
赤ちゃんは、誰にも教わらないのに、いつのまにか言葉を話し始めます。文法の授業も、単語帳もないのに、です。
あんなに苦労した英語と、いったい何が違うのでしょう。「だったら外国語も、感覚だけで身につくはずだ」と思いたくなります。
でも、話はそう単純ではありません。そもそも母語の習得は、生まれる前から始まる、何年もかけた長い旅なのです。
この記事では、認知言語学の知見をもとに、人がどうやって「ことば」を手に入れるのかを、チンパンジーと一本の指から順番に見ていきます。案内役は、『英文法の鬼100則』(明日香出版社)などで知られ、認知言語学をベースに英文法を解き明かしてきた時吉秀弥さんです。
- 「感覚で身につく」という誤解
- チンパンジーは、訓練しないと指の先を見ない
- 「水」を、単語ではなく文として話す
- 植木鉢のそばのカード——「参照点」という見方
- 文法は、覚えるものではなく、芽生えるもの
- よくある質問(FAQ)
「感覚で身につく」という誤解

母語は教わらずに身につく。だから外国語も感覚でいける——この発想を、時吉さんはやんわりと退けます。たしかに子どもは教わらずに言語を習得しますが、それは「短期間で」という意味ではありません。
皆さんが思っているよりずっと長い時間をかけて、子どもは言語を身につけています。たった2、3年の話ではない、と時吉さんは念を押します。
しかも、その「学習」は生まれる前から始まっています。母親の鼓動や声、そのリズム。母親の状態が、おなかのなかの赤ちゃんに伝わることもある。生まれるよりずっと前から、赤ちゃんは外の世界とやりとりをしているのです。
つまり母語の習得は、何年もかけた膨大な経験のうえに成り立っています。「自然に身についた」ように見えるのは、その長い時間が見えていないだけなのです。
チンパンジーは、訓練しないと指の先を見ない

生後9か月ごろ、赤ちゃんの認知に大きな変化が訪れます。発達心理学者のマイケル・トマセロが「生後9か月革命」と呼んだ時期です*1。この頃急に認知の力が伸び、言葉も覚え始めます。
その中心にあるのが「共同注意(ジョイント・アテンション)」、平たく言えば「指さし」です。ここに、人間ならではの力が隠れています。
指がさす「先」に注意を向ける。当たり前のようでいて、これはじつは人間に独特の力です。たとえばチンパンジーは、訓練すれば指の先がさす方向を見ますが、野生では人が指をさしても指しか見ず、その先にあるものには目を向けません。訓練なしに「指のその先に何かがある」と感じ取れるのは、人間に生まれつき備わった能力だ、と時吉さんは言います*2。
「あの人は、あの先にある何かについて、何かを伝えたがっている」。指さしひとつから、相手の意図をそう読み取る。この「伝えたいを分かち合う力」こそが、ことばが芽生える土台になります。
「指をさした先に何かがある。そこに関して何かが言いたい。それを感じ取ることによって、そこに言葉が乗っかって、『あ、いましゃべっている音声は意味があるんだ』と子どもは感じていくんです」
言語学のなかには、人間が生まれつき文法の仕組みを持っているとする「普遍文法(ユニバーサル・グラマー)」の考え方をとる立場があります。けれど時吉さんが立つ認知言語学は、その立場をとりません。代わりに土台として置くのが、この共同注意の力です。文法より先に、まず「伝えたい」を分かち合う力がある。そのうえに、ことばが乗っていくのです。
「水」を、単語ではなく文として話す
では、赤ちゃんが最初に手にする「文法」とは何でしょう。時吉さんは、「水」という一語を例に説明します。
辞書を引けば、水は「液体で、飲めて、0度で凍り、100度で沸騰する」ものだと書いてあります。けれど、よちよち歩きの子が「みず」と言うとき、その一語が意味しているのは、そんな定義ではありません。
「『水』を単語ではなく、文としてとらえたとき、意味するのは『水がある』か、『水をくれ』か、どちらかになるはずです。つまり、これが最初の文法なんです」
指をさして「そこに何かがあるよ」と伝えるか、「これをくれ」と要求するか。たった一語の発話が、すでにこのふたつの「文」のどちらかを担っている。人間にとって最初の文法は、単語の暗記ではなく、「指さし」と地続きの、たったふたつの伝え方だったのです。
文法は、知識として外から注入されるものではありません。「伝えたい」という衝動がまず一語に宿り、それが少しずつ複雑になっていく。その出発点に、特別な教育はいりません。
植木鉢のそばのカード——「参照点」という見方

