「ホームセンター」という定義を捨てたカインズに、何が起きているのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season8 vol.12】

カインズのデザイン駆動型SPA戦略:PB比率40%超によるホームセンター革新

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season8

Season7では「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を20社の事例で深掘りしました。
Season8でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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「作業着のおじさんやプロの職人が行く場所」——ホームセンターにそんなイメージを持っている人は、2026年のカインズを見て驚くかもしれません。

売上高5,738億円(2025年2月期)・年間レジ通過人数1億4,477万人・256店舗。*1 かつて赤字続きだったハンズ(旧東急ハンズ)を買収後わずか3年で32年ぶりの過去最高益に導き、*2 郊外と都市の双方でカインズの思想が浸透しています。

なぜホームセンターが「休日に行きたい場所」になれたのか——その構造を解剖します。

「棚貸し業」からの脱却——PB比率40%超の「デザイン駆動型SPA」という競争離脱

カインズが2007年に「SPA宣言」をしたとき、ホームセンター業界は首をかしげました。SPAとは「素材調達から製造・物流・販売まで一貫して自社で手掛ける製造小売」のこと——衣服ならユニクロ、菓子ならシャトレーゼが体現してきたモデルです(vol.11参照)。*1

カインズはこれを「住」の領域に持ち込みました。現在、売上高の約40%をオリジナル商品(PB)が占めます。*2 競合が「大手メーカーの商品を1円でも安く」という価格競争の泥仕合をしている間に、カインズは「競合がそもそも真似できない商品」を作ることに専念したのです。

そのデザイン思想は一貫しています——生活のノイズを消すシンプルさ。白・グレー・アースカラーを基調とし、派手なロゴやパッケージを極限まで削ぎ落とした商品群は、2012年初受賞以来毎年グッドデザイン賞を受賞し続けています。*1 バケツ・フライパン・ペット用品にいたるまで「部屋に置いたとき、空間に美しく調和する」という機能美が付加価値になった瞬間、価格比較という戦場から完全に離脱できます。

項目 従来のホームセンター カインズ
ビジネスの定義 NB商品を他社より安く売る場所 心地よい暮らしの「部品とアイデア」を売る場所
PB比率 メーカー既製品が9割以上(低利益率) オリジナル商品が約40%(高利益率・独自デザイン)
デザインの思想 目立つこと・スペック重視 生活のノイズを消すシンプルさ(グッドデザイン賞)
2026年の価値 用事があるときだけ行く「資材置き場」 部屋を自分らしく編集したくなる「体験メディア」

ハンズ買収による相互補完:都市型と郊外型の戦略統合で最高益実現

ハンズ買収が完成させた都市×郊外の相互補完——3年で32年ぶり最高益という数字の意味

2022年3月のハンズ(旧東急ハンズ)買収は、カインズにとって異例のM&Aでした。ベイシアグループはM&Aに頼らず自前で成長してきた歴史があり、業界も「利益率1%以下の赤字会社をなぜ買うのか」と首をかしげました。

しかしカインズが欲しかったのは「店舗数」ではありませんでした。ハンズが長年培ってきた「クリエイティブの目利き力(文化)」です。*3 都市型商業施設の一等地に店を構え、感度の高い顧客と接してきたハンズのバイヤーたちが持つ審美眼と商品知識——これをカインズの商品開発部門にフィードバックすることが目的でした。

逆にカインズがハンズに与えたのは「圧倒的な大量製造・低コストのサプライチェーン」です。カインズのPBノウハウをハンズの商品開発に適用することで、利益率が劇的に改善されました。その結果が、買収後わずか3年での32年ぶり最高益更新です。*2

さらにカインズアプリでの「CAINZ PickUp(事前取り置き)」*1 や店内DIYワークショップとの連動が、売場を「モノを買う場所」から「暮らしのアイデアを体験する物理メディア」へと格上げしています。顧客が「この商品を使えば、こんな部屋になれる」というシナリオを店内で体験できる設計は、ECには決して真似できない強みです。

サプライチェーンごと世界観を設計するマーケティング戦略

「技術のコモディティ化」時代に勝つ唯一の方法——世界観ごとサプライチェーンを設計する

カインズの事例が教えるのは、「機能やスペックがコモディティ化した時代に何で戦うか」という問いへの答えです。

自社の商品やサービスを「競合と同じ分類・同じ見た目」のまま、価格やスペックだけで勝負させていないでしょうか。ホームセンターというカテゴリーで価格競争をしていれば、カインズは永遠に大手メーカーの「棚貸し業」でした。しかし「暮らしの体験メディア」と定義し直した瞬間に、比較する競合がいなくなりました。

重要なのは「世界観だけ変えても意味がない」という点です。カインズがSPA宣言から約20年かけて構築してきた「商品企画→素材調達→製造→物流→販売」という一貫したサプライチェーンがあるからこそ、その世界観を商品の「手触り」として顧客に届けられます。

