自分を変えるため、あるいは進化するため、「ああしたい」「こうしたい」と具体的な行動が頭に浮かんでいるのに、なかなかその1歩を踏み出せない。そんな自分にうんざりする……。
もしも、そんな考えにとらわれたまま過ごしているならば、それはあまりにも“もったいない”ことです。ほんのわずかな1歩でも、のちに大きな結果をもたらす可能性がゼロではないからです。しかもそれは、あなたにとって驚くほど容易かもしれません。
しかし、そのわずかな1歩さえも踏み出さなければ、「バタフライ効果」の種は生まれないのです。
バタフライ効果について
バタフライ効果は、予測できない複雑な現象=「カオス理論」の、初期値鋭敏性を表現したものです。初期値鋭敏性とは、極めて小さな違いが、将来に起こる想像もつかないほど大きな出来事に起因すること。
京都産業大学の細野雄三教授は、ニュートンの運動方程式以来、はじまりと法則さえ得られれば、あらゆる状態が予測できるという考え方が支配していたなか、その考えを真っ向から否定したカオス理論が20世紀に登場したとき、科学の世界は大きなショックを与えられたといいます。
バタフライ効果という呼び名は、「蝶の小さなはばたきが、遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という気象学者のエドワード・ローレンツ氏による問いかけに由来します。
計算機上で数値予報プログラムを実行していたローレンツ氏が、四捨五入されてしまった値をそのまま入力して再計算を開始したところ、1回目とはまったく異なる天気のパターンになったそう。その結果を目の当たりにしたローレンツ氏は、「はじめの観測誤差がある限り、正確な長期予測は困難になる」といった着想を持つようになったそうです。
ネガティブな視点のバタフライ効果
「正確な長期予測が困難である」ことを示すバタフライ効果という言葉は、経済の世界ではしばしばネガティブな表現をする際に使われます。経営学者の嶋田毅氏は著書の中で、バタフライ効果という言葉を用い、「最近は世の中が複雑になっており、小さな原因で大きな結果が起こってしまうので、注意が必要である」と述べています。
小さな個々の行動が大きな出来事に起因していたという、こんな話もあります。大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河は、世界の物流の発展に大きく寄与してきたといわれています。その運河を危機に陥らせたのが、農民たちによる焼き畑農業だったのだとか。
パナマ運河は、湖と海面の数十メートルという標高差を、水のエレベーター(あるいは階段)と呼ばれる仕組みで補っています。しかし、土地を焼き払って地力を回復させる焼き畑農業は、山を覆う熱帯雨林を破壊するため、山の保水力を奪ってしまうそう。そうしたことから、水のエレベーターが必要とする大量の水が、焼き畑農業により確保しにくくなってしまったというわけです。
ささやかな生活を送る農民は、まさか自分たちの農業がパナマ運河を危機に陥らせてしまうとは、思ってもみなかったでしょう。この件は始点が明らかですが、どこで始まったか分からないような思いがけないバタフライ効果が、あらゆる場所に及んでいる可能性があります。
しかし、バタフライ効果は、こうしたネガティブな方面ばかりに及ぶわけではありません。
ポジティブな視点のバタフライ効果
筑波大学准教授の中山雅雄氏は著書の中で、新たな監督を迎えたひとつのサッカーチームについてバタフライ効果を用いて説明しています。
中山氏には、その新監督がチーム全体のスタイルを直接変えるのではなく、プレイ時の距離感やポジションの取り方への意識、あるいはサッカーに関するあらゆる考え方を伝えていくなど、小さな変更を繰り返し行っているように見えるそう。そして将来、「監督自身も予測できないほどの大きな変化が、チーム全体に表れるかもしれない」と推測しています。
小さなことの集積が、のちに想像できないほど喜ばしい結果を生んでくれるバタフライ効果というわけです。
喜ばしいバタフライ効果は、日常生活のささいなことからも起こり得ます。たとえば玄関で靴を脱いだら揃えて置きなさいと、常日ごろから注意されていた少年が、ある日ふと、靴を揃えるようになった場合。それを見た母親が気分をよくして、仕事から疲れて帰ってきた夫に優しくするかもしれません。
すると夫は、仕事へのモチベーションが高まり→仕事を頑張った結果昇給→それにより家族で出かけた海外旅行で、少年はカタコト英語が通じたことに感動→将来は海外で仕事をしようと考え、それが実現した場合……。
少年から大人になったその男性は、たとえばマンハッタンの夜景を眺めながら、まさかいまの自分が、「靴を揃えた自分」からつながっているとは思わないでしょう。そうしたことが起こる可能性も、ゼロではないということです。
最初の1歩はカタチになっていなくていい
ときに人は、他者に説明しやすく、分かりやすい行動を選びがちです。「古本屋からたった200円で買った実用書をもとにピラティスを始めた」というより、「有名なピラティスの講師に学んでいる」と話した方が、分かりやすいし聞こえがいいからです。もちろん、後者は大きな効果を生むことでしょう。
しかし、ピラティスを始めたいけれど、時間やお金がないからといって結局何もしないのであれば、自己流でも古本屋から買った本を参考に始めたほうが、いいに決まっています。そして、初期値鋭敏性を考えれば、その差が将来的に及ぼす影響は、まったく予測することができないのです。
必ずしも大きな出来事が、大きな結果を生むわけではなく、小さな出来事が、小さな結果を生むわけではないということ。たまたま貨物船に迷い込んだ蜂や蝶が、どこかの国の植物を増やす可能性だってあるのですから。
読書を始めたければ、毎日1ページでも1行だけでも読む。英語を身につけたければ、英語関係のサイトをなんとなく眺めるようにする、あるいは海外ドラマを観る。記憶力を高めたければ、忘れた言葉をすぐネット検索するのをやめるなど、工夫次第でいくらでも行動を起こすことができます。ほんの小さな1歩でも、そこに生じたわずかな差が、いつか思いもよらない出来事になって、あなたをまだ見ぬ世界に導いてくれるかもしれません。
*** まずは、ささいな1歩から始めてみませんか?
(参考) グロービス著, 嶋田毅著(2016),『ビジネスで騙されないための論理思考』,PHP研究所. 中山雅雄著(2016),『サッカーで、子どもの「考える力」と「たくましい心」を育てる方法 -最新の心理学で分かる! 』,マイナビ出版. JICA - 国際協力機構|特別レポート 池上 彰さん パナマの農業を救えば、パナマ運河も救われるわけ 京都産業大学|決定されているのに予測できない未来—世界観を覆した数学理論— Wikipedia|バタフライ効果