
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6
Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【全20回まとめ】|▶ Season 4【全20回まとめ】|▶ Season 5【準備中】
1991年に発売されてから、20年以上にわたって売上が約30億円台で横ばいだった商品があります。
カルビーの「フルグラ」です。ところが2012年、商品の中身を変えることなく売上が急伸。わずか4年で約37億円から約223億円へ。商品は同じなのに、何が変わったのでしょうか。*1
フルグラが使った武器は「文脈(コンテキスト)の書き換え」です。ドラッグストアの棚ではなく、朝の食卓という舞台に自分を置き直した——日常の習慣を書き換えるライフスタイル・ハックの物語です。
- スーパーの売場に2時間半立った男——気づきは「棚」にあった
- 「欠食者10%」より「朝食者90%」——ターゲットの再定義
- 「主役」にも「脇役」にも——罪悪感を納得感に変える食シーンの設計
- よくある質問(FAQ)
スーパーの売場に2時間半立った男——気づきは「棚」にあった
転機は2011年、伊藤忠商事出身でジョンソン・エンド・ジョンソン社長を経てカルビー会長兼CEOに就任した松本晃のひとことから始まりました。「フルグラは、もっと売れるはず」。*1
確信を得るため、松本はスーパーのフルグラ売場に2時間半立ち続けました。そこで気づいたのは、フルグラが置かれていたのが「お米売場」で、ほとんどお客が来ない場所だということです。*1
「問題は売り方にあった」——このひとことが、すべての出発点です。
当時、フルグラを含むシリアルは250億円規模の「シリアル市場」のなかでシェアを争っていました。しかしその市場は限られており、しかも「朝食らしくない」「手抜き」というネガティブなイメージが消費者のなかにありました。*2
松本が打ち出した最大の方針転換は、シンプルでした。主戦場を「シリアル市場(250億円)」から「朝食市場(17兆円)」に変える。*1
戦う市場を変えただけで、ゲームの構図が完全に変わります。シリアル市場でのシェア争いに甘んじるのではなく、パンやご飯と並ぶ「朝食の選択肢」として認知されることを目指したのです。

「欠食者10%」より「朝食者90%」——ターゲットの再定義
市場を変えたら、次はターゲットを変える必要がありました。
当時のシリアルは、「朝食を食べる時間がない人」に向けた代替食という位置づけでした。日本の朝食欠食率は約10%台。つまり欠食者という限られたパイを取り合っていたわけです。*2
藤原かおり(当時フルグラ事業部部長)はここに着目します。「朝食を食べている残り90%の人をターゲットにした方が、売り上げを伸ばす可能性が高い」——そして朝食の献立の決定権を持つ「30〜40代の働く女性・母親」を中心ターゲットに設定しました。*2
そのうえで松本が打ち出したのが「時短・健康・食感」の3コンセプトです。*1
| コンセプト | 競合との比較 | ターゲットの痛点 |
|---|---|---|
| 時短 | パンの朝食は30分、フルグラは10分 | 東京近郊通勤女性の4割近くが朝食時間なし |
| 健康 | 食物繊維・鉄分・8種のビタミン | 働く女性の便秘・貧血への意識 |
| 食感 | カルビー独自のザクザク食感 | 食事としての満足感・楽しさ |
「パンよりも時短で、ご飯よりも健康的」——この文脈で語られることで、フルグラは「シリアルのひとつ」から「忙しい朝の最適解」へとポジショニングが変わりました。

「主役」にも「脇役」にも——罪悪感を納得感に変える食シーンの設計
フルグラのマーケティングで特に巧みだったのが「ヨーグルトとのトモダチ作戦」です。*2
フルグラをヨーグルトにトッピングするという食べ方の提案は、ふたつの効果をもたらしました。ひとつは「牛乳をかけるだけ」という固定概念を崩し、食べ方の幅を広げたこと。もうひとつは、健康食として定着していたヨーグルトと組み合わせることで、フルグラに「健康な食生活」というイメージを自然に乗せたことです。
これは「罪悪感を納得感に変える」設計です。グラノーラはシロップで焼き固めた甘い食品ですが、「食物繊維・鉄分・ビタミン」という機能的価値で包まれることで、消費者の心理的なハードルが下がります。
「甘くておいしい+健康にいい+準備が10分」——この3つが同時に成立する朝食は、他にほとんどありません。フルグラは単体でも主食として機能しながら、ヨーグルトのトッピングとしても、スムージーのトッピングとしても活躍できる「柔軟な脇役」でもあります。
あなたの商品は、顧客の「いつ・どこで・なぜ」使われるべきか、明確に定義できているでしょうか。売れない原因は品質ではなく、置かれている「棚(カテゴリー)」の間違いかもしれません。
フルグラが証明したのは、新しいモノを作ること以上に、いまあるモノに「新しい役割」を与えることのパワーです。同じ商品、同じ品質——変えたのは「文脈(コンテキスト)」だけでした。

