なぜダイソーでは予定にないものまでカゴに入れてしまうのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season4 vol.20】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season4【最終回】

Season3までは、事例を中心にマーケティングの原則を学んできました。
Season4では、Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【全20回まとめ】

電池をひとつ買うだけのつもりでした。

ところがダイソーの店内を歩き始めた途端、「あ、このケーブルクリップ便利そう」「この調味料ボトル、キッチンに合うかも」「このマスキングテープ、100円なら試してもいいか」——気がつけば、カゴには10点以上の商品が入っていました。

レジで合計を聞いて「あれ、こんなに?」と思う。でも、不思議と後悔はしない。なぜなら、ひとつひとつは「100円」だから。

この体験、あなたにも心当たりがあるのではないでしょうか。

大創産業(ダイソー)の売上高は連結7,242億円(2025年2月期)。14年連続で過去最高を更新し続けています。*1 世界26の国と地域に5,670店舗。近年は300円〜1,000円帯の「Standard Products」(182店舗)や「THREEPPY」(589店舗)も加わりましたが、屋台骨はあくまで100円均一のDAISOブランド(4,899店舗)です。

約53,000アイテム、毎月約1,200の新商品。しかし、この巨大企業の成長エンジンが「安さ」だけだと考えるなら、本質を見誤ります。ダイソーが本当に提供しているのは、「考えなくていい」という快適さなのです。

「いくらだろう?」——脳にとっての重労働

ふだんの買い物で、私たちの脳は想像以上に忙しく働いています。

スーパーで醤油を買うとき。「このブランドは398円か。隣は298円だけど容量が小さい。100mlあたりだと……」。無意識のうちに、価格と品質の比較演算、他店との相場感の照合、コストパフォーマンスの判定——こうした複雑な「計算」が頭のなかで走っています。

認知心理学では、この種の情報処理にかかる脳の負荷を「認知的負荷(Cognitive Load)」と呼びます。そして重要なのは、この負荷には上限があるということです。*2

脳の前頭前皮質は意思決定の中枢ですが、使える「エネルギー」は有限です。選択を重ねるたびに消耗し、やがて判断の質が低下する——いわゆる「決定疲れ(Decision Fatigue)」。*3 スーパーの醤油売り場で「もういいや、いつものでいいか」と投げやりに選んだ経験は、まさにこの疲労の表れです。

ダイソーの「100円均一」は、この脳の重労働をまるごと肩代わりします。

100円均一が脳の比較計算を省略する仕組み

「ワンプライス」が起こす、3つの心理変化

「全部100円」。たったひとことの価格表示が、顧客の脳内で何を引き起こしているのかを分解してみましょう。

① 認知的経済性——「考えるコスト」がゼロになる

人間の脳は、思考のエネルギーをできる限り節約しようとする性質を持っています。心理学ではこれを「認知的経済性(Cognitive Economy)」と呼びます。

ダイソーの店内では、「いくらか?」を確認する作業が消滅します。値札を見比べる必要がない。電卓を叩く必要もない。すると、脳のリソースは「この商品は自分の生活にどう役立つか(ベネフィット)」の想像に100%振り向けられるのです。

通常の買い物とダイソーでの脳の使い方の違いを比べると、こうなります。

  通常の買い物 ダイソーでの買い物
価格の確認 商品ごとに値札を見る 不要(全部100円)
他店との比較 「もっと安い店があるかも」 不要(100円より安い店を探す意味がない)
品質と価格の天秤 「この値段に見合うか?」 不要(100円なら十分)
合計金額の暗算 常に頭のなかで足し算 「個数×100円」で一瞬で完了
脳の意識の向き先 価格の妥当性(コスト) 使い道の想像(ベネフィット)

最後の行が決定的です。脳が「コスト判定」から解放されると、「これを使って何ができるか」という前向きな想像が自動的に始まる。これが、予定になかったものまでカゴに入れてしまう根本的なメカニズムです。

