
「信用構築」という言葉があります。日々の行動や言動、あるいは社会的な実績を通して、信頼を重ねていく。その積み重ねの結果、相手が心を開いたり、なにかを任せてくれたりする。そんなイメージの言葉です。
でも実は、研究の世界には、信頼はむしろ「積み上がるものではない」という考え方があります。人はデフォルト状態で、他者を警戒している。そして「信頼している」とは、その警戒のレベルが下がっている状態のことだ、という考え方です。
この視点に立つと、あなたの人間関係のとらえ方も、すこし変わるかもしれません。
- 積み上げているのに、通らない。なにが「足りない」のか?
- 人はデフォルトで他人を警戒している。「認識的警戒」という考え方
- 相手はなにを警戒しているのか? 場面別「警戒解除」の会話術
- よくある質問(FAQ)
積み上げているのに、通らない。なにが「足りない」のか?
場面は会議です。あなたはいま、練り上げてきた提案を説明し終えたところ。正論で、データも揃っていて、筋も通っている。準備だって重ねてきた。それなのに、なぜか通らない。なにかが「足りない」のだろうかと、さらに資料を厚くする。
一方で、すんなり通る人がいます。データに大きな差があるわけでも、論拠に優劣があるわけでもない。それなのに、あの人が言うと通る。この差はどこから来るのでしょうか。
結論から言えば、足すべきものは、なにもありません。むしろ、余計なものがある。その余計なものこそが相手の「警戒」で、それを「引く」ことを意識すべきなのです。

人はデフォルトで他人を警戒している。「認識的警戒」という考え方
なぜ、警戒が「余計なもの」としてそこにあるのか。心理学には、それを説明する概念があります。
認識的警戒(Epistemic Vigilance)とは
誤った情報やだましを避けるため、他者からの情報を無条件には信じず、疑ってかかる。人の脳に最初から備わっている、そんな警戒のしくみのことです。*1
つまり、聞き手の初期状態は「信頼ゼロ」ではなく「警戒オン」。あなたの提案は、中身を検討される前に、まずこの警戒のフィルターを通されています。
では、「信頼されている」とはどんな状態なのか。この研究の枠組みでは、警戒がゆるみ、相手の言葉を素直に受け止められるようになった状態を指します。ロンドン大学(UCL)教授のピーター・フォナジー氏らの研究では、警戒を解く鍵は「自分が理解されている」という感覚だとされています。*2
信頼とは、積み上げた結果ではなく、警戒が解除された状態。だとすれば、やるべきことは変わります。実績や根拠を積み足すことではなく、いま作動している警戒を解除してもらうこと。「積み上げる」という考えを、一度置いてみましょう。具体的に見ていきます。
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相手はなにを警戒しているのか? 場面別「警戒解除」の会話術
警戒の中身は、場面によって違います。相手が無意識に抱いている「この人は敵かもしれない」を見きわめ、「味方である」と伝わるシグナルを先に打つ。3つのビジネス場面で、Before/Afterとともに見ていきましょう。
会議での提案
会議で提案を受ける側が警戒しているのは、「この人は、自分のやり方や領分を否定しに来たのではないか」という点です。実際、人は自分の自由な判断を脅かされたと感じると、無意識のうちに反発したくなるのだそうです。心理学者のジャック・ブレーム氏が提唱した「心理的リアクタンス」と呼ばれる反応です。*3
だからこそ、正しさを説明する前に、相手の協力への感謝を挟み、課題を「全員共通のもの」として扱う。それが「あなたを否定しに来たのではない」という解除シグナルになります。
Before
「今のExcel管理は転記ミスが多く非効率です。新システムを導入すべきです」
▼
After
「いつも忙しいなか、データ入力にご協力いただき助かっています。ただ、Excelだと転記のたびにミスのチェックに時間がかかりませんか? そこで、新システムの導入についてご提案します」
取引先との商談
商談の相手が警戒しているのは、「この人は、自社の利益しか見ていないのではないか」という点です。売り手と買い手である以上、利害がぶつかる面は確かにあります。だからこそ、相手の懸念を理解し、相手の目的に資する提案だと示せたとき、警戒は「味方かもしれない」に切り替わります。
Before
「コストを2割削減できますので、ぜひご契約ください」
▼
After
「〇〇様が予算面を一番気にされていること、よく分かります。まずはご予算の上限を伺いながら、その範囲で最大限の効果が出るプランを一緒に考えさせてください」
部下への指導
指導される側が警戒しているのは、「この人は、評価の権限をもって自分を裁く側ではないか」という点です。欠点の指摘から入れば、その警戒は確信に変わり、部下は委縮します。まず認め、一緒に考える姿勢を示すことが、「裁く側ではなく、成長を支える側だ」というシグナルになります。
Before
「これじゃ根拠が弱いから、もっとちゃんとしたデータを入れてよ」
▼
After
「ここまでよく調べてくれたね。この部分の根拠を補強できると説得力が増しそうだから、一緒にデータを探してみよう」
3つの例に共通するのは、相手がデフォルトで「敵かもしれない」と警戒していることを前提に、先に「味方である」と示している点です。テクニックの本体は言い回しではなく、この順番にあります。
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次にあなたが提案の準備をするとき、チェック項目をひとつだけ足してみてください。「この資料は、相手の警戒を解けているか」。決裁者やチームに、「安心できる味方だ」と感じてもらえているか。
提案が通るかどうかは、正しさの量より先に、警戒が解けているかどうかで決まります。データを積み足す前に、まずは相手への感謝や理解を、ひとこと言葉にするところからです。
よくある質問(FAQ)
Q. 認識的警戒とはなんですか?
Q. 信頼が「積み上がるものではない」とはどういう意味ですか?
Q. 相手の警戒を解くために、今日からできることはありますか?
Q. 正論を伝えるほど相手が反発してしまうのはなぜですか?
*1: Sperber, D., Clément, F., Heintz, C., Mascaro, O., Mercier, H., Origgi, G., Wilson, D. (2010), Mind & Language, Vol.25, No.4, pp.359-393|Epistemic Vigilance
*2: Society for the Advancement of Psychotherapy|Conceptualizing Epistemic Trust in Psychotherapy
*3: Miller, C. H., Massey, Z. B., Ma, H. (2020), The Handbook of Applied Communication Research, Wiley|Psychological Reactance and Persuasive Message Design
藤真唯
大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。