人間には、自分の経験を増やし、他者を理解するため、無意識のうちに人と同じような行動をとってしまうメカニズムがあります。また、他者の次の動きを予測したり、心の状態を推測したりする機能も持ち合わせています。これらはすべて、私たちの行動に大きな影響を及ぼしているのです。
そしてさらに最近の研究では、他者の行動を予測して誤差が生じた場合、それを正そうと自分の行動を変化させる働きがあると確認されました。仕事で人と会う機会が多い方は、知っておいて損はないはず。さっそく説明しましょう。
人は無意識のうちに他者の影響を受ける
運動伝染
運動競技のチーム内で誰かひとりの調子が悪いと、どんどん他のメンバーにもその状態が伝染してしまうことがあります。逆に、入れ替わったメンバーの調子がいいと、チーム全体の調子もよくなっていくことがあります。このように成功や失敗が伝染していく現象を、「運動伝染」といいます。これは人が他者の動作を観察し、無意識的に模倣してしまうことが原因です。
情動伝染
イライラしている人のそばにいると、なんとなく自分もイライラしてしまうことがありますよね。また、緊張でピリピリしている職場に入ると、自分もその状態になってしまうことがあります。このように、無意識のうちに他者と同じ情動状態になってしまうことを「情動伝染」といいます。他者の感情状態を【共有・同期】する「情動的共感」に含まれる現象です。
ミラーニューロン
「ミラーニューロン」は、無意識のうちに相手の動作を真似て、同じ行動をすることにより相手の心を理解する働きを持つ、脳の神経細胞のこと。他者の感情状態を【理解】する機能「認知的共感」には、このミラーニューロン・システムが関与している報告があるそう。上の2つに比べると、意識的・意図的な過程の関与が大きいと考えられます。
こうして人は祖先から、他者と同じ動きをすることで他者を知り、共存を実現して、愛情など社会的本能を備え、人としての道徳心を持つようになりました。
人は他者の行動や心の状態を予測・推測している
また、私たちは常に、次の動きを予測しながら他者を見ているのだそう。他者の心の状態や、目的、意図、信念、志向、疑念などを推測する、「心の理論」と呼ばれる機能もあります。それにともない行動を的確に起こす人を、「気が利く」と表現しますよね。
しかし、この予測や推測が、いつもピッタリ当たるとは限りません。その場合、私たちはどのような行動をとるのでしょう。その答えが、ある研究で明らかになりました。
人の脳は予測誤差を正そうとする
NICT脳情報通信融合研究センター(CiNet)、鹿屋体育大学、フランス国立科学研究センターは共同で、他者が予測と異なる行動を起こし、予測誤差が生じた場合、自分自身の動作を無意識のうちに修正していることを明らかにしたそうです。
被験者を2グループに分け、Aグループに「ピッチャーは中心をねらっている」と伝え、Bグループには「ピッチャーは様々な場所をねらっている」と伝え、両グループに「右上方向ばかりに投げるピッチャーの映像」を見てもらったそう。
真ん中を狙うと予測していたAグループにとって「ピッチャーが右上方向にばかり投げていた」ということは、予測に誤差が生まれたということになります。しかし、様々な場所をねらっていると予測していたBグループにとっては、右上方向にばかり投げているピッチャーの行動は想定内。そして、そのあと、両グループの被験者自身に、中心をねらってボールを投げてもらったのです。
すると、想定内だったBグループは、通常どおり「運動伝染」の影響を受け、映像のピッチャーと同じくボールの当たる位置が右上へとずれていったそうです。ところが、予測誤差が生じたAグループのほうは、逆の左下方向にずれていったのだとか。
つまり、予測誤差が生じたAグループの被験者の脳が、他者であるピッチャーが修正すべき誤差を、まるで自分の動作の誤差のように処理してしているという可能性が示唆されたのです。ビジネスシーンに置き換えると、どう影響してくるでしょう。
営業先が予想に反した行動を起こしたら?
もしも好感触だった営業先の態度が一変して強硬になった場合、無意識のうちに予測誤差を正そうと、自分自身はより好意的な態度になっていくかもしれません。相手の態度を、なんとか軟化させようとする働きかけの、いい追い風になってくれるはずです。
しかし逆に、強硬な姿勢を見せていた先方が突如好意的になったら、予測誤差を正そうとする働きは困ったほうに傾いてしまいます。「今回もきっと、自分に対し強硬な態度を見せるはず」という予測どおりに正そうとする脳の働きと、相手の気持ちを読み取ろうとするミラーニューロンの働きで、頭が混乱するなんてことも……。
反目し合っていた相手が急に協力的になったとき、すぐ自分も同じように態度を変えられないことがありますよね。単に素直になれないだけではなく、無意識のうちに予測誤差を正そうとしているのかもしれません。
自己に注意を向けておけば感染を防げる
そこで、日本体育学会第65回大会(2014年8月)に発表された体育心理学の研究が、いいヒントになります。この研究の実験では、参加者のハンマー投げ選手6名が、他者による投擲競技の映像を見てから、自身も投擲試技を行ったとのこと。ただし映像を観る際、「自己に注意を向ける(自己焦点)」と「映像の人物に注意を向ける(他者焦点)」という条件を設定したそう。
その結果、自己に注意を向けることで、運動伝染を抑制する効果が生じると示されたそうです。
このヒントをもとに考えられる、営業活動の際の伝染を防ぐための対策は、ズバリ自己焦点を心がけるということです。営業に出向く際、優れたビジネスパーソンはあらゆることを想定し、物理的かつ心理的準備を整えていくでしょう。しかし、現場でその予測や推測に左右されてしまっては厄介です。
意識的にミラーニューロンを利用して相手の気持ちを察しながら、「何が目的で、そのために自分は何をしに来たか」と心の中で問いかけ、自己焦点になるよう働きかけてみてください。
*** 協力し合う場面では大いに伝染を歓迎し、共感力をフルに発揮してくださいね。
(参考) NICT-情報通信研究機構|「他者をどうみるか」が鍵! Wikipedia|心の理論 NIKKEI STYLE|脳の中にある「物まね神経」のすごい働き 大平英樹 名古屋大学(2015),「共感を創発する原理」,エモーション・スタディーズ Vol. 1, No. 1, pp. 56‐62. 竹内竜也・中本浩揮・幾留沙智・森司朗(2014),「 投擲競技における運動伝染の原因と対処法に関して」(03 体育心理学,一般研究発表抄録),日本体育学会第65回大会. 長谷川寿一(2017),「共感を科学する:その進化・神経基盤」,平成29年度 軽井沢土曜懇話会.