「できるだけ人と関わらずに、自分の時間を大切にしたい」
「人付き合いは、必要最低限でいい」
そう思ったことはありませんか?
SNSのやりとりで事足りる現代では、「気疲れしない距離感」を大切にする人が増えています。
もちろん、合わない人との関係を整理するのは決して悪いことではありません。ですが、人との関わりを最小限に絞ってしまうのは考えもの。
人間らしさに必要な機能の低下や、人生の転機になるようなチャンスを逃してしまうリスクすらあるからです。
本記事では、「浅い関係でも、人と関わることがもたらす価値」についてひも解いていきます。
「気疲れ回避」が生む孤立──“効率的な人間関係”の落とし穴
自分ばかり無理をするような人間関係を続ける必要はありませんが、人との関わりを避けてばかりいるのも考えものでしょう。
なぜなら、行きすぎた人間関係の断捨離は、孤立感や成長機会の喪失につながるリスクがあるからです。
東京都健康長寿医療センター研究所が実施した高齢者を対象とした研究によると、社会的孤立は記憶を司る海馬の容量低下と関連していることが明らかになりました。
海馬の容量が低下する理由は、「他者との関係が希薄であるために日常的な脳への刺激が少なく、それによって海馬の萎縮が進んでしまったため」と考えられているのだそう。*1
これは高齢者に限った話ではありません。
会話や雑談のなかで脳が活発に働く経験は、年齢を問わず脳や心身の健康に寄与するのです。*2 *3を参考にした
たとえば何気ない会話をするだけでも、次のように脳へ刺激を与えることができます。
- 相手の話している内容を理解する
- 相手がなにを言わんとしているのかを考える
- 相手の気持ちに配慮した適切な言葉で返す
なにか約束したり、頼まれ事をしたりするのであれば、
- 一緒に計画を立てる
- 約束を覚えておく
- どこまでなら対応可能か考える
- 実行する *2を参考にした
など、思考力や記憶力、実行力がフルに使われるでしょう。
会話のなかで興味が湧く話題があれば、知的好奇心も刺激されて、さらに脳が活発に働きます。*2を参考にした
つまり、人と関わらない生活には以下のようなデメリットがあるのです。
人と関わらないデメリット
- 脳の働きを鈍らせる
- 思考の柔軟性や創造性、共感力といった「人間らしさ」に必要な機能が低下する
実際に筆者も、数年前のパンデミック禍で久しぶりに人と会った際、何気ない会話をしているだけなのにやたらと消耗した経験があります。
外出自粛によって人との会話量が極端に減っていたため、脳の働きが衰えていたのでしょう。
さまざまなことを瞬時に判断してコミュニケーションをとるのは、こんなにもエネルギーを使うものなのかと驚いたものです。
とはいえ、否応でも人と関わろうとしたり、無理に深い関係を築いたりする必要はありません。
軽く挨拶を交わしたり、休憩のときに同僚と軽く雑談したりするなどのゆるく浅い関わりでいいのです。
浅いつながりが、意外なチャンスを運んでくる
信頼できる親しい人の存在は大きな支えとなりますが、深い関係だけが自分にとって有益とは限りません。
アメリカの社会学者マーク・グラノヴェター氏が行なった研究では、人生の転機となる情報を得るときは、深い関係の人よりも浅い関係の人のほうが役立つことが明らかになりました。*4よりまとめた
研究内容は、282人のホワイトカラーを対象に、転職後の満足度を調査したものです。
対象者の56%は人脈を通じて転職しましたが、深い関係にある人から得た情報による転職よりも、浅い関係の人から得た情報による転職のほうが満足度が高いものでした。
これは「ウイークタイ・セオリー(弱い紐帯の理論)」と言い、家族や毎日顔を合わせる職場の同僚のような関係を「強い紐帯(結びつき)」、あまり頻繁には会わない知人や旧友のような浅いつながりの関係を「弱い紐帯」と表現します。
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科教授の野田稔氏が分析するところによると、強い紐帯から得られる情報は、どうしても自分の知っている範囲にとどまりがち。
しかし弱い紐帯から得られる情報は、思いがけない情報や新しい視点がもたらされやすく、それが満足度の高い転機につながったのだと野田氏は言います。*4を参考にした
実際に筆者も、SNSでのやりとりがきっかけで久しぶりに会った友人との何気ない会話から、やってみたいと思っていた仕事を引き受けたことがあります。
自分の想像を越えたチャンスは、普段の自分とは別の属性によって得られることもあるのだと実感したものです。
とは言え、親しい間柄の人間が不必要なわけではありません。
新たなチャンスをつかみたいときは、「浅いつながり」にも目を向けながら情報を集めることが大切なのです。
“関係を築くスキル” こそ、ビジネスの武器になる
人との関わりは、人間らしさに必要な機能を高めたり、意外なチャンスを運んでくるとお伝えしてきました。
それに加えて、もうひとつ大きな価値があります。
それは、「関係を築くスキル」です。
人との関わりを避け続けていると、どうしても自分と似た価値観のなかに閉じこもってしまいます。
ですが、人と関わることで違う角度から物事を見られるようになり、思考の柔軟性や創造力も高まります。
「そういう考え方もあるのか」と驚かされたり、「そんな方法があるのか」と目からウロコが落ちたりするような経験は、自らの知見を広げ、アイデアの創出にもつながるでしょう。それは、ひとりでは培えないスキルです。
さらに、関係を築くスキルは「社会的交換理論」に通じるものもあります。
「社会的交換理論」とは、「人は有形・無形のさまざまなモノ・コトの交換によって関係性を形成・維持・発展していくという理論」のこと。*5
たとえば、「お世話になった人の力になりたい」「いつも自分を評価してくれている上司の期待に応え続けたい」というように、お互いになにかを与え合うことで人間関係は築かれていきます。
その過程で信頼が生まれ、信頼が新たなチャンスや協力関係を引き寄せてくれるのです。
ビジネスの世界では、「なにができるか」と同じくらい「誰とつながっているか」が、成果や成長に大きく影響することがあります。
チームで成果を出す場面、プロジェクトの立ち上げ、転職や副業のチャンス、困難に直面したときの相談先――。
いずれも、信頼関係のある人とのつながりが、解決や前進の糸口となるケースは少なくありません。
特別なスキルがなくても、「感じよく挨拶をする」「ちょっとした気遣いを言葉にする」「相手の話に耳を傾ける」といった、日々のコミュニケーションを積み重ねていくことは誰にでもできます。
そうしたささやかな関係構築のスキルが、長い目で見れば大きな差につながっていくのです。
「一人で完結できる時代」だからこそ、人と関わる力が際立ちます。
関係を築くスキルは、目には見えにくくても、間違いなくこれからの時代を支えるビジネススキルのひとつなのです。
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人間関係で無理を重ねる必要はない。でも、人と関わることの価値を見直してみてもいいかもしれない。本記事が、そんなふうに思うきっかけになれたら幸いです。
※引用の太字は編集部が施した
*1 地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所|<プレスリリース>"希薄な社会的つながり"と"独居"は海馬の萎縮に関連するが、その作用は正反対:孤立のパラドックス
*2 第一三共エスファ株式会社|人・社会とのつながりをもつ
*3 東洋経済オンライン|「雑談力」こそ「人生最強の武器」である超納得理由
*4 ダイヤモンド・オンライン|転職では取引先・親族の人脈をあてにしてはダメ
*5 日本の人事部|社会的交換理論
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。