キャリア・アンカーとは、米国の心理学者エドガー・H・シャイン氏が提唱したキャリア理論。「自分のキャリアにおいて何を大切にするか」という価値観を、8つのタイプに分類したものです。
キャリアに悩んでいる方は、自分が8タイプのうちどのキャリア・アンカーに当てはまるのか、分析してみましょう。仕事や組織に求めるものが明確になり、働き方の指針が得られるはずです。
今回は、キャリア・アンカー理論とはどんなものなのか、キャリア・アンカーを診断するにはどのような方法があるのか、詳しく解説していきます。
キャリア・アンカーとは
先述のとおり、キャリア・アンカーとは「仕事において何を最も大切にするか」という価値観。「仕事を通じて社会貢献したい」「経済的な安定性を第一にしたい」「専門スキルを究めたい」など、さまざまな考えがあることでしょう。いずれにせよ、「どの価値観が社会的に正しいか」という固定観念にとらわれず、「どの価値観が自分にしっくりくるか」を考えることが大切です。
そもそも「アンカー」とは、船の錨(いかり)を意味する英語。錨がしっかりと海底に降りていれば、船は波に流されず、安定して留まっていられます。同様に、自分のキャリア・アンカーがどんなものかを把握しておくと、仕事や人生に何を求めているか明確に自覚でき、納得の行く働き方を選びやすくなるのです。
たとえば、自分のキャリア・アンカーが「仕事を通じて社会貢献したい」だとわかった場合。NPO法人のように「社会貢献」を直接の目的として掲げる団体に就職できなかったとしても、「顧客に喜んでもらう方法を考える」「会社に貢献できるよう頑張る」など、キャリア・アンカーに即した働き方を見いだすことで、仕事の充実感を高められるはずです。
- キャリアの軸が定まる
- 就職・転職でのミスマッチを減らせる
- 仕事のモチベーションを見いだせる
キャリア・アンカーとは、ビジネスパーソンとしてのアイデンティティを決定づける基盤のようなものなのです。
シャインのキャリア・アンカー理論における8つのタイプ
シャイン氏の分類によると、キャリア・アンカーには8つのタイプがあります(参考:森久子「キャリア・アンカー―キャリア・アンカーの芽―」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』第6号、2005年)。
全般管理コンピタンス
「全般管理コンピタンス」は、組織のなかで責任のある役割を果たすことにやりがいを感じるタイプ。「全般管理コンピタンス」の人は、リーダーとしてチームをまとめたり、会社にとって重要な仕事を任されたりすることで、充実感を得ます。
【「全般管理コンピタンス」タイプの特徴】
- 組織の成功に貢献したり、それに対する報酬を得たりすることを喜ぶ
- 経営管理や組織管理に興味がある
- 会社内でより高い役職に就きたいと思っている
専門・職能別コンピタンス
「専門・職能別コンピタンス」は、自分の専門性や技術を高めつつ、特定の分野で能力を発揮することを望むタイプ。「専門・職能別コンピタンス」の人は、仕事をしていて新たなスキルが身についたときや、よりレベルの高い仕事をクリアできたときなどにやりがいを感じます。
【「専門・職能別コンピタンス」タイプの特徴】
- 専門性や能力を発揮することに喜びを感じる
- 得意なこと・好きなことを仕事にしたい気持ちが強い
- 挑戦的な姿勢で仕事に取り組んでいる
保障・安定
「保障・安定」は、ひとつの組織に長く留まり、社会的・経済的安定を得ることに幸せを感じるタイプ。「いまの生活をなるべく変えたくない」「いまの会社でなるべく長く働きたい」と思っている人が該当します。
【「保障・安定」タイプの特徴】
- 経済的安定性を第一に考えて仕事を決める
- 公的機関での仕事に魅力を感じる
- 安定さえしていれば、役職の高さにはそれほどこだわらない
起業家的創造性
「起業家的創造性」は、リスクを恐れず、新しいものを生み出すことが好きな、いわゆるクリエイタータイプ。企画・開発が好きな人、アイデアを考えるのが好きな人、いつか起業したいと思っている人などが該当します。
【「起業家的創造性」タイプの特徴】
- 新しい挑戦をしてみたいという熱意がある
- 若い頃から、がむしゃらに夢を追っている
- 成功の基準として、資産や年収を重視している
自律と独立
「自律と独立」は、組織に縛られず、自分のやり方で仕事をすることに幸福を感じるタイプ。フリーランスとして働くことを望んでいる人や、組織のなかで働くことを窮屈に感じる人などが該当します。
【「自律と独立」タイプの特徴】
- 組織での仕事は制約が多く、非合理だと感じる
- 自分の仕事や人生は、常に自分自身でコントロールしたいと強く思う
- フリーランサーや士業など、自律的に働ける専門職に憧れる
社会への貢献
「社会への貢献」は、社会的な意義の大きい仕事や、他人に奉仕する仕事にひかれるタイプ。「仕事を通じて社会をよくしたい」「お客さんの喜んでいる顔を見るのが好き」と感じる人が該当します。
【「社会への貢献」タイプの特徴】
- 社会的に意義のある仕事かどうかを考えて仕事を選ぶ
- 自分の才能を発揮することには、あまり興味がない
純粋なチャレンジ
「純粋なチャレンジ」は、困難を乗り越えることに幸せを感じるタイプ。大きなプロジェクトをやり遂げることや、競合企業や同僚といったライバルと競争することに燃えるような人が該当します。
