分割睡眠とは、7時間~8時間のまとまった睡眠時間を、昼寝や仮眠によって複数の眠りに分けること。夜勤しなければならない人や、総睡眠時間を削りたいほど忙しい人が取り入れています。
睡眠時のレム睡眠やノンレム睡眠を考慮すれば分割睡眠も有効だという考えがあるようですが、本当でしょうか? 睡眠不足に陥る危険はないのでしょうか?
今回は、分割睡眠の妥当性を検証したいと思います。
分割睡眠とは
睡眠専門医として知られる坪田聡氏によると、分割睡眠とは「2回に分けて眠る」こと。反対に、多くの人が行なっている、一日1回まとめて眠る眠り方は、「単相性睡眠」というのだそうです。
一般社団法人・日本睡眠学会の理事を務めた井上昌次郎氏などによると、人間を含む哺乳類の睡眠サイクルは、一日に何回も眠る「多相性睡眠」が基本なのだそう。猫や犬は気ままに寝たり起きたりを繰り返していますが、人間も本来は、動物と同じような睡眠サイクルだったようですね。しかし、文明化を通じて「昼に労働して夜に寝る」習慣が一般化したため、夜間に7~8時間のまとまった睡眠をとるのが当たり前になったのです。
井上氏によると、人間の睡眠は、本来的に「多様性に富むもの」なのだそう。自分なりの「快眠法」を開発する余地があるとのことです。睡眠には多様性があるという井上氏の見解を踏まえると、分割睡眠は必ずしも特殊な睡眠法ではなく、数ある睡眠スタイルのひとつなのだと考えられますね。
分割睡眠のメリット
疲労感を軽減できる
分割睡眠には、どのようなメリットがあるのでしょう? ひとつは、夜勤による疲労感を軽減できることです。
夜勤をすると、本来眠るべき時間帯に眠れないため、強い疲労や眠気を感じがち。ですが、公益社団法人・日本看護協会によると、夜勤中の仮眠には、以下の効果があるそうです。
- 夜勤中・夜勤後の疲労感が軽減する。
- 夜勤後の日中睡眠時間が短くなる。
日本看護協会によると、22時~翌6時のあいだに2時間眠るのが、理想的な仮眠です。夜勤中の深夜~明け方に少し眠り、疲労回復のため日中に再び眠るというこのようなスタイルは、分割睡眠だといえるでしょう。
睡眠時間を短くできる?
総睡眠時間を短くする目的で、分割睡眠を行なう人もいます。たとえば、7時間のまとまった睡眠と、3時間×2回の睡眠に同等の疲労回復効果があるのなら、後者のほうが効率的な睡眠ではないか、というような考えです。
しかし、分割睡眠によって総睡眠時間を短くできることは、科学的に証明されていない様子。カリフォルニア大学ロサンゼルス校睡眠障害センターの所長、アロン・アビダン博士は、多相性睡眠のメリットを示す臨床研究はほとんどないと指摘しています。一日の睡眠時間が7時間未満だと、記憶障害や糖尿病などのリスクが高まるそうです。
どうやら、一日にまとまった睡眠時間を確保できている人が、あえて分割睡眠に移行するほどのメリットは、現時点では確認できていないようですね。
分割睡眠のデメリット・弊害
分割睡眠の効果については、科学的な検証が乏しく、賛否が分かれています。夜勤や徹夜仕事など、眠いのを我慢しなければならない場合にはやむをえませんが、総睡眠時間を削減する目的での分割睡眠には、一考の余地がありそうです。
誤った睡眠法によるリスクを回避するため、分割睡眠のデメリットについて考察しましょう。
死亡率が高まる
前出のアビダン博士は、多相性睡眠に関し、以下のような見解を述べています。
Sleep is not like a bank account. You can’t sleep for one hour, then two hours, and combine it with another four hours and say it’s seven hours
(訳:睡眠とは、銀行口座のようなものではない。1時間眠り、その後2時間眠り、さらに4時間眠ったとしても、7時間睡眠だとはいえない)
(引用元:TIME|People Are Sleeping in 20-Minute Bursts To Boost Productivity. But Is It Safe?)
