みなさんは、以前世間を席巻した“ホリエモン”こと堀江貴文氏を覚えているだろうか。ライブドアを経営し、証券取引法違反で逮捕された彼が刑務所から出て今、何を思うのか。赤裸々に語った1冊『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』を今回は紹介しようと思う。

「ホリエモンとか興味ないよ」と思われる方もいるかもしれないが、本書には堀江氏の人生だけでなく、仕事に対する考え方が書かれている。今少しでも自分の働き方に苦しさを感じていたり、疑問を持たれる方は一読をお勧めする。

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ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく

堀江貴文著

ダイヤモンド社・2013年

(以下引用は本書より)

堀江氏の生き方

刑務所まで面会に来てくださったかたに「何か差し入れしてほしいものはある?」と聞かれ、思わず「仕事!」と即答して呆れられたほどである。

こんな文章がこの本の第0章に載っている。刑務所に入ってまで仕事をしたい、とどこの誰が思うだろうか。堀江氏自身、中学生のころにしていた新聞配達のアルバイトは「達成感らしい達成感もなく、何も学べなかった」と語っている。

そんな彼の人生の転機になったのは、中学生の時通っていた英語スクールでパソコンの教材システムを委託されたことだった。本来ならば業者に委託するような大がかりな作業だったが「できます!」と即答した彼の感想が述べられている。

およそ1か月、試行錯誤を繰り返しつつも無我夢中でプログラミングしていった。…(中略)…作業が無事終了し、受け取った報酬はおよそ10万円。中学生にとってはかなりの大金だが、金額のことはどうでもよかった。
僕にとって何より大きかったのは、自分の能力を生かし、自分が大好きなプログラミングを通じて誰かを助け、しかも報酬を得ることができた、という事実だ。…(中略)…この仕事をやり遂げた時の達成感、誇らしさ、そして報酬を受け取ったときの感慨は、とても勉強や新聞配達では味わえない種類のものだった。生まれてはじめて、「堀江貴文」という存在を認めてもらえた気がした。

つまり彼は、中学2年生のこのときに、仕事を通じて自己実現できることに気付いたのだ。

だがパソコンも一度ブームが過ぎ、マニアックな人々の愛好品になってしまうと、彼も一旦その大好きなパソコンから離れることとなる。そして享楽的に遊びまわるも、一念発起して東京大学に入ると、彼は友人に誘われて行った“ヒッチハイク”から、ある重要なことを学ぶ。

好きな時に、好きな場所に、1円も使わず出かけられるフリーパスチケット。財布がからでも勇気ひとつでどこにでも行ける圧倒的な自由。この快感は、普通の旅では得られないものがある。
結局ヒッチハイクによる小さな成功体験を積み重ねることで、僕はコンプレックスだらけの自分に自信を持てるようになっていった。
もう見知らぬ人に声をかけるのも怖くない。交渉だって、うまくできる。自分の殻を打ち破ったという、確かな手ごたえがあった。僕が起業後にも臆することなく営業をかけていくことができたのは、このヒッチハイクの経験があったからこそなのだ。

彼は、自信とは過ごした時間ではなく踏み出した一歩の数によって形成されるとも語っている。ヒッチハイクでもなんでもいい。その小さな成功の積み重ねが、あの彼の大きな成功につながったのであろう。

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そんな彼も証券取引法違反で逮捕されてしまい、時代の寵児だった彼にひっそり期待していた人々も「なんだ、結局お金がほしかったのか」と失望したことだろう。だが、彼は驚くべきことを語っている。

今も昔も僕はお金がほしくて働いているわけではない。自分個人の金銭的な欲望を満たすために働いているわけではない。そんな程度のモチベーションだったらここまで忙しく働けないだろう。…(中略)…あなたは今、働くことを「なにかを我慢すること」だと思っていないだろうか?そして給料のことを「我慢と引き換えに受け取る対価」だと思っていないだろうか?もしそうだとしたら、人生はねずみ色だ。我慢に我慢を重ね、耐え忍んだ対価としてお金を受け取っているのだから、仕事を嫌いになり、お金を色眼鏡で見てしまうのも当然だろう。人生の中で、仕事はもっとも多くの時間を投じるものの一つだ。そこを我慢の時間にしてしまうのは、どう考えても間違っている。

そう、冒頭でも述べられていたように、彼は自分自身の仕事を楽しんでいるのであって、対価のために働くことを否定している。さらに彼は新しい可能性や未知へのチャレンジをあきらめることを「オヤジ化」と定義し、こうも述べている。

どこかで思考することをやめ、前に進むことをやめ、前例や常識ばかりを振りかざす、心の「オヤジ」になっていないだろうか?「できる理由」を考えず、「できない理由」ばかり口にしていないだろうか?これからの自分がどんな働き方を選ぶのか、もう一度真剣に考えてほしい。それは自分の生き方を選ぶことに直結する。人はメシを食うために働くのではない。働くことは生きること。僕らは、自分の生を充実させるために働くのだ。

彼にとって仕事とは、中学2年生のあの日から「自分の生を充実させること」であり「自己実現」なのだ。

もしかしたら今の仕事は面白くないが、生活のため、お金のために仕方なくやっているのかもしれない。だが、時間というのは有限だ。時間というのは、生きている命そのもののことである。であれば、その限られた時間の中で自分がしたくないことをやる気もないままだらだら続けることが、果たして人生にとって本当にいいことであろうか。

人生には「いま」しか存在しない。例えば50年後のことを想像してみても、決して確かなことは1つもない。どんな政党が前に立っているかもわからなければ、そもそも自分が生きているかすら怪しい。そうしたときに、将来の安泰ばかり考えて今を我慢して生きるのは、非常にもったいないことではないだろうか。

彼の「働くことは生きること。僕らは、自分の生を充実させるために働くのだ」ということばを胸でかみしめた時、自分の立つべき場所が今ここなのか、もう一度考え直さねばならないかもしれない。

***
堀江氏を「金の亡者」と一度でも思ったことがある人にこそ、是非本書を読んで、彼の人生観、仕事観に触れてほしい。

様々な人生訓を含んだこの本。仕事をしている人はもちろん、学生からお母さんまで、すべての方に今を見つめなおすきっかけをくれるだろう。

(参考)
堀江貴文著(2013),『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』,ダイヤモンド社.