② アンカリング効果——「100円基準」が生む、勝手な得した感

心理学でいう「アンカリング効果」とは、最初に提示された数字が「錨(アンカー)」となり、その後の判断に強い影響を及ぼす現象です。*4

ダイソーの店内では、「100円」が脳に強固なアンカーとして刻み込まれます。すると、Standard Productsの300円の商品を見たとき、脳は無意識にこう比較するのです——「ほかの雑貨屋なら1,000円はしそうだな」。実際の相場を調べていなくても、100円という基準点があるだけで、300円が「ありえないほどお得」に感じられる。

大創産業が近年、300円〜1,000円帯のブランドを展開しても「お値打ち感」が揺るがない理由は、まさにここにあります。何十年もかけて顧客の脳に打ち込まれた「100円」というアンカーが、上位価格帯の商品すら「お得」に見せる装置として機能しているのです。

③ 損失回避の低下——「失敗してもいいか」が購入を後押しする

行動経済学者ダニエル・カーネマンは、人間は同じ金額でも「得する喜び」より「損する痛み」のほうを約2倍強く感じることを示しました。*4 これが「損失回避(Loss Aversion)」です。

通常の買い物では、「買って失敗したらどうしよう」という恐怖が常にブレーキとして機能します。しかし100円なら? 「失敗しても100円」——この心理的な安全ネットが、損失回避のブレーキをほぼ完全に解除します。

結果として起きるのが、「試し買い」の爆発的な増加です。使ったことのない掃除グッズ、見慣れない調味料ボトル、趣味かどうかもわからないデコレーション。普段なら手を出さない商品に、100円という価格が「まあ、やってみよう」と背中を押すのです。

「顧客の脳を楽にする」——Season 4を貫くたった一つの原則

さて、Season 4の最終回です。少しだけ、この連載を振り返らせてください。

vol.1のマクドナルドでは、「セット価格」が比較検討の手間を消していました。vol.7のチョコザップでは、「着替え不要」が心理的ハードルを消していました。vol.15のチープカシオでは、「機能の引き算」が選ぶ迷いを消していました。前回vol.19の一蘭では、「味集中カウンター」が感覚のノイズを消していました。

そして今回のダイソーは、「ワンプライス」が価格比較という脳の計算そのものを消しています。

20回にわたってさまざまな事例を取り上げてきましたが、そこに通底する原則はじつにシンプルです——

「顧客の脳に、余計な仕事をさせるな。」

顧客は「考えたい」のではなく「感じたい」「楽しみたい」のです。その体験を邪魔するあらゆる「摩擦(フリクション)」を取り除くこと。それが、このSeason 4を通じてお伝えしたかったマーケティングの最も根源的な武器です。

あなたがいま、担当しているサービスの価格体系や購入フローを、もう一度見直してみてください。複雑な見積もり、読み解くのに時間がかかる料金表、比較しづらいプランの名前——それらはすべて、顧客の脳に「計算」という重労働を強いているかもしれません。

ダイソーのように「ひとことで言える価格」を作れないか。サブスクリプションの定額制のように「考えなくていい仕組み」を設計できないか。まずはその問いから始めてみてはいかがでしょうか。

 

顧客が「直感的にYes」と言える環境を作れ。脳を「計算」から解放した瞬間、購買の扉は開く。

 

【本記事のまとめ】

1. ダイソーの「100円均一」は、脳の「価格比較」を丸ごとスキップさせる
値段を確認・比較する認知的負荷がゼロになることで、顧客の意識は「使い道の想像(ベネフィット)」に100%集中する。これが「予定にないものまで買う」メカニズムの正体。

2. 3つの心理効果が、購買の加速装置になっている
認知的経済性(考えるコストの排除)、アンカリング効果(100円基準で上位商品も「お得」に見える)、損失回避の低下(失敗しても100円という安全ネット)が同時に発動する。

3. Season 4を貫く原則は「顧客の脳に余計な仕事をさせるな」
マクドナルドのセット、チョコザップの着替え不要、チープカシオの機能の引き算、一蘭の味集中カウンター。すべてに共通するのは「摩擦の除去」。これが最強のマーケティング武器。

4. 複雑な料金体系は、それだけで顧客を離脱させる
「ひとことで言える価格」「考えなくていい仕組み」を設計できないか——まずはその問いから始めよう。

よくある質問(FAQ)

ダイソーの商品は本当にすべて100円なのですか?