2026年のマーケティングは、製品の便利さをアピールすることではありません。その製品があることで、顧客が「自分の生活をもっと愛せるようになるシナリオ」を描くこと——カインズが年間1億4,477万人をレジに通わせている理由は、まさにそこにあります。

カインズの完璧なビジネスモデル:暮らしの体験メディアへの進化

 

【本記事のまとめ】

1. PB比率40%超の「デザイン駆動型SPA」——価格競争の戦場から完全に離脱する
2007年のSPA宣言から約20年、売上の40%超をオリジナル商品が占める。白・グレーを基調とした「生活のノイズを消すデザイン」が2012年以降グッドデザイン賞を毎年受賞。「部屋に置いたとき美しく調和する」という機能美を付加価値にした瞬間、同じ土俵での比較がなくなった。

2. ハンズ買収後3年で32年ぶり最高益——「目利き力」と「スケール」の相互補完
都市型一等地のハンズが持つ「クリエイティブの目利き力」とカインズの「大量製造・低コストサプライチェーン」を相互に注入したことで、赤字続きだったハンズが買収後わずか3年で32年ぶり最高益を達成。郊外と都市の双方に「カインズの思想」が浸透する体制が完成した。

3. 「世界観」だけでなく「サプライチェーンごと設計する」ことが最強の防壁になる
カテゴリーの定義を「資材置き場」から「暮らしの体験メディア」に変え、サプライチェーン全体でその世界観を商品の手触りとして実装する。顧客が「この製品があれば自分の生活をもっと愛せる」と感じるシナリオを設計することが2026年のマーケティングの本質だ。

よくある質問(FAQ)

カインズはなぜイケアやニトリと差別化できているのですか?

商品カテゴリーの広さと「暮らしのDIY文化」への特化が差別化の核です。イケアは家具・インテリアが中心、ニトリは家具・インテリア・寝具が中心ですが、カインズは日用消耗品・工具・ガーデニング・ペット用品・食料品まで「家の中と庭にまつわるあらゆるもの」を扱います。さらに「自分で直す・作る・整える」というDIYカルチャーの体験拠点として店舗を設計しており、ワークショップや工具の貸し出しなどECには提供できない価値を提供しています。ニトリとは「完成品を買って終わり」ではなく「自分で暮らしを作る過程に伴走する」という顧客との関係性が根本的に異なります。

「デザイン駆動型SPA」を中小企業でも実践できますか?

実践できます。SPAの本質は「中間業者を排除して、その分を品質・デザイン・価格に還元する」ことです。たとえば地方の陶器メーカーが直営ECを持ち「生活に溶け込むシンプルな器」というコンセプトで直接販売する、地元の木工職人が「北欧風の無垢材家具」ブランドを立ち上げてSNSで発信する——これらも小規模なSPAです。重要なのは「一貫した世界観(コンセプト)を持ち、その世界観を商品の手触りで体現すること」です。デザインとコンセプトの一貫性が、価格競争からの離脱を可能にします。

ハンズの買収は成功したのですか?

大成功です。カインズグループ入り後、ハンズは2023年2月期から3期連続増収を達成し、2025年2月期には32年ぶりの過去最高益を更新しました。カインズ側のサプライチェーンとPBノウハウをハンズに適用することで利益率が劇的に改善されたことが主因です。カインズの高家会長も「3年間で最高益を超えるところまできたというのは想定を超えている」と述べており、業界の予想を大幅に上回るスピードでシナジーが実現しています。都市型ハンズと郊外型カインズという双方の強みが「暮らし全体のプラットフォーム」として相互補完する体制が整いつつあります。

(参考)

*1|カインズ公式「数字で見るカインズ」。2024年度(2025年2月期)売上高5,738億円・年間レジ通過人数1億4,477万人・256店舗(2025年2月末)・29都道府県展開・2012年初受賞以来毎年グッドデザイン賞を受賞・「商品企画から素材調達・製造・物流・プロモーション・販売までを一貫して行うSPA型小売業」という自社定義・CAINZ PickUp(事前取り置き)機能を確認
*2|SBビジネスメディア「市場停滞でも上位4社は好調?カインズ・コメリら『ホームセンター企業』の巧妙な戦略」(2026年)。「2007年にSPA宣言を行いPBの開発に注力・PB比率は4割を超えるとされ低価格の家庭用品や日用消耗品・家具類などが高い集客力につながっている」・東急ハンズを子会社化し後にハンズに商号変更・「都市部を強化する狙いがあると見られる」を確認
*3|流通ニュース「ハンズ/32年ぶりに過去最高益、カインズ傘下でオペレーション改善し業績が急回復」(2026年1月21日)。2022年3月のハンズ買収(旧東急ハンズ→2022年10月にハンズへ商号変更)・2023年2月期から3期連続増収・2025年2月期に32年ぶり過去最高益(経常利益ベース)・「3年間で最高益を超えるところまできたというのは想定を超えている」という高家会長の言葉・ハンズの目利き力とカインズのサプライチェーンの相互補完を確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season8

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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