
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6
Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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1971年9月18日。日清食品は「カップヌードル」を発売しました。
価格は1個100円。当時の袋麺が25円前後で売られていた時代に、その4倍の価格設定でした。*1
しかもそれだけではありません。「立ったまま食べるのは良風美俗に反する」という批判が飛び出し、問屋は取り扱いを渋り、店頭になかなか並ばなかった。*1 発売当初は、まったく売れなかったのです。
それがいまや、世界100カ国で累計500億食以上を売り上げる国民食になっています。*2
何が変わったのか。いや、正確には——何を変えたのか。今回は、カップヌードルが日本の「食べる作法」そのものを書き換えた戦略を解剖します。
アメリカ人の「行儀の悪さ」に、未来が見えた
話は1966年に遡ります。
創業者・安藤百福は、チキンラーメンを世界に広めようと欧米視察に出かけました。アメリカのスーパーで試食をすすめたとき、現地のバイヤーが取った行動が、カップヌードル誕生の起点になります。
バイヤーはチキンラーメンを砕いて紙コップに入れ、お湯を注ぎ、フォークで食べ始めた。
日本人の感覚では「行儀の悪い食べ方」に見えるかもしれません。しかし安藤はその光景に可能性を見ました。「アメリカには箸も丼もない。インスタントラーメンを世界食にするためのカギは、食習慣の違いにある」——そう気づいたのです。*1
ここが重要なポイントです。多くのメーカーなら「どうすれば日本式の食べ方を海外に普及させるか」を考えます。安藤は逆の発想をしました。「現地の食べ方に、麺のほうを合わせればいい」。
カップが容器であり、調理器であり、食器でもある——この三役一体の発想が生まれた瞬間でした。

「立って食べる若者」を、銀座でわざと見せた
発売5年後の1971年11月21日、銀座の歩行者天国で大規模な試食販売が行われました。4時間で2万食を完売。*1
しかしこの試食販売が狙っていたのは、単なる販売数ではありませんでした。
当時の銀座は、日本で最も「最先端」な場所でした。しかも同じ1971年、銀座にはマクドナルド日本1号店がオープンしています。ハンバーガーを立ったまま食べる——それ自体が「アメリカ的なクール」として若者に受け入れられていた時代です。*1
その場所で、最先端のファッションに身を包んだ若者たちがカップヌードルを立ったまま食べる光景を、意図的に作り出した。
「立って食べるのは行儀が悪い」という常識を、「立って食べるのがクール」に塗り替えた瞬間です。
新しい食べ方を「普及させる」のではなく、「憧れの風景」として見せることで、人々が自発的に真似したくなる状況を作った。マーケターが学ぶべきは、この「行為のリフレーミング」です。スペックや価格を訴えるのではなく、「その商品を使っている人が、どう見えるか」をデザインした。

あさま山荘事件が証明した、「信頼の蓄積」の力
1972年2月19日。連合赤軍が長野県のあさま山荘に立てこもる事件が発生しました。
現場はマイナス15度の極寒。配給された弁当は凍ってしまう過酷な環境のなか、3,000人の警察官に配られたのがカップヌードルでした。お湯さえあればすぐに食べられる——この特性が、最前線で闘う機動隊員の食料として機能したのです。*2
事件の中継はテレビで生放送され、2月28日には最高視聴率89.7%を記録しました。*3 湯気を立てながらカップヌードルを食べる機動隊員の姿が、何度も大写しにされた。
これはまったくの偶然でした。日清食品は「この事件を利用しよう」と考えたわけではありません。*2
しかし、なぜカップヌードルが機動隊に採用されていたのか。それは発売当初から、夜勤のある警察署・消防署・病院といった「特殊ルート」への売り込みを地道に続けていたからです。店頭で売れないなかで、「本当に必要とされる現場」に届け続けた。その積み重ねが、あの瞬間につながりました。
直後から各地で販売希望が殺到し、生産が追いつかないほどの売れ行きになりました。*2
「信頼は、必要とされる場所に届け続けることで生まれる」——カップヌードルが証明したのは、そういうことではないでしょうか。
顧客の「いまの習慣」に合わせるだけでなく、ときに「新しい動き」を提案する。その行為が「文化」になったとき、競合は二度と追いつけなくなります。銀座の歩行者天国で生まれた「立って食べる風景」は、半世紀を経たいまも、コンビニの前やオフィスの休憩室で生き続けています。