一語文から、文法はどう枝を伸ばし複雑になっていくのか。ここで時吉さんが挙げるのが「参照点」という考え方です*3。少し抽象的ですが、こんな場面を思い浮かべてください。
少し離れたところにある小さなカードを、相手に示したい。そんなとき私たちは、「あの植木鉢のそばにカードがあるよね」と言います。目当てのカード(ターゲット)にたどり着くために、まず目立つ植木鉢(参照点)を手がかりにする。この「いったん別のものを経由して、目当ての目標に届く」やり方を、参照点機能と呼びます。
これは特別な技術ではありません。動物も多かれ少なかれ持っている、ごく原初的な認知の働きです。そして、この働きが、文法のあちこちに顔を出します。
「『私は学生です』も同じです。『私』が参照点で、『学生です』がターゲット。『彼女のお姉さん』なら、『彼女の』が参照点で、『お姉さん』がターゲットなんです」
「私」を手がかりに「学生」へ、「彼女」を手がかりに「お姉さん」へ。「〜の」は所有格と呼ばれますが「昨日のごはん」のようにべつに何かを所有しているわけではない場合も普通にあります。所有格の正体は「参照点機能」。人間が人間になる以前から持っていた認知能力を言語に応用しているのです。べつに何かを所有しているわけではありません。
指さしの「これ」から、「あの近くのあれ」へ。同じひとつの認知の働きが、少しずつ複雑になりながら、文法へと育っていくのです。
文法は、覚えるものではなく、芽生えるもの
ここで、冒頭の問いに戻りましょう。「母語が感覚で身につくなら、外国語も感覚でいけるはずだ」——。
半分は、当たっています。ことばの底にあるのは、知識ではなく、ものの見方でした。指さしの先を分かち合い、一語に「ある」「くれ」を託し、参照点機能を使って目印から目標へ届く。どれも人間に生まれつき備わった捉え方で、文法はそのうえに乗っています。
けれど、残りの半分はそうはいきません。母語のその見方は、生まれる前から何年もかけて育ったものでした。大人が外国語を学ぶとき、その時間はありません。
だからこそ、と時吉さんは念を押します。育てる代わりに、受け取ればいい。本来なら長い時間をかけて芽生えるはずの「ものの見方」を、認知言語学の言葉で、いま手渡してもらう。それが、丸暗記とはまるで違う、文法の学び方なのです。

***
赤ちゃんが指の先を見つめ、「みず」と一語を発する。その小さな瞬間に、ことばの芽生えのすべてが詰まっています。
私たちが英語でもう一度手にしようとしているのも、つまるところ、この「伝えたい」と「ものの見方」なのでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q. 母語は自然に身につくのに、なぜ外国語はこんなに難しいのですか?
母語は、生まれる前からの膨大な時間と経験のうえに自然に育ちます。大人が外国語を学ぶときは、その「育つ時間」を持ちません。だからこそ、ことばの裏にある「ものの見方」を明示的に教わるほうが、習得は進みやすくなります。
Q. 「共同注意」とは何ですか?
指さしなどを通じて、自分と相手が同じ対象に注意を向け、それを分かち合う力のことです。生後9か月ごろに現れるとされ、指がさす「先」に注意を向けられるのは人間に特有の能力です。これがことばの芽生える土台になると考えられています。
Q. 文法は結局、暗記するしかないのではないですか?
最終的には覚えなければいけません。ただし無意味なルールの羅列をまるで電話番号のように丸暗記するのは効率がよくありません。文法には意味があり、人が人に何かを伝えようとする戦略が表れているのだと理解すれば、もっと心に水が染み込むように文法を理解し、記憶に残せるはずです。認知言語学はそのための最高の手助けになります。
*1 Tomasello, M. (1999). The Cultural Origins of Human Cognition. Harvard University Press.
*2 Tomasello, M. (1995). Joint attention as social cognition. In C. Moore & P. J. Dunham (Eds.), Joint Attention: Its Origins and Role in Development (pp. 103–130). Lawrence Erlbaum Associates.
*3 Langacker, R. W. (1993). Reference-point constructions. Cognitive Linguistics, 4(1), 1–38.
時吉秀弥
英語教育者・研究者。神戸市外国語大学卒、米チューレン大学留学。お笑い芸人、ラジオパーソナリティという異色の経歴を経た後、予備校講師として20年以上の指導経験を持つ。日本の認知言語学界の第一人者である西村義樹東京大学教授の下で長年研究し、東京言語研究所にて2010年に理論言語学賞を受賞。現在はYouTubeチャンネル「時吉秀弥のイングリッシュカンパニーch」出演。著書に『英文法の鬼100則』『英語脳スイッチ!』(ちくま新書)他多数。自称「英語職人」。