現在は100円以外の商品も増えています。200円・300円・500円・1,000円など多価格帯の商品があり、Standard Products(300円〜)やTHREEPPY(300円中心)といった別ブランドも展開中です。ただし、DAISOブランドの中核は依然として100円(税込110円)商品であり、約76,000アイテム中の大部分を占めます。長年蓄積された「100円」のアンカーが強固であるため、300円商品でも「他店より圧倒的に安い」と感じるブランド認知が維持されています。

「ワンプライス戦略」は100円ショップ以外でも応用できますか?

考え方の本質は「価格比較という認知的負荷の除去」ですので、幅広い業種に応用可能です。たとえば、Netflixのようなサブスクリプション(月額定額で見放題)、コンサルティングの「月額顧問料」、飲食店の「コース料理一律○○円」などは同じ原理で機能しています。「いくらかかるかわからない」不安を消すだけで、顧客の購入決定までの心理的距離は大幅に縮まります。

100円均一は利益が出にくいのでは?

ダイソーが利益を確保できている理由は、圧倒的な「規模の経済」にあります。世界26の国と地域に5,670店舗を展開するスケールで大量仕入れ・大量生産を実現し、約90%が自社開発商品です。また、認知的負荷がゼロの店内では顧客の「買い上げ点数」が自然と増えるため、1点あたりの利益が薄くても客単価で補う構造になっています。さらに、300円〜1,000円帯のStandard ProductsやTHREEPPYで利益率の高い商品を補完するポートフォリオ戦略も功を奏しています。

(参考)

*1 大創産業プレスリリース(2025年6月17日)。売上高:単体6,765億円、連結7,242億円(2024年3月〜2025年2月末)。14年連続で過去最高を更新。店舗数:世界26の国と地域に5,670店舗(国内4,625店・海外1,045店)。DAISOブランド4,899店舗、Standard Products 182店舗、THREEPPY 589店舗。社是:「世界中の人々の生活をワンプライスで豊かに変える~感動価格、感動品質~」。取扱商品数:約53,000アイテム、うち約90%が自社開発商品。毎月約1,200アイテムの新商品を開発。中長期目標:売上高1兆円・1万店舗。
*2 Sweller, J. (1988). "Cognitive load during problem solving: Effects on learning." Cognitive Science, 12(2), 257-285. 認知的負荷理論(Cognitive Load Theory)の基礎論文。人間の作業記憶(ワーキングメモリ)には容量の上限があり、外的な情報処理負荷が高まると学習や意思決定の質が低下する。また、Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux. ではシステム1(直感的・自動的処理)とシステム2(分析的・意識的処理)の二重過程理論が体系化されている。
*3 Baumeister, R. F. et al. (1998). "Ego depletion: Is the active self a limited resource?" Journal of Personality and Social Psychology, 74(5), 1252-1265. 自我消耗(ego depletion)の基礎研究。意思決定を繰り返すと自己制御リソースが枯渇し、後続の判断の質が低下する。Vohs, K. D. et al. (2008) は消費者の購買意思決定においても決定疲れが観察されることを示した。また裁判官の仮釈放決定に関するDanziger, Levav & Avnaim-Pesso (2011) の研究では、決定疲れにより判断が保守的(現状維持)に偏ることが報告されている。
*4 Tversky, A. & Kahneman, D. (1974). "Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases." Science, 185(4157), 1124-1131. アンカリング効果を含むヒューリスティクスとバイアスの基礎論文。および Kahneman, D. & Tversky, A. (1979). "Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk." Econometrica, 47(2), 263-292. 損失回避(loss aversion)の概念を示したプロスペクト理論の原典。同額の利益と損失では、損失の心理的インパクトが約2〜2.5倍大きい。

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season4【全20回】

Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル

Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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