場面などで働きます。
脳を鍛えるにはハードな運動が必要ですか?
必ずしも必要ではありません。筑波大学の研究(ラットを用いた実験)では、超低強度のごく軽い運動でも、海馬の神経細胞が働き出すことが確認されています。一駅分歩く、階段を使うといった程度から始めても効果が期待できます。
BDNFとは何ですか?
BDNF(脳由来神経栄養因子)は、神経細胞が育ったり、細胞どうしのつながりがうまく働いたりするのを助けるタンパク質です。運動によって増えることが、多くの研究でわかっています。
「5分前行動」にはどんな効果がありますか?
東洋大学の研究では、待ち合わせや作業の開始をいつもより5分早くする「5分前行動」を13日間続けたグループで、とっさの反応をおさえる力(抑制制御)を測るテストの成績が良くなりました。
マルチタスクは具体的に何がよくないのですか?
いくつもの作業を同時に進めようとすると、必要な情報を頭に置いたまま処理する「ワーキングメモリ」がむだに使われて、すり減ってしまいます。その結果、ひとつの作業に集中したときよりも、ミスが増えたり作業の効率が落ちたりしやすくなります。
*1: J-STAGE|実行機能とマインドフルネス
*2: 筑波大学|海馬の神経細胞は超低強度から高強度運動まで、強度依存的に活性化する
*3: 新潟大学脳研究所|運動が支える脳の健康
*4: J-STAGE|セルフコントロールのトレーニング法の開発とその効果検証
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。