
「学び」の定義は難しいものですが、単に知識を増やすことではなく、自分では見えなかった可能性に気づき未来の選択肢を広げていく営みと考えることもできます。その営みにはたくさんの要素があるなか、「人との対話」も重要なポイントになるでしょう。実際、世界的な名門として知られるケンブリッジ大学は、800年以上にわたって学びの中心に対話を据え続けてきたといいます。同大学工学部教授の飯田史也先生に、その理由と学びの本質について聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
飯田史也(いいだ・ふみや)
1974年生まれ、東京都出身。ケンブリッジ大学工学部教授、ケンブリッジ大学コーパスクリスティカレッジフェロー、東京大学大学院工学系研究科教授、理学博士。小中高大院と日本で教育を受けたのちに海外留学生活をはじめる。2006年にスイス・チューリヒ大学博士課程修了後、ドイツ・イエナ大学と米国・マサチューセッツ工科大学で研究員、スイス連邦工科大学チューリヒ校の教員を経て2014年より現職。研究の専門分野はロボット工学で、スイスと英国で16年教壇に立ち、200人以上の教え子を世界中に輩出してきた。
人との対話から見つかる自分だけの学び方
「勉強はひとりでするもの」というイメージを持っている人は多いでしょう。もちろん、ひとりで本を読んだり知識を整理したりする時間も欠かせないものです。ただ、それだけでは学びに限界があります。
なぜなら、「すべての人に高い学習効果を発揮する完璧な教科書」は存在しないからです。人によって知識や経験は違いますし、人それぞれ、そのときの理解度や目標によって必要な学びは変わります。だからこそ、本当に学びを深めるには、一人ひとりに合った学び方を見つける必要があるわけです。
そのもっとも効果的な方法が、他者とのコミュニケーション、すなわち「対話」です。たとえば、わからない問題で立ち止まったとき、「ここはこう考えるといいですよ」と教えてくれる人がいれば、遠まわりせずに前へと進むことができます。「いまのあなたなら、この本のほうが合っていますよ」と、自分に合った教材を紹介してもらえるかもしれません。
さらに大きいのは、自分では「ここまで理解できれば十分」と思っていたことでも、「その先にはもっと面白い世界がありますよ」と、新しい視点を与えてくれることです。こうした学びは、ひとりではなかなか得られません。
私が教授として教壇に立っているケンブリッジ大学では、800年以上にわたって対話を中心とした教育が続けられています。文化も価値観も変わり続ける長い歴史のなかで、この学び方だけはまったく変わっていません。人との対話には学びを大きく前進させる力があるという証ともいえます。
ですから、ケンブリッジ大学の入学試験には、筆記試験を合格したすべての受験生に対して30分間の個人面接を実施するという特徴もあります。たとえば、私が以前に使用した質問のひとつは、「歩くスピード」に関するものでした。受験生が自分の歩くスピードを知っているかを尋ね、知っていればその答えを聞き、知らない場合はどうやって考えれば答えにたどり着けるかを問いました。
こうした質問でなにを見ているかというと、正確な答えを出せるかどうかではなく、答えがわからないときにどのように考えを進めるかという思考習慣です。つまり、知っていることをもとに、コミュニケーションを通じて知らないことを理解するプロセスを見ているのです。重視しているのは、単なる知識量ではなく、学びに向かう姿勢と対話を通じて成長できる力です。それは、大学生活のなかで、仲間や教員とともに「学びのチーム」を築いていくためのもっとも重要な資質なのです。

人に「興味」を持つことが、学びのコミュニケーションの出発点
では、学びにつながるコミュニケーションとは、どのようなものなのでしょうか? コミュニケーション力が高い人というと、「話がうまい人」や「プレゼンが得意な人」を思い浮かべるかもしれませんが、話術よりもはるかに重要なものがあります。
それは、「相手に興味を持つ」ことです。「この人からなにか学べるかもしれない」「この人は、どのような考え方をする人なのだろう?」といった好奇心があるだけで、会話の質は大きく変わります。
ケンブリッジ大学では、学生から教授陣まで、立場や専門分野がまったく異なる人同士が同じテーブルで食事をする「フォーマルディナー」という晩餐会が定期的に行われます。その狙いは、分野を超えた横断的な学びと交流にあります。その場では、たとえば私のような工学者の隣に宗教音楽の研究者が座ることも珍しくありません。最初はなにを話せばいいかわからなくても、「知らない世界を知ってみたい」という姿勢があれば、会話は少しずつ深まっていきます。
実際、コミュニケーション能力が高い人ほど、自分と異なる分野の人に対しても強い関心を寄せています。そして、他分野の人たちと対話を重ねるうちに、人間関係も広がっていきます。もちろん、そうした人的ネットワークが、将来的に思いがけない仕事や学びにつながることも珍しくありません。
ですから私は、コミュニケーションとは単なる会話の技術ではなく、自分の学び、そして未来の可能性を広げるための土台なのだと考えています。

「わかったつもり」で終わらせない、学びの4ステップ
ただし、コミュニケーションをしっかりと学びにつなげていくためには、コツが存在します。ただ雑談を楽しむだけではもちろん十分ではなく、相手との会話から知識や気づきを得て、それを自分の力へ変えていくプロセスが必要です。そのために私が提唱しているのが、以下のような4つのステップです。なお、「①聞く・読む」に関しては、文字どおり、人との対話だけでなく読書も含まれます。
①聞く・読む(インプット)
②理解する(意味づけ・関連づけ)
③表現する(アウトプット)
④発展させる(思考の展開)
まずは、読書や人との対話を通じて学びたいテーマに関する知識や情報を集める「①聞く・読む」。次に、得た情報を自分なりに整理し、意味やほかの知識とのつながりをまとめる「②理解する」。そして、自分の言葉で説明したり誰かと議論したりする「③表現する」。最後に、「別の場面ではどう活かせるだろう?」「ほかの分野にも応用できないだろうか?」などと考え、新たな問いにつなげる「④発展させる」です。
大切なのは、一度順番にこなして終わりではなく、このサイクルを何度もまわし続けることにあります。なかでも重要なのが、3ステップ目の「表現する」です。誰かの話を聞いたり本を読んだりして「わかった」と思っていても、「では説明してください」といわれると、急に言葉に詰まってしまうものです。それは、本当の意味ではまだ理解できていないからです。
自分の言葉で説明すると、理解が曖昧な部分が見えてきます。さらに相手から質問を受ければ、新しい気づきも得られるでしょう。そうして再び考え直すことで、理解はさらに深まっていくのです。
人と話すことが苦手なら、最初は天気や趣味など身近な話題からでも構いません。あるいは勉強会に参加するなど「対話する機会」を意識的につくってみてください。たしかに、学びはひとりでもできます。しかし、人との対話を取り入れることで、「わかったつもり」が本当の理解へと変わっていくのです。

【飯田史也さん ほかのインタビュー記事はこちら】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
