
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season9
Season8では「機能から情緒へのドメイン再定義」を20社の事例で深掘りしました。
Season9でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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vol.2のKeychronでは、クラウドファンディングで成長する海外メーカーを見ました。vol.3のMakuakeでは、プラットフォームの側の設計を見ました。今回はその続きです。Makuakeを「使う側」の日本メーカーが、どう戦っているのかという話です。
充電器やモバイルバッテリーの市場には、巨人がいます。Ankerです。2011年に設立され、世界一のモバイル充電ブランドに成長。日本法人のアンカー・ジャパンは2023年度に売上高494億円を記録し、日本市場でもモバイルバッテリー・ケーブル・スマホ充電器でトップシェア、国内累計販売数は3,000万個を超えます。*6
その市場に、2017年に大阪府守口市で設立された小さなメーカーが挑んでいます。株式会社CIO(シーアイオー)。「NovaPort」シリーズの充電器を中心に、今では家電量販店の売り場やSNSのガジェット界隈で、Ankerと並んで名前が挙がる存在になりました。*3 *4
規模で勝てない会社は、どこで勝つのか。この問いは、CIOだけのものではありません。自社の商品が業界の巨人と棚を並べている、という状況は、読者の皆さんの多くにとっても他人事ではないはずです。挑戦者の戦い方を解剖します。
- Makuakeを「常設の発射台」にする。0次流通が販売・調査・宣伝を兼ねる
- ユーザーの声を「名前のついた技術」に変える。改良を物語にする速度
- 規模で勝てないなら、速度と距離で勝つ
- よくある質問(FAQ)
Makuakeを「常設の発射台」にする。0次流通が販売・調査・宣伝を兼ねる
CIOの販売設計には、はっきりした型があります。新製品を出すとき、まずMakuakeでプロジェクトを立ち上げるのです。
この挑戦は2019年に始まり、以来ずっと続いています。*3 2024年には4ポート充電器「NovaPort QUADII」、2025年にはコードリール一体型充電器、2026年3月にも薄型充電器「NovaPort SLIM DUOII」と、新製品のたびにMakuakeでの先行販売からスタートする。*1 *2 一度きりの資金調達ではなく、恒常的な販売導線としてクラウドファンディングを組み込んでいるのです。
日経クロストレンドの取材によれば、CIOの戦略は「Makuakeで商品を先行販売し、口コミなどで商品の情報が拡散した後、大手ECサイトで一般販売を始める」という流れです。その実績は際立っていて、2023年11月時点で、実施した26プロジェクトのうち15件が応援購入金額1,000万円を超え、累計応援購入総額は4.5億円超。累計3.5万以上のプロジェクトが実施されてきたMakuakeの中でも異例の成績とされています。*4
この設計が挑戦者にとって何を意味するか、分解してみましょう。まず「販売」。早期割引で買うのは、発売前の製品にお金を出す熱量の高い人たちです。最初の顧客が最も熱心なファンになる。次に「調査」。発売前に需要の大きさが数字で見え、応援コメントには要望や不満がそのまま書き込まれます。そして「宣伝」。プロジェクトの盛り上がり自体がニュースになり、SNSでの口コミが一般販売前の認知を作ってくれる。
vol.3で見たとおり、Makuakeはこれを「0次流通」と呼びます。広告予算で認知を買えない挑戦者にとって、販売・調査・宣伝を一度に担ってくれるこの場は、単なる販売チャネルではなく、事業のインフラそのものになっているのです。

ユーザーの声を「名前のついた技術」に変える。改良を物語にする速度
CIOのもう一つの型は、ユーザーの声への応え方にあります。ただ直すのではなく、直したことに名前をつけるのです。
象徴的なのが「瞬断」への対応です。急速充電器には、充電中にデバイスを抜き差しすると他のポートの給電が一瞬途切れる「瞬断」という現象があり、ユーザーの不満の種でした。CIOは「瞬断改善のご要望のお声におこたえすべく」瞬断抑制機能を開発し、それを常時温度監視機能と統合して「NovaSafety2.0」という名前で打ち出しました。*2 発熱を抑える回路設計には「NovaEngine」、複数ポートの電力を自動で振り分ける機能には「NovaIntelligence」。改良のひとつひとつに名前がついています。*1 *2
製品自体も、声から生まれています。「USB-Aポートを無くしてもっとコンパクトな物を作ってほしい」という要望の増加を受けてUSB-Cのみの小型充電器に踏み切ったのが、主力のNovaPortシリーズの始まりでした。*3 プロジェクトページには「従来製品に寄せられた皆様のお声にお応えしつつ」という言葉が繰り返し登場します。*2