【本記事のまとめ】
1. 「売れない原因は棚にある」——主戦場を変えることが最大の戦略
250億円のシリアル市場から17兆円の朝食市場へ。戦う舞台を変えるだけで、フルグラは「選択肢のひとつ」から「朝食の定番」への道が開けた。商品の問題ではなく、置かれているカテゴリーの問題を疑うことが、マーケターの重要な視点だ。
2. 「10%ではなく90%」——ターゲットの再定義が市場を10倍にした
欠食者(10%)ではなく朝食を食べている人(90%)を狙い、「30〜40代の働く女性・母親」という具体的なターゲットに絞り込んだ。「時短・健康・食感」という3コンセプトが、パンでもご飯でもない独自のポジションを確立した。
3. 「文脈を変えるだけでモノの価値は変わる」——コンテキストこそがマーケティング
商品の中身を変えることなく、37億円から223億円へ。ヨーグルトとの組み合わせ提案など「食シーンの設計」が罪悪感を納得感に変えた。新しいモノを作ること以上に、いまあるモノに新しい役割を与えることが現代マーケティングの核心だ。
よくある質問(FAQ)
フルグラの成功は「松本晃という優秀なCEOがいたから」に過ぎないのでは?
松本晃の洞察力はたしかに重要でしたが、「スーパーの売場に2時間半立つ」という行動は再現可能です。気づきの内容(シリアル市場ではなく朝食市場で戦う)は一見シンプルですが、実行には組織全体のターゲット変更・営業方針変更・PR戦略変更が必要でした。重要なのは「売場に立って顧客視点で見る」という習慣と、気づいたことを大胆に実行に移す意思決定の速さです。どちらも組織のなかで育てられるものです。
「主戦場を変える」という発想は、どうやって見つければいいですか?
自社商品が「いまどこに置かれているか」ではなく、「お客様は実際にどんな状況でこれを使っているか」を観察することから始まります。フルグラの場合、松本が売場に立って気づいたのは「お米売場に置かれている」という事実でした。もし「あなたの商品はどんなシーン・どんな感情のときに使われているか」を顧客に聞いたとき、想定外の答えが返ってきたら、そこに主戦場のヒントがあります。
フルグラの成功後、売上が頭打ちになった理由は何ですか?
2016年をピークにシリアル市場全体が縮小し、フルグラも国内売上が踊り場を迎えました。松本晃自身が「ターゲットにする消費者が誰なのかわからなくなっていた」と認めています。ポジショニング・シフトの成功で市場を広げた後、次の明確なターゲット像を定義しきれなかったことが原因です。「誰のための商品か」を常に問い直し続けることの重要性を示す好例でもあります。
*1|リクルートワークス研究所「フルグラ/カルビー 成功の本質」。2011年37億円→2016年300億円見込み・松本晃が売場に2時間半立った逸話・「シリアル市場から朝食市場へ」の転換・「時短・健康・食感」の3コンセプト・「朝食革命宣言」・フルグラ100プロジェクト→300億目標引き上げの経緯
*2|クロスマーケティング「フルグラ、発売20年後に急成長した理由」(カルビー藤原かおり氏寄稿)。1991年発売・売上推移・欠食率10%から朝食者90%へのターゲット転換・30〜40代女性・母親へのフォーカス・ヨーグルトとのトモダチ作戦
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6
「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。
- 第1回:なぜイソップの茶色いボトルは、素敵な空間に行くたびに現れるのか
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▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで▶ Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
▶ Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
▶ Season 5【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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