【本記事のまとめ】
1. 「現地の食べ方に麺を合わせる」という発想の逆転
日本式を海外に普及させるのではなく、現地バイヤーがフォークで食べた光景から「カップ+フォーク」の発想を得た。自分たちの常識を疑い、顧客の行動に合わせてプロダクトを再設計することが、世界食への道を開いた。
2. 「立って食べる」を「クールな行為」に変えたリフレーミング
銀座歩行者天国で最先端の若者たちがカップヌードルを立ち食いする光景を意図的に演出。「行儀の悪さ」を「ファッション」に変えた。スペックでなく「その商品を使っている人がどう見えるか」をデザインすることが、文化を作る。
3. 地道な「特殊ルート」開拓が、偶然を必然に変えた
店頭で売れないなか、警察署・消防署・病院など夜勤のある現場に届け続けた。その積み重ねがあさま山荘事件での「偶然の露出」につながり、一夜にして国民食へと跳躍した。信頼は必要とされる場所に届け続けることで生まれる。
よくある質問(FAQ)
カップヌードルはなぜ発売当初まったく売れなかったのですか?
主にふたつの理由があります。ひとつは価格——袋麺25円前後の時代に1個100円という設定は、問屋が「高すぎる」と取り扱いを渋る原因になりました。もうひとつは食べ方——「立ったまま食べる」スタイルが「良風美俗に反する」という批判を受け、店頭に並べてもらえませんでした。前例のないプロダクトは、既存の流通チャネルにも既存の価値観にも合わず、新しい販路と新しい文化の両方を同時に作る必要があったのです。
「行為のリフレーミング」は、どのように自社の製品に応用できますか?
「この製品を使っている人がどんな人に見えるか」を先に設計することです。カップヌードルは「立って食べる」という行為を、銀座の最先端の若者と結びつけた。それだけで「行儀が悪い」から「クール」に変わりました。自社の製品について「使っている場面で、ユーザーがどう見えるか」「どんな空気感のなかに置かれるか」を問うことが起点です。スペックや価格の前に、その「使用シーン」のイメージを設計することが、カテゴリーを作る第一歩になります。
あさま山荘事件での露出は、日清食品が仕掛けたものですか?
偶然の出来事です。日清食品の広報担当者も「まったくの偶然でした」と語っています。ただし、その「偶然」が起きる条件を作ったのは意図的な努力でした。店頭での販売が難しいなか、警察署・消防署・病院など夜勤のある現場への売り込みを地道に続けていたからこそ、事件当日に機動隊員に配給されていた。偶然の機会をつかむのは、常に「必要とされる現場に届けること」を続けていた蓄積があったからです。
*1|Wonderful Story「日清食品カップヌードル」。「発売当時100円、袋麺は25円前後」「1966年の欧米視察でバイヤーがフォークで食べる光景」「銀座歩行者天国で4時間2万食完売」「立ったまま食べるのは良風美俗に反するという意見」
*2|週刊女性PRIME「あさま山荘事件を機にヒット」。「現場はマイナス15度、弁当が凍る」「警視庁機動隊全部隊にカップヌードルを供給」「まったくの偶然だった」「生産が追いつかないほど売れた」「累計500億食超・世界100カ国」
*3|Wikipedia「あさま山荘事件」。「2月28日の最高視聴率89.7%」「NHK報道特別番組の平均50.8%は報道特別番組の視聴率日本記録」
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6
「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。
- 第1回:なぜイソップの茶色いボトルは、すてきな空間に行くたびに現れるのか
- 第2回:なぜティファールは、電気ポットメーカーが気づかなかった「前提」を崩せたのか
- 第3回:なぜPlayStationは絶対王者任天堂と肩を並べるブランドになれたのか
- 第4回:なぜキーエンスは、顧客に「何が欲しいか」を聞かないのか
- 第5回:なぜガリガリ君の「お詫びCM」は、怒りではなく応援を生んだのか
- 第6回:なぜカップヌードルは、あさま山荘事件という「偶然」を必然に変えられたのか(本記事)
- 第7回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
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岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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