改良に名前をつけることの効果は、二つあります。ひとつは、地道な改善が「進化し続ける会社」という物語に変わること。名前のない改善は気づかれませんが、NovaSafetyが2.0になったという事実は、前に進んでいることを誰の目にも見える形にします。もうひとつは、ファンがSNSで語れる言葉になること。「なんか良くなったらしい」では拡散しませんが、固有名詞は語りやすく、検索もできます。
さらにCIOは、買い替えの入口まで設計しています。使い終わったモバイルバッテリーや充電器を専用封筒で送ると回収してくれるサービスで、他社製品まで対象です。回収するとAmazon公式店の割引クーポンか、Makuakeプロジェクト用のクーポンがもらえる。*5 充電器は壊れにくい耐久財で、放っておけば買い替えは起きません。古い製品の「出口」と新製品の「入口」をクーポンでつなぐことで、買い替えのサイクルそのものを作っているのです。回収先のクーポンがMakuakeの新プロジェクトで使えるという点で、この仕組みは先ほどの発射台にも接続しています。
Ankerと戦い方を比べると、違いが際立ちます。Ankerは世界規模の物量と全方位のラインナップ、豊富なレビューから学ぶ改良で市場の王者になりました。*6 CIOの中橋翔大社長は「マス向けではなく、欲しい人がわくわくする、"オンリーワン"のものを提供するのが強み」と語ります。*4 万人に届く力で戦うか、目の前の一人ひとりとの距離と速度で戦うか。同じ市場で、まったく別の設計が成立しているのです。
| 項目 | 業界の巨人の戦い方 | CIOの戦い方 |
|---|---|---|
| 認知の取り方 | 広告と物量で認知を取る | 先行販売とSNSの対話で熱量を作る |
| 製品戦略 | 全方位のラインナップ | 小型化に絞った一点突破 |
| 改良の見せ方 | 改良は静かに行う | 改良に名前をつけて物語にする |
| 販売後の関係 | 売って終わり | 回収とクーポンで買い替えを設計する |

規模で勝てないなら、速度と距離で勝つ
CIOの事例が新人マーケターに教えてくれるのは、「規模で勝てないなら、速度と距離で勝つ」という視点です。
広告予算、生産量、ラインナップの幅。規模の勝負では、挑戦者は巨人に絶対に勝てません。しかし、顧客一人の声に気づいてから製品に反映するまでの速度、そして顧客との対話の距離の近さでは、むしろ小さい会社のほうが有利です。CIOがやってきたのは、この二つの土俵に勝負を持ち込むことでした。声を拾い、素早く直し、直したことに名前をつけて、また声を聞く。この循環の速さこそが、巨人には真似しにくい挑戦者の武器です。
あなたの仕事にも、問いを向けてみてください。ひとつめは「顧客の不満を一つ拾って直し、その改善に名前をつけて発信できないか」。大きな新機能である必要はありません。瞬断のような、小さいけれど確かな不満ほど、直したときに深く感謝されます。そして名前をつけた瞬間、その改善は社内の努力から、顧客が語れる物語に変わります。
ふたつめは「自社の商品に、買い替えのきっかけを設計できないか」。良い商品ほど長持ちし、長持ちするほど次の購入は遠のきます。古いものの手放し方まで面倒を見ることは、顧客への親切であると同時に、次の売上への最短の道でもあります。
巨人のいる市場で戦うことは、絶望ではありません。巨人が構造的にできないこと、つまり一人ひとりの声に速く応えることに集中すれば、小さな会社にしか作れない熱量が生まれる。大阪の挑戦者が、それを証明し続けているのではないでしょうか。

【本記事のまとめ】
1. Makuakeを「常設の発射台」にする。0次流通が販売・調査・宣伝を兼ねる
CIOは2019年以来、新製品のたびにMakuakeで先行販売し、口コミで拡散した後に大手ECで一般販売する型を続けている。26プロジェクト中15件が応援購入1,000万円超、累計4.5億円超という異例の実績。早期割引で熱量の高い層が最初の顧客になり、需要が発売前に見え、応援コメントが次の改良材料になる。広告予算で認知を買えない挑戦者にとって、0次流通は販売・調査・宣伝を兼ねる事業インフラだ。
2. ユーザーの声を「名前のついた技術」に変える。改良を物語にする速度
瞬断への不満に応えた瞬断抑制機能を温度監視と統合し「NovaSafety2.0」として打ち出すなど、CIOは改良に名前をつけて技術ブランド化する。名前のない改善は気づかれないが、固有名詞は「進化し続ける会社」の物語になり、ファンがSNSで語れる言葉になる。他社製品まで対象の回収サービスとMakuakeで使えるクーポンで、壊れにくい耐久財に買い替えサイクルまで設計。物量で戦うAnkerに対し、速度と距離で戦う設計だ。
3. 規模で勝てないなら、速度と距離で勝つ
広告予算や生産量では巨人に勝てないが、声に気づいてから反映するまでの速度と、顧客との距離の近さでは小さい会社が有利だ。「顧客の不満を一つ拾って直し、その改善に名前をつけて発信できないか」「自社の商品に買い替えのきっかけを設計できないか」。この2つの問いから始めてみよう。
よくある質問(FAQ)
改善に「名前をつける」のは、大げさに見えませんか?
中身が伴っていれば、大げさにはなりません。重要なのは順序です。まず実際の不満を解消する改良があり、その改良を顧客に伝わる形にするために名前をつける。この順序なら、名前は誇張ではなく「説明の道具」として機能します。逆に、実体のない機能に立派な名前だけつけると、期待と現実の差が失望に変わり、かえって信頼を失います。また、名前は顧客の不満の言葉と対応しているほど効果的です。「瞬断」という不満に「瞬断抑制」で応えるように、顧客が使っている言葉をそのまま解決の名前に反映すると、「自分たちの声が届いた」という実感まで生まれます。
先行販売で失敗したら、ブランドに傷がつきませんか?
リスクはありますが、失敗の性質が違います。量産して店頭に並べてから売れないのは在庫と資金を失う失敗ですが、先行販売で支援が集まらないのは、量産前に「この仕様では需要がない」と分かる学びです。挑戦者にとって致命的なのは前者で、後者はむしろ次の企画の精度を上げる材料になります。またクラウドファンディングの支援者は「完成品を買う客」ではなく「挑戦を応援する人」なので、誠実な経過報告があれば多少の遅延や課題には寛容な傾向があります。ただし約束した品質を最終的に守れないことは信頼を直接損なうため、告知表現を盛りすぎないこと、無理のない開発計画を立てることが前提になります。
顧客の声を集めても、どれに応えるべきか判断できません。
すべてに応える必要はなく、自社の軸に沿った声だけを選ぶことが重要です。CIOの場合、軸は充電器の小型化と使い勝手であり、「USB-Aを無くしてもっと小さく」「瞬断を直して」という声はその軸の上にあったから採用されたと考えられます。判断の目安は3つ。第一に、同じ不満が独立した複数の顧客から繰り返し出ているか。第二に、その改善が自社の強みを深める方向か、それとも薄める方向か。第三に、直したことが顧客に体感として伝わるか。声の多数決ではなく、軸との一致で選ぶ。この基準を持っていれば、声に振り回されることなく、応えるたびにブランドが尖っていきます。
*1: 株式会社CIO公式ニュース|新製品|180°開閉プラグ採用の薄型充電器『NovaPort SLIM II DUO 45W/65W』プロジェクトが応援購入サービス『Makuake』にてスタート
*2: 株式会社CIO公式ニュース|最大67W対応4ポート搭載世界最小級充電器"NovaPort QUADII"が応援購入サービス『Makuake』にてプロジェクトスタート
*3: Makuake|充電器の新定番!スマホもPCもコレ1台で65W対応 "NovaPort"
*4: 日経クロストレンド|アンカーに挑む『謎の充電器メーカー』 マクアケ総売上4.5億円突破
*5: 株式会社CIO公式|回収サービス案内
*6: 東洋経済オンライン|モバイル充電の"王者"が日本でも成長する理由
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season9
現代のマーケティングの本質を事例で深掘りしていきます。
- 第1回:検索もレコメンドもない狭い売場のまま、カルディはなぜEC全盛の時代に増え続けるのか
- 第2回:「完売してから作る」を9年続けるキーボード会社。Keychronがクラウドファンディングをやめない理由
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- 特別編:ベビーフードブランド『the kindest』は、大手が撤退する市場でなぜ伸び続けているのか
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役。
1977年生まれ、福岡県出身。同志社大学文学部英文学科卒業。2010年に株式会社恵学社(現・株式会社イングリッシュカンパニー)を創業。2014年に学習メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ、編集長を通算10年以上務める。STUDY HACKERは最大で月間500万PV、STUDY HACKERのInstagramは月間700万PV、フォロワー28万人(2026年10月7日時点)。2026年に新恵社を設立し、自社のメディアで読者と直接つながる「広報のD2C」を掲げる。著書に『勉強の戦略』(朝日新聞出版)など。
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