【書評】『フジテレビはなぜ凋落したのか』

インターネットやスマートフォンの普及により、若い人を中心にテレビ離れが進んでいると言われている。そのような時代であるから、特に若い人あるいはメディアに関心の薄い人にとっては、『フジテレビはなぜ凋落したのか』というタイトルにピンと来ない人も多いのではないだろうか。

しかし、時代の変化がテレビ業界にどのような影響を及ぼしているのかを知ることは、テレビやメディアに携わる人以外にとっても非常に意義深い。なぜなら、テクノロジーが進展する中、従来のやり方に固執していてはいずれビジネスが困難になることを学ぶ良い題材であるからだ。技術が変われば消費者も変わる。だから、企業も、企業に勤めるビジネスパーソンも、思考を変えなくてはならない。

時代の変化に対応できているか? 消費者の変化や、この先に起きうる変化までを読むことができているか? それを問いかけるのに最適の1冊を紹介しよう。

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『フジテレビはなぜ凋落したのか』

吉野嘉高著

新潮社・2016年

 

 

かつてフジテレビは、お笑いブーム時に仕掛けた『オレたちひょうきん族』や、『ダウンタウンのごっつええ感じ』『めちゃ×2イケてるッ!』などのバラエティ番組、「月9」と称されもはやブランドとなったドラマなどを中心に、テレビ局の王座に君臨していた。しかし近年は、全体の視聴率も低下し、トップの座を他局に明け渡している。また、やらせなどの不祥事やライブドアによる敵対的買収騒動も、当時世間で大いに話題となった。

テレビ局にとって競合他社といえば他のテレビ局であるが、昨今ではインターネット業界も脅威だ。視聴者の「可処分時間を取り合う」という面で、業界を超えた激しい競争が起こっている。

著者の吉野氏は、1986年にフジテレビに入社し、情報番組やニュース番組のディレクターやプロデューサー、社会部記者などを務めたのち、2009年に退職した。フジテレビがテレビ業界のトップに君臨してから落ち目になった過程について、社内で当事者として経験したことを元に本書を執筆している。

本書の背景にある放送局のビジネス

本書の内容を理解するためには、放送局のビジネスがどう成り立っているのかを知る必要がある。

冒頭にも触れたように、巷では若者のテレビ離れが叫ばれている。しかし、インターネットのキュレーションサイトではテレビでの芸能人の言動が取り上げられるし、影響力のあるテレビ番組も確実に存在する。テレビの力は大きいということだ。

一般的に民放の放送局は、営業がスポンサーを獲得し、それで得たお金を使って番組制作を行う。スポンサーを獲得するには、その時間帯においてどれほどの人が見ているかが勝負になる。その客観的な指標が、日本では主にビデオリサーチ社が計測している視聴率だ。なぜテレビ局は、視聴率をあげようと躍起になるのか。その理由がここにある。今では録画視聴が一般的になったことで、CMを飛ばして見ることも当たり前となっているという事情もあるが、テレビ局としては視聴率の低下は避けたいところなのだ。

そこで、放送局の編成部員が考えるべきこととしては2つある。

まずは視聴率を稼ぐこと。これは営業の手助けともなるうえ、自分たちが制作した番組を多くの人が見てくれているというプライドにも繋がる。もうひとつは面白い価値観を創造すること。人気が出た深夜番組がゴールデンタイムに昇格することがあるが、これは新しい価値観が広く認められていく過程を表しているのだ。

このように、高視聴率維持とスポンサー獲得がうまくかみ合うことで、民放の主たる収入源である放送収入が成り立っている。ただ近年、特にリーマンショック以降は、企業の広告費が大幅に減少しているため、各局ともに不動産やイベントによる収入、またDVDなどの2次利用による収入のウェイトが増加しているのが現状である。

フジテレビが直面した数々の問題

1994年にフジテレビは、それまで1982年から死守してきた視聴率三冠王の座を日本テレビに奪われることになる。視聴率三冠王とは、全日(6時~24時)、ゴールデン(19時~22時)、プライム(19時~23時)の3つの時間帯で平均視聴率が1位となること。本書ではいかにしてフジテレビが視聴率三冠王の牙城を築いたか、そしてどのように転落してきたかという具体的事例を踏まえ、「会社という組織の老化」、いわゆる「大企業病」について論じている。

