その判断は『脳の省エネモード』のせい?——ゼロベース思考で直感を疑う3つの習慣

ミスが発生した際のイメージ

また企画書が戻ってきた。なんで私の案は通らないんだろう……。会議室のドアを締め重い足取りで帰りながら、上司から言われた言葉を思い出す。

「もっとほかの視点から考えられないかな? 同じパターンにしがみついてない?」

——こんな経験、ありませんか?

  • 自信のある提案した案が「視野が狭い」と却下される
  • トラブル対応で考えた案が現場では機能しない
  • 「単純なミス」を指摘されても、自分では気がつかない

これらの問題に思い当たる節があるなら、あなたは「ヒューリスティックの罠」に陥っているかもしれません。

 
📌 ヒューリスティックとは
経験や直感にもとづく判断のこと。効率的な思考法である一方で、判断ミスを引き起こす原因にもなります。

この記事では、ビジネスパーソンが陥りがちな「ヒューリスティックの罠」を詳しく解説し、それを回避するための具体的な思考法を紹介します。認知バイアスから脱却して、質の高い判断ができるようになりましょう。

「速い思考」と「遅い思考」

私たちは直感と理性を使い分けて、行動を選択したり考えたりします。つまり、脳のなかでは「速く/遅く」考える、2つの処理をしているのです。

行動経済学創始者、ノーベル経済学賞受賞者(2002)のダニエル・カーネマン博士は著書『ファスト&スロー』(早川書房)の中で、前述の2つの処理システムを解説しています。それぞれ、まとめると——*1

🧠 システム1(速い思考)

  • 無意識に行なう直感的な処理

🧠 システム2(遅い思考)

  • 熟慮して理性的に行なう処理

たとえば、仕上げたプレゼン資料を見て「情報が多すぎてわかりづらい」と感じるのはシステム1の処理をしていると言えるでしょう。一方、資料の統計グラフをチェックして「データに誤りがある」と分析をするのは、システム2が働いていると言えます。

上記の2つの処理がある背景について、人間の認知資源には大きな制約があるからだと述べるのは関西学院大学経営戦略研究科の池田 新介教授。

認知処理システムの問題は、この限定合理性の原因に関わる重要な問題であり、行動経済学の出発点です。*1

※限定合理性:合理的であろうとするも、認知能力には限界があるため、限られたものしか合理的になれない

つまり、直感的な判断は「脳の認知処理」を最低限に抑えるためなのです。

たとえば会議でひとりずつ意見をじっくり聞くよりも、「解決策が見えてきた」「だんだん本題からズレている」など、直感で判断すれば、余計な疲れなくスピーディに進めることができますよね。

3つのドアの前で悩んでいるビジネスパーソン

直感で決める「ヒューリスティック」の罠

一方で「システム1=直感」に頼りすぎるのは危険性があります。精査できないため、判断ミスが起こりやすいのです。

前述の「直感で答えが導かれるプロセス」を心理学では「ヒューリスティック」と呼びます。このヒューリスティックがあるからこそ、私たちは脳のエネルギーを使わず、行動に移すことができます。*2 しかし、慶応義塾大学大学院経営管理研究科、教授の清水勝彦氏は、ヒューリスティックの落とし穴を指摘しています。

合理的で「考える葦(あし)」のはずの人の意思決定の大半は実はシステム1に委ねられています。その方がエネルギーを使わず効率的なだけでなく、「おおむね正しい」のです。が「時には決定的に間違っている」のです。*3

例:複数の企画案から案を決める場合

「この案は面白そう」「この企画案の担当者はいつも成功するから」と直感的に惹かれても、それはフィーリングや経験則による判断に過ぎません。予算超過や人材不足などの問題がある場合もあります。

本来なら、上記の例のような判断ミスは、ゆっくり考える「システム2」を働かせば防げるものです。しかし、前出のカーネマン博士いわく——「システム2は怠け者」だそう。*3 

私たちの脳は省エネモードを好み、「考える労力」を避けようとします。「この解決策は簡単だ」と感じると、疑問を持たずに過去の経験則に基づいた判断をしてしまいます。そのため、自分自身が「ヒューリスティックの罠」に陥っていることに気づくのが非常に難しいのです。

分かれ道の前で悩んんでいるビジネスパーソン

ヒューリスティックの罠を避ける「ゼロベース思考」

「ヒューリスティックの罠」を避けるためには、自身の判断が経験則やバイアスから来ているものかどうか、一度思い込みを疑ってみることが大切です。そこで、参考になるのは「ゼロベース思考」です。

グロービス経営大学院、経営研究科の副研究科長である村尾佳子氏は、ゼロベース思考を「前提知識や思い込みにとらわれず、ゼロから物事を考えること」だと説明しています。*4 

 
📌 ゼロベース思考
今までの考えや価値観を一度まっさらにした状態で、再び考えること

村尾氏が提案する、ゼロベース思考の方法を具体例とともに見ていきましょう。

1

前提を疑う

ゼロベースで考えるために、まず自分の前提が合っているのかを確認します。前提を疑うことで、新たな視点が生まれます。

具体的には以下の例が挙げられるでしょう。

考えた前提

「生成AIは既存のデータで作られている。そのため、過去の焼き直しばかりで、独自性のあるアイデアが生まれない

前提を疑う

「そもそも生成AIを『すぐに完成したアイデアを出すもの』と考えること自体が誤りでは? 生成AIは新商品の仮説を立てる補助ツールとして使ったり、適切なプロンプトによってクリエイティブな発想のきっかけを得るために活用できるはずだ」

前者の例では、前提は「生成AIはクリエイティブに向かない」です。しかし、後者の例では前提の理由である「生成AIの回答=アイデア」をひっくり返しています。このとおり、いまある前提を一度批判的に考え、客観視してみましょう。

2

論点(イシュー)を押さえる

ヒューリスティック(直感的な判断)に頼ると、表面的な問題に気を取られ、本質を見失いがちです。重要なのは「論点」を意識し、議論の核心を見失わないことです。

トラブルが発生したケースを想定してみましょう。

トラブル対応の会議で出た意見

「トラブル発生はマニュアルの不備が原因だ。マニュアルを充実させ、社員に再研修を実施すべきだ」

見落としている可能性のある原因

  • マニュアル自体が現場の実態と合っていない
  • 業務プロセス自体に根本的な問題がある

この例の真の論点は「トラブルの再発防止」です。「マニュアルを改善する」という解決策に飛びつく前に、本当の原因は何かを多角的に検討することが重要です。

3

全体構造と物事のつながりを把握する

ヒューリスティックに頼ると、表面的な情報だけで判断し、物事の全体像や背後にある関連性を見落としがちです。成功や失敗の本当の原因を理解するには、幅広い視点で因果関係を検証する必要があります。

新規顧客の契約数が増加したケースで考えてみましょう。

表面的な