好きなこと信仰がキャリアを壊す日——「やりたい」より「できる」を見ろ

「情熱が人を惑わすときは、望むことだけでなく、できることをやりましょう。何ができるでしょうか?」と訴えかけた文字

朝、出勤前にふとスマートフォンを開けば、「大変だけど、好きなことを仕事にしているから毎日が楽しいです」と笑顔で語る投稿が目に飛び込んでくる。

そのなかで、今日も通勤電車に揺られながら「私のやりたいことって、いったいなんだろう?」とため息をつく自分がいる。

「好きなことを仕事にしよう」
「情熱があれば成功する」

この言葉を見聞きするたびに、心がモヤッとする……。

――その気持ち、痛いほどよくわかります。

ですが、実際には、そこまでキラキラした現実だけではないかもしれません。「やりたいこと」を探し続けるうちに、何が正解なのかわからなくなり、キャリアの軸が見えなくなってしまうのです。

本記事では、「好きなこと」に翻弄される背景を丁寧にほどきながら、「やりたいこと」よりも「できること」に着目するという、もうひとつの道を提示します。

もしいま、「やりたいことが見つからない自分は、間違っているのでは」と感じているなら――この先に、少し肩の力が抜ける視点が見つかるかもしれません。

「好きなこと」信仰を見直すべき理由

SNSや自己啓発書などで、「やりたいことを見つける」「好きを仕事に」「情熱があれば成功する」といった言葉が強調されている一方で、「やりたいこと」を追い求めるあまり、キャリアの迷路に迷い込んでしまう人がいます。

ひとつ例を挙げましょう。

Aさんは、さまざまな職を転々としていました。たとえば最初はIT企業、次にカフェ経営、そのあとはアパレル業界、そのあとは介護関係、ほか多数といった具合です。それを経て最後に「これだ!」と思う仕事に出会えたなら大団円ですが、

そうではなく――

友人たちが安定した道を歩む横で、自分のこんな状態に気がついたとき、Aさんは愕然としてしまったのです。

  • スキルはバラバラ
  • キャリアに一貫性がない
  • 結局どこにもたどり着けていない

もちろん、「好きなことに打ち込む生き方」は素晴らしいものです。それを実現できている人々が、尊敬に値することは言うまでもありません。

問題は、「好き」という感情を唯一の羅針盤にしてしまうと、自分の成長や可能性に背を向ける結果になりかねない点です。

つまり、「好き」は自分を高めるエネルギーであると同時に、自分を追い込む要因にもなりうるのです。

遠くを見つめる女性

「やりたいことを探せ」が、あなたを迷わせる

それに、「やりたいことが見つからない――だから私はダメなんだ」と自分を責めてしまう人も意外と多いのではないでしょうか。そうした背景には、以下の要素があります。

  • Bさんは好きなことを仕事にしているからキラキラしている
  • 人は、好きなことを仕事にしているBさんを素晴らしいという
  • 「あなたもBさんを見習って、もっとやりたいことをやってみたら?」と言われた

そうは言っても――

「やりたいこと」はコンビニみたいに探し歩けば見つかるものではありません。現実的にはまずやってみないと、本当に自分が好きかどうかはわからないのではないでしょうか。

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一氏は、一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏との対談で、次のように語っています。*1

でも僕はね、自分の好き嫌い、「やりたいこと」や「やりたくないこと」を恐らく35~40歳ぐらいまではまったく意識せずに……、というか意識できずに、目の前の「やらなきゃいけないこと」に没頭していたんですよね。

 ただ、色々とやっているうちに、好きなことと同時にやりたくないことも見えてきて――。正直、好き嫌いっていうのがなんとなくわかってきたのが40歳ぐらいなんですよ(笑)

その言葉に対し、楠木氏はこう言いました。*1

そうですよね。ようするに「事後性」が強いんですね。誰でもそうだと思うんですけど。結局、冒頭の「好きなことをしなさい」「じゃあ、好きなことって何でしょう?」みたいなのは、非常に事後性が強い問題なわけですよね

つまり、「好きだから続ける」のではなく、「続けたから好きになる」。これが、実際にプロフェッショナルたちが歩んできたリアルな道なのです。

さまざまなプロフェッショナルの姿

成長は「できること」にこそ宿る

これまでの内容をふまえると、本当の成長は「自分ができること」「成果を出せること」に注力した先にあります。

得意な分野や、少しでも人より早く結果が出せる領域に集中することで、周囲からの信頼も得られ、自己効力感も高まります。そして、「できること」を重ねていくうちに、あとから「好き」に育っていくことも多いのです。

フランスの文豪ロマン・ロランは、自身の長編小説のなかで、「英雄は自分にできることをする人のこと。英雄でない人々は、自分にできることをしない人」と表現しました。*2

また、ニューヨークタイムズのNo.1ベストセラー『ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣』(パンローリング 株式会社,2019)の著者ジェームズ・クリアー氏は、次のように語っています(※訳は筆者が施した)。*3

Your identity emerges out of your habits. You are not born with preset beliefs. Every belief, including those about yourself, is learned and conditioned through experience.

(あなたのアイデンティティは習慣から生まれます。私たちは生まれながらに決められた信念を持っているわけではありません。自分自身についての信念も含め、あらゆる信念は経験を通して学び、条件付けられます)

つまり、私たちの「できること」は、実績や習慣という日々の積み重ねによってかたちづくられ、その延長線上で「自分はこういう人間だ」というアイデンティティが育まれていくのです。

そしてそのアイデンティティこそが、新たな挑戦や継続のエネルギーとなり、結果的に「やりたいこと」や「好きなこと」すら引き寄せていくのではないでしょうか。

ですから、第1歩として、まずは以下に集中してみることを提案します。

小さくても「できること」を掘り起こしてみる
意外なところで成果を出した経験を振り返ってみる

「やりたい」から探すのではなく、「できる」から始める――そんな逆転のアプローチが、キャリアを前に進める確かな一歩になるかもしれません。

***
「やりたいことを仕事に」という言葉は、たしかに人を勇気づける力をもっています。けれど、それが自分自身を縛るものになってしまったら、一度手放して、こう思ってみてください。

「好きなこと」は、探し続けてようやく見つかる宝物ではない。
「できること」に打ち込んだ先で、ゆっくり育っていくもの。

あなたの足元には、すでに積み上げてきた経験や、小さな成果があるはずです。それらを手がかりにして、自分自身の強みや信頼を育てながら、キャリアを再構築していく。その先にこそ、「本当に好き」と胸を張れる未来が待っているでしょう。

(参考)

*1: THE21オンライン|結局、天職や好きなことは「やってみないとわからない」
*2: レファレンス協同データベース|ロマンロランの名言
*3: James Clear|How to Change Your Beliefs and Stick to Your Goals for Good

【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部

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