分割睡眠によって合計7時間眠ったとしても、まとめて7時間眠るほどの疲労回復効果はないため、分割睡眠は睡眠不足を招くという考えです。
睡眠不足は、どのような危険をもたらすのでしょう? 北海道大学院・公衆衛生学教室の玉腰暁子教授らは、2004年、「睡眠時間と死亡率の関係」の調査結果を発表しました。最も死亡率が低いのは、平日の平均睡眠時間が7時間(6.5~7.4時間)の人だったそう。5時間睡眠だと、死亡率はその約1.2倍、4時間未満だと約1.6倍でした。
分割睡眠によって睡眠不足が慢性化すると、健康を損ない、寿命にまで影響が出てしまうかもしれないのです。
脳のパフォーマンスが低下する
睡眠不足は、脳のパフォーマンスにも弊害をもたらします。
睡眠とパフォーマンスの関係を研究するハンス・ファン・ドンゲン教授(ワシントン州立大学)らが2003年に発表した実験では、被験者たちの睡眠時間をグループごとに「0時間(断眠)」「4時間」「6時間」「8時間」と設定し、脳の反応速度を測定しました。2週間後、6時間睡眠グループの成績は、丸2日徹夜をさせられたグループと同程度まで下がっていたそうです。
「7時間」という理想的な睡眠時間に、たった1時間満たないだけでも、脳の働きは低下していくわけですね。仕事や勉強に支障をきたしてしまうことでしょう。
分割睡眠は、このように大きなデメリットを抱えている可能性があるのです。
分割睡眠の方法
分割睡眠とは、具体的にどのように行なわれるものなのでしょうか。4種類の方法を紹介します。
シエスタ・スリープ
夜の長い睡眠と1回の昼寝で構成されるのが「シエスタ・スリープ(SIesta Sleep)」です。シエスタはスペイン語で「昼寝」の意。
スペインでは、昼食後に20分程度の昼寝をすることが伝統的な慣習です。近年は、特に大都市だとシエスタの習慣が薄れているそうですが、地方ではまだ一般的な様子。
シエスタは、午後の眠気を取り除くための合理的な手段であり、昼休みの時間を利用すれば私たち日本人にも実現可能な分割睡眠だといえます。
オーストラリアのフリンダース大学心理学部は、昼寝の効果について実験を行ないました。たった10分間の昼寝をしただけで、認知能力や疲労度合いなどが改善され、その効果は155分間も持続したそうです。
しかし、20分以上昼寝をすると、目が覚めてから認知能力が機能しはじめるまでの時間が長くなってしまったのだそう。フリンダース大学の実験結果を参考にするなら、昼寝の時間は10分前後がベストのようですね。
生産性の向上を目的とした昼寝は「パワーナップ(power nap)」と呼ばれ、意識の高い層から注目されています。GoogleやAppleなどをはじめ、オフィスに仮眠スペースを導入する企業も増えているほどです。分割睡眠の手法として、シエスタ・スリープは非常に合理的だといえるでしょう。
エヴリマン・スリープ
インターネット上には、多相性睡眠のやり方について議論したり、さまざまな多相性睡眠を実践したりするグループがあります。そのひとつが「多相性協会(Polyphasic Society)」です。
多相性協会のWebサイトでは、「エヴリマン・スリープ(Everyman Sleep)」という睡眠法が紹介されています。3時間半のまとまった睡眠+20分の仮眠3回という構成なので、夜は短めに眠り、こまめな仮眠をとって眠気を取り除くというイメージです。
多相性協会によると、エヴリマン・スリープは、分割睡眠による総睡眠時間短縮法として、最も成功したものだそう。総睡眠時間は4時間半なので、一般的な7時間睡眠と比べ、2時間半を削減できることになりますね。
ウーバーマン・スリープ
多相性協会によると、多相性睡眠として最も有名なのが「ウーバーマン・スリープ(Uberman Sleep)」だそう。まとまった睡眠をとらず、一日6回、20分の仮眠をとるというスタイルです。
ウーバーマンとは「超人」の意。その名のとおり、人間離れした睡眠スタイルであり、実際のところ、ほかの人に手助けしてもらわないかぎり実行不可能だそうです。たしかに、合計で一日2時間しか眠れないのであれば、疲労が蓄積し、とても自分一人では起きられませんよね。よほど仕事の締切が迫っているなどの事情があれば別かもしれませんが、実行は控えたほうがよいでしょう。
ダイマキシオン・スリープ
最後に紹介するのは、思想家のバックミンスター・フラー(1895~1983)が考案した「ダイマキシオン・スリープ(Dymaxion Sleep)」。まとまった睡眠をとらず、一日に4回、30分の仮眠をとるというスタイルで、多相性協会によって「最も恐ろしい」睡眠法だとして取り上げられています。
フラーは非常に知的好奇心が旺盛で、多くの時間を学習に割きたかったため、一日の総睡眠時間をわずか2時間に抑えられるダイマキシオン・スリープに挑戦したのだそう。このような分割睡眠スタイルで問題ない人もまれにいるのかもしれませんが、多くの人に勧められるものでないことは間違いありません。
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分割睡眠スタイルのなかには、気軽に始められそうなものも、とうてい不可能なものもあるのですね。自分の体質に合わない睡眠スタイルを無理に取り入れると、眠気や疲労がずっと続いたり、心身に異常をきたしたりといった懸念があります。じゅうぶんにご注意ください。
ここで紹介した分割睡眠法は、仕事などでどうしても睡眠時間を削らなければならない緊急時、一時的にのみ利用するものだと捉えていただければと思います。
(参考)
National Center for Biotechnology Information|The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation.
National Center for Biotechnology Information|A brief afternoon nap following nocturnal sleep restriction: which nap duration is most recuperative?
TIME|People Are Sleeping in 20-Minute Bursts To Boost Productivity. But Is It Safe?
日本睡眠学会|9. ヒトの睡眠の特殊性と多様性
公益社団法人日本看護協会|夜勤中の仮眠を取りましょう
日経ビジネス電子版|睡眠6時間以下の人は死亡率が2.4倍に
北海道大学大学院 医学研究院・医学院 社会医学分野 公衆衛生学教室|睡眠時間と死亡との関係
withnews|スペイン人が本気ですすめるシエスタ 何分が正解? どこで寝る?
コトバンク|シエスタ
フィリップス|パワーナップ(積極的仮眠)で人生のパフォーマンスが上がる
All About|まとめて眠らなくても大丈夫!? 分割睡眠のススメ
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。