【「純粋なチャレンジ」タイプの特徴】
- 常に誰かとの競争意識をもっている
- 困難な障壁を乗り越えたときに強い快感を感じる
- 必ず勝たないと気がすまない
- 競争相手がいないと意欲が湧かない
ワーク・ライフ・バランス
「ワーク・ライフ・バランス」は、仕事とプライベートのバランスがちょうどよく保たれていることを最も重んじるタイプ。「定時に上がれるか」「休日出勤がないか」を重視して会社を選ぶ人や、仕事とプライベートをきっちり分けたい人が該当します。
【「ワーク・ライフ・バランス」タイプの特徴】
- 自分の都合に合わせて柔軟に働きやすい会社を好む
- ワーク・ライフ・バランスさえ保たれれば、組織で働くことに苦痛を感じない
これら8つのキャリア・アンカーのうち、どれかひとつにしか当てはまらない人もいれば、複数に該当する人もいるでしょう。いずれにせよ、上記8タイプのキャリア・アンカーは、自分の個性や適性を理解するうえで便利な指針になってくれるはずです。
キャリア・アンカーを自己診断しよう
では、自分のキャリア・アンカーが何かを知るにはどうすればいいのでしょうか? シャイン氏の著書『Career Anchors: Discovering Your Real Values』を参考に、キャリア・アンカーを自己診断する方法をご紹介しましょう。
1. 各項目に点をつけよう
まず、以下に挙げる40の項目を読んで、自分にどれくらい当てはまるかを数字で表してください。基準は以下のとおりです。
- まったく当てはまらない:1点
- ほぼ当てはまらない:2点
- やや当てはまらない:3点
- やや当てはまる:4点
- ほぼ当てはまる:5点
- よく当てはまる:6点
番号 | 項目 | 点数 |
---|---|---|
1 | 専門性を究め、助言を求められる存在になりたい | |
2 | 人を率いたり助けたりすると仕事のやりがいを感じる | |
3 | 自由なやり方・自由なペースで働ける仕事に憧れる | |
4 | 自由に働けるかより、安定した生活のほうが大事だ | |
5 | いつか始める予定の事業のアイデアを常に探している | |
6 | 社会貢献こそ、自分のキャリアの最終ゴールだと思う | |
7 | 困難な課題にチャレンジできるような仕事に憧れる | |
8 | プライベートが損なわれるので、組織の一員として働くのが嫌だ | |
9 | 高いスキルさえ身につけば成功が得られると思う | |
10 | いつか大きな組織をつくり、多くの人に影響を与えたい | |
11 | 仕事のやり方や進め方は、できれば全部自分で決めたい | |
12 | 不本意な仕事をやらされるくらいなら、組織を離れたい | |
13 | 組織で出世するよりも、自分の手で組織をつくりたい | |
14 | 自分の能力を他者のために発揮できたとき、充実感を覚える | |
15 | 困難な課題をクリアしたとき、キャリアの充実を実感できる | |
16 | プライベート・家族・仕事のバランスを保てる仕事に就きたい | |
17 | 総合管理職でなく、専門分野における上級職に就きたい | |
18 | 総合管理職になることがキャリアの成功だと思う | |
19 | 自由で自律した働き方が得られれば、キャリアは成功だと思う | |
20 | 安定した組織の一員として働きたい | |
21 | 自分のアイデアと努力で何かをつくり上げたとき、満足を感じる | |
22 | 出世より、仕事を通じて世のなかをよくするほうが大事だ | |
23 | 不可能に思えることを成し遂げられたとき、満足する | |
24 | プライベート・家族・仕事のバランスがとれた生活が理想だ | |
25 | 専門外の仕事をやらされるくらいなら組織を離れたい | |
26 | 専門分野における上級職より、総合管理職に就きたい | |
27 | 安定よりも、ルールや制約のない働き方を重視する | |
28 | 経済的・雇用的に安定しているとき、キャリアの充実を感じる | |
29 | 自分で考えた製品やアイデアを実現させたとき、成功を感じる | |
30 | 人類や社会に貢献できるキャリアを望む | |
31 | 課題に挑戦したり競争できたりする仕事に就きたい | |
32 | 組織での出世より、仕事とプライベートのバランスを重視する | |
33 | 自分のスキルや才能を活かせたとき、仕事に満足する | |
34 | 総合管理職に就けないなら、退職したほうがましだ | |
35 | 仕事の裁量や自由が減るなら、退職したほうがましだ | |
36 | 安定した仕事に憧れる | |
37 | いつか自分のビジネスを立ち上げてみたい | |
38 | 他人に奉仕できない仕事をやらされるなら、退職したい | |
39 | 出世よりも、難題にチャレンジできるかどうかが大切だ | |
40 | プライベートや家族との時間が損なわれない職場を求めている |
2. 点を集計しよう
質問票に記入したら、次は以下の表を使って点数を集計しましょう。たとえば、質問票の第1項目「専門性を究め、助言を求められる存在になりたい」が5点だった場合、下表の「1)__点」というところに「5」と書きます。
