
締め切りは明後日。やらなきゃいけないのはわかっている。でも、なかなか手がつかない。気づけば1時間、ほかのことをしていた。
「頑張らなきゃ」と何度自分に言っても、手は動かない。そのうち、「自分はやる気がないのか」と落ち込んでくる。
以前なら、上司に「まだ終わっていないのか」と厳しく言われて、ようやく手をつけていたかもしれません。けれど今は、そうした厳しい指導を期待しにくくなっています。
自分で自分を動かせなければ、仕事は進まず、評価も上がりません。
動けないのは、やる気や意志力のせいだとは限りません。今回は「頑張らなきゃ」という精神論に頼らず、自分を動かす技術をお伝えします。
もう、上司には頼れない
上司から声をかけてもらえる機会は、実際に減っています。最近は、「部下育成キャンセル界隈」という言葉まで聞かれるようになりました。
部下の育成をあきらめてしまう管理職が、自分たちを少し自虐的に呼んだ言葉です。*1
ハラスメントを心配して、上司は「頑張れ」の一言さえかけにくくなっています。もはや、ハラスメントすれすれの厳しい叱咤激励は期待できません。
そのうえ、以前なら若手に任せていた作業も、いまはAIに頼めば速く片づくでしょう。油断すれば、上司はAIにタスクを振ってしまいます。
モチベーションを高めてくれることも、スキルを高めてくれることも、当然の権利ではなくなりました。もらえれば運が良かった、という程度のものです。
この数年でそういう状況はかなり進んでいますし、これからさらにそうなるかもしれません。自分で自分を動機づけたり、スキルアップしたりすることは、これまで以上に重要な競争力になります。
自分で自分を動かそうとするとき、多くの人はまず「もっと頑張らなきゃ」と思います。けれど、冒頭の場面を思い出してみてください。締め切りが迫っていて「頑張らなきゃ」と思っても、手は動かなかったんです。
ヒントは、これまで「できる上司」が部下にしてきたことにあります。

「できる上司」は、部下の何に手を打っていたのか
部下がなかなか動かないとき、「できる上司」と呼ばれる人は、ただ「頑張れ」と言うだけではありませんでした。大きな仕事を切り分けて「まずはここまで」と示し、「できたら次はこれを任せる」と約束し、「この仕事は誰の役に立つか」を語ってきたはずです。
この3つには、理由があります。心理学者のビクター・ヴルーム氏が1964年に発表した「期待理論」では、人が動くには「やればできそう」「できたら報われそう」「その報いに意味がある」の3つがそろう必要があるとされます。*2 できる上司の3つの手は、ちょうどこの3つの条件に対応しています。
人が動くための3つの条件
1やればできそう
欠けると 「どうせ間に合わない気がする」
できる上司は 「まずはここまで」と仕事を切り分けてくれた
2できたら報われそう
欠けると 「やったところで、評価も変わらない」
できる上司は 「できたら次はこれを任せる」と約束してくれた
3その報いに意味がある
欠けると 「そもそも、この仕事に興味が持てない」
できる上司は 「この仕事は誰の役に立つか」を語ってくれた
どれか一つでも欠けると、「頑張らなきゃ」では動けない!!
ヴルームの期待理論をもとに作成。
この理論によれば、3つのうち一つでも欠けると、ほかがそろっていても人は動けません。*2
「頑張らなきゃ」と思っても動けないのは、どれが欠けているかを問わずに、努力の量だけを自分に求めているからです。やる気があっても、3つのどれかが欠けていれば手は止まるわけです。
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自分が、自分の「できる上司」になる
できる上司がしてくれていたことは、もう望みにくくなっています。それなら、同じことを自分で自分にするしかありません。自分が、自分の上司役になるということです。
まず、いま手がつかない仕事を一つ思い浮かべて、次の3つの問いに答えてみてください。答えに詰まったら、その条件が欠けています。そのうえで、欠けている条件について、上司がしてくれていたことを自分でやります。
問い1「やればできそうか」に詰まったら、「まずはここまで」を自分で決める
上司がしてくれていたように、締め切りまでの仕事を切り分けて、今日の「ここまで」を決めます。
資料づくりなら、「今日は見出しを並べるところまで」のように、できそうだと思える大きさにするのがコツです。
問い2「できたら報われそうか」に詰まったら、「これができたら」を自分で立てる
上司が示してくれていた「これができたら」を、自分で立てます。やり遂げたら任される役割や、身につく経験を書き出してみてください。
それでも見通しが立たなければ、上司に「何ができていれば十分ですか」と聞いてしまうのも手です。上司の側から言い出しにくくなっている今は、部下から聞いたほうが話が早く進みます。
問い3「その報いに意味があるか」に詰まったら、仕事の意味を自分で語る
上司が語ってくれていた仕事の意味を、自分で書き出します。この仕事が、誰の、何の役に立つのかを考えてみてください。
それでも意味が見つからないことはあります。学びデザイン代表の荒木博行氏は、「努力の意味は後付けでどうにでもなる」と語っています。*3 いまは意味がはっきりしなくても、あとで振り返ったときに、ほかの経験とつながって意味が生まれることもある、という考え方です。
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「できる上司」が近くにいてくれたら、それに越したことはありません。けれど、いないなら、自分がなればいいのです。
今夜、手がつかない仕事を一つ選んで、3つの問いのどこで詰まるかを確かめてみませんか? そして、上司がしてくれていたことを、一つだけ自分にしてみてください。
*1 東洋経済オンライン|「部下育成キャンセル界隈」の上司が抱く3つの誤解 「仕事が山積み」「時間がない」は言い訳?
*2 日本の人事部|期待理論――意味と従業員のモチベーションを上げる方法
*3 ミーツキャリアbyマイナビ転職|努力にムダも必要もない。学びの専門家・荒木博行さんに聞く"頑張り続けるための仕組み"
よくある質問(FAQ)
Q. 3つの問いにすべて答えられるのに、それでも動けないときは?
Q. 仕事以外にも使えますか?
Q. 上司に相談してもいいのでしょうか?
朝井律
人はなぜそう考えるのか。ついそうしてしまうのか。ある条件下で、人がしてしまう行動は? 行動経済学・心理学・脳科学など、「人の意思決定」や「思考のクセ」に特に関心をもち、その知識を活かした記事に強みをもつ。