
「で、きみはこの先どうしたい?」と聞かれて、言葉に詰まる。いつもの業務のことなら、聞かれた瞬間に答えられるのに。
「即答できる人は頭の回転が速くて、できない自分は遅い」。そう考えて落ち込んだ経験に、心当たりがあるかもしれません。
でも、認知心理学の枠組みで見ると、「即答できない」には、じつは2種類あります。そして、どちらに当てはまるかで、やるべきことはまったく違います。即答できるとき・できないときに頭のなかで起きていることを、順に見ていきましょう。
即答できるとき、頭のなかで何が起きているか
まず、ふたつの計算をしてみてください。「2+2は?」。答えが勝手に浮かんだはずです。では「17×24は?」。今度は手が止まり、「よし、計算するぞ」という構えが必要だったはずです。
認知心理学者のダニエル・カーネマン氏は著書のなかで、いま体感してもらった対照的なふたつの働きに名前をつけています。直感的で高速な「速い思考(システム1)」と、意識的で論理的な「遅い思考(システム2)」です。*1
システム1は、努力ゼロの自動運転です。本人が意図しなくても常に動いていて、経験の蓄積からパターンを見つけ、考えるより先に答えを差し出します。相手の表情から機嫌を読み取る、母語を聞き取る、通い慣れた道を運転する。これらはすべてシステム1の仕事です。
一方のシステム2は、起動に意志の力が要る手動運転です。集中を要求し、17×24のような問題に取り組んでいるあいだは、瞳孔が開くほどの負荷がかかることも知られています。*1
そして重要なのが、ふたつの関係です。カーネマン氏によれば、普段の主役はシステム1のほうで、システム2はかなりの怠け者。多くの場面で、システム2はシステム1が出した答えをそのまま追認して済ませています。*1
ふたつの思考モード
システム1(速い思考)
直感的・自動的で、努力ゼロ。経験の蓄積から、考えるより先に答えを差し出す。例)2+2、表情を読む、母語を聞き取る
システム2(遅い思考)
意識的・論理的で、起動に意志の力が要る。じっくり検証する。例)17×24、初めての問題、条件の比較検討
即答できるとき、動いているのはシステム1です。そしてこの直感は、あてずっぽうではありません。カーネマン氏は、直感研究の第一人者ゲイリー・クライン氏との共同論文のなかで、熟練者の直感が信頼できる条件を、規則性のある環境で訓練とフィードバックを積んでいること、と整理しています。*2

ベテランの消防士が現場で一瞬のうちに退避を判断できるのも、あなたが慣れた業務に即答できるのも、同じ仕組みです。つまり、速い答えは、頭の回転の速さではなく、蓄積の産物です。
だから、即答して、やってみて、それで正解だったなら。それはあなたの経験と学習が生きている証拠です。結果が答え合わせになり、次の直感はさらに磨かれていきます。
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即答できないときは、2つに分かれる
問題は、答えがすぐに出ないときです。ここで「自分は頭の回転が遅い」とひとくくりにしてしまうと、打ち手を誤ります。即答できない理由は2つあり、どちらなのかを見分けることが先です。
「答えがすぐ出ない」の見分け方
即答できる
システム1が作動中。やってみて、結果で答え合わせをする。
即答できない(蓄積が足りない)
先輩なら即答できる問い。インプットと経験を積めば速くなる。
即答できない(未知の問い)
誰にも蓄積がない問い。焦らず、システム2で腰を据える。
理由1 単純に、蓄積が足りない
ひとつめは、知識や経験がまだ足りていない場合です。自分の専門の定型的な問い、先輩なら即答できる問いに詰まるなら、こちらです。
これは、頑張るしかありません。直感は、訓練とフィードバックの積み重ねからしか育たないからです。ただ、裏を返せば、積んだぶんだけ速くなる領域だということです。
理由2 即答できる経験を、積みようがない
やっかいなのは、もうひとつの場合です。「3年後、どうなりたいか」「このAIは、自分の仕事をどう変えるか」。こうした問いには、繰り返し答えて上達した人がどこにもいません。即答を支える蓄積が、そもそも存在しえない未知の問いです。
そして、ここに罠があります。未知の問いを前にしても、システム1は黙ってくれません。「即答しなきゃ」と焦った瞬間、どこかで聞いたもっともらしい借り物の答えが差し出されます。すらすら答えられてしまうことこそが、危険信号なのです。
システム1が、もっともらしい誤答を平気で差し出すことは、有名な問題で体感できます。
バットとボールは、合わせて110円。バットはボールより100円高い。では、ボールはいくら?

直感は「10円」と即答します。でも、それだとバットは110円で、合計は120円になってしまいます。正解は5円です。多くの人が10円と答えてしまうのは、システム1が差し出したもっともらしい答えを、怠け者のシステム2がそのまま追認するからです。*1
未知の問いへの「借り物の答え」も、これと同じ構図で素通りしていきます。
しかも、たちの悪いことに、借り物の答えには自信がついてきます。心理学では、知識や経験が浅い人ほど自分の理解を過大に見積もりやすいことが知られています。「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれる傾向です(心理学者のジャスティン・クルーガー氏とデイヴィッド・ダニング氏による)。*3
浅く知っているだけの分野ほど、自信だけは大きくなる。未知の問いへの即答が堂々として聞こえるのは、正しいからではなく、浅いからかもしれません。
未知の問いは、腰を据えてシステム2で
では、未知の問いにはどう向き合うか。もうひとつの思考、システム2の出番です。
システム2は、立ち止まってじっくり検証する働きです。起動には意志の力が要り、答えが出るまで時間もかかります。正直、めんどうです。
でも、思い出してください。その問いは、システム1では解けないと分かった問いです。速く答える道が最初から存在しない以上、時間がかかるのは欠陥ではなく、システム2が動いている正しい作動音です。
「少し考えさせてください」と言って、腰を据えて考える。紙に書き出す、一晩置く、人と話して前提を確かめる。どれもシステム2の仕事です。遅さに焦る必要はありません。あなたはいま、その問いに正しい道具で向き合っています。

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即答できたなら、やってみて答え合わせをする。詰まったなら、蓄積不足か、未知の問いかを見分ける。蓄積不足なら積む。未知の問いなら、借り物の答えを疑って、腰を据える。
「頭の回転」という一本の物差しを手放すと、やるべきことはここまで具体的になります。次に言葉に詰まったときは、落ち込む前に、まず見分けてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. 即答できないのは、頭の回転が遅いからですか?
Q. 蓄積不足か未知の問いか、どう見分ければいいですか?
Q. 未知の問いを考え続けるのがつらいときは、どうすればいいですか?
*1: 早川書房|ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(上)
*2: Semantic Scholar|Conditions for Intuitive Expertise: A Failure to Disagree
*3: PubMed|Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments
藤真唯
大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。