「楽しくなければテレビじゃない」という方針の下、エッジの効いた企画でトップの座に長く君臨していたフジテレビと、「視聴率至上主義」を掲げた番組編成でじわじわと追い詰めトップを奪取した日本テレビという二項対立は、企業の戦略として興味深い。これはまさに、制作者が作りたいものを作るか、市場に即した製品を作るかといった判断基準でもあり、いわゆる一般の製造業でも見られる競争である。

またフジテレビは、1997年にお台場へ社屋を移転した。東京近郊に住んでいない方でも「フジテレビはお台場にある」というのはご存知ではないだろうか。しかし、その特徴的な新しい社屋と引き換えに、それまでにあった大部屋を失った。これにより、制作者と営業、あるいは外部との接点が無くなったことが大きな問題とされている。

上に述べたように、景気低迷による広告収入の減少は、制作のコストカットにつながった。また、新たな収入源とするためのイベント開催やDVD化を見越した番組制作を強いられざるを得なくなったことも、番組クオリティが揺らいだ一因なのだそうだ。

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時代背景の変化に対応する重要性

現代はネット社会だ。あらゆる物事がインターネットによって、そのパワーが良くも悪くも増幅される可能性がある。例えば、放送倫理の問題。テレビで放送された内容がTwitterなどで取り上げられることで拡散され、NAVERまとめなどのサイトでストックされていく。本来は一過性のメディアのはずの放送媒体の内容が、永久に残ってしまうのだ。特に不祥事の場合、そのダメージは何倍にも増す。本書ではその例として、『発掘!あるある大事典』で発覚した「やらせ」などの放送倫理の問題や、「韓流ゴリ押し」疑惑(韓流ドラマを多く放送したこと)問題を挙げている。

また、視聴者の変化も大きなファクターであると指摘している。各番組は、それぞれターゲットとなる視聴者を定めている。ただそれは年齢性別だけではもはや不十分・不適切となってきており、過去の成功体験をそのまま当てはめるということも意味を成さない。

視聴者を吟味して作られるはずの番組編成は、失敗すれば、テレビ局としてのスタンスが批判される材料にすらなってしまう。

例えば、大晦日は各局とも特番編成をする中、2014年のフジテレビは映画『ONE PIECE』を再放送するという、圧倒的な成功事例を再利用した。また2015年正月には、バブル時代によく見られたようなビッグスター勢ぞろいのハワイ特番を放送した。しかしこれは、現代の視聴者からすると時代錯誤と捉えられても仕方がない。長年不況と言われている時代背景、その影響を受けつつ育っている視聴者の変化をうまく捉えることができなくなっているのは、まさに典型的な大企業病である。

どんな企業にも起こる問題

フジテレビは、過去の成功体験に縛られながら今も進むべき道を探っている。今後のメディア業界の発展に尽くすべきメディア関係者にとっては必携の1冊だろう。私自身、ラジオ局という同じメディア企業で勤務していた経験があるので、視聴率競争や番組編成、また企業文化や哲学といった行動指針などについて、共感できる部分、学ぶべき部分が多かった。

しかし、メディア企業だけでなく他の業種にも通じる点は多い。営業部門と製造部門の関係性、競合企業に打ち勝つための企業ストーリー、さらには時代の風潮にどのように適応していくべきなのか。多くのビジネスパーソンにとって、考えさせられることが非常に多い1冊だ。

本書では、一企業が直面する問題を、世代の違いはあれど馴染みのある具体的なテレビ番組名により、イメージしやすい形で垣間見ることができる。日本企業に起こる諸問題のケーススタディとして、メディア企業に関心の高い人だけでなくビジネスパーソン全般にお薦めしたい。そして就職を考えている学生にとっても、ビジネスの隆盛と停滞、持つべき視点について学ぶ上で最高の教科書となるに違いない。

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