表をすべて埋めたら、各行の点数の合計を右端に書き込んでください。
合計 | ||||||
全般管理コンピタンス | 1)_点 | 9)_点 | 17)_点 | 25)_点 | 33)_点 | |
専門・職能別コンピタンス | 2)_点 | 10)_点 | 18)_点 | 26)_点 | 34)_点 | |
保障・安定 | 3)_点 | 11)_点 | 19)_点 | 27)_点 | 35)_点 | |
起業家的創造性 | 4)_点 | 12)_点 | 20)_点 | 28)_点 | 36)_点 | |
自律と独立 | 5)_点 | 13)_点 | 21)_点 | 29)_点 | 37)_点 | |
社会への貢献 | 6)_点 | 14)_点 | 22)_点 | 30)_点 | 38)_点 | |
純粋なチャレンジ | 7)_点 | 15)_点 | 23)_点 | 31)_点 | 39)_点 | |
ワーク・ライフ・バランス | 8)_点 | 16)_点 | 24)_点 | 32)_点 | 40)_点 |
3. タイプごとに順位をつけよう
8つの合計値を比べ、順位をつけましょう。たとえば、「全般管理コンピタンス」の合計が23点で8項目中3位だった場合、下表の3位のところに「全般管理コンピタンス」と書き、右の欄に点数を記入します。
順位 | キャリア・アンカー | 点数 |
1位 | ||
2位 | ||
3位 | ||
4位 | ||
5位 | ||
6位 | ||
7位 | ||
8位 |
自分のキャリア・アンカーの傾向が、数字として明確に現れましたね。キャリアに悩んでいる方や、やりたいことが見つからない方は、ぜひキャリア・アンカーを診断してみてください。
キャリア・アンカーに関する本
最後に、キャリア・アンカーについてもっと深く学びたい人向けの本を、3冊ご紹介します。
『キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう』
まずは、キャリア・アンカーを提唱した当人、エドガー・H・シャイン氏による『キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう』。キャリア・アンカーを本格的に学びたい方が最初に当たるべき本です。各キャリア・アンカーに込められた細かい意味や、キャリアを選ぶうえでの指針など、有益な知識を得られるはず。

キャリア・アンカー―自分のほんとうの価値を発見しよう (Career Anchors and Career Survival)
- 作者:エドガー・H. シャイン
- 発売日: 2003/06/01
- メディア: 単行本
『ハーバード流キャリアチェンジ術』
2冊めは、キャリア開発や人材管理を研究するハーミニア・イバーラ氏による『ハーバード流キャリアチェンジ術』。ハーバード・ビジネス・スクールなどでキャリア指導に長年携わった経験をもとに、キャリア形成について具体的にアドバイスしてくれる良書です。キャリアチェンジに成功した具体的な事例も多く紹介されているため、キャリアの路線変更を考えている方には特におすすめ。
『心を折る上司』
職場におけるメンタルヘルスの研究者・見波利幸氏による『心を折る上司』。部下のキャリア形成や成長を促したい管理職の方には、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
『心を折る上司』が主張するのは、「管理職=管理する仕事」ではないということ。「管理しよう」から「育成しよう」に考えを変える重要性が説かれており、そのために必要な知識として、キャリア・アンカー理論が紹介されています。
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自分のキャリア・アンカーを把握すれば、今後のキャリアや人生を考えるのに有益な指針が得られるはず。キャリアに悩んでいる方、まだビジネスパーソンとしての方向性が定まっていない方は、本記事で紹介した方法をぜひ試してみてくださいね。
(参考)
コトバンク|キャリア・アンカー
AllAbout|キャリアアンカーとは?キャリア選択で重要な指針
日本大学大学院総合社会情報研究科|キャリア・アンカー―キャリア・アンカーの芽―
Schein, Edgar H. (1990), Career Anchors: Discovering Your Real Values, San Francisco, Jossey-Bass Pfeiffer.
エドガー・H・シャイン 著, 金井寿宏 訳(2003),『キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう』, 白桃書房.
ハーミニア・イバーラ 著, 金井壽宏 監修, 宮田貴子 訳(2003),『ハーバード流キャリア・チェンジ術』, 翔泳社.
見波利幸(2018),『心を折る上司』, KADOKAWA.
【ライタープロフィール】
佐藤舜
中央大学文学部出身。専攻は哲学で、心や精神文化に関わる分野を研究。趣味は映画、読書、ラジオ。人生ナンバーワンの映画は『セッション』、本は『暇と退屈の倫理学』。好きな芸人はハライチ、有吉弘行、伊集院光、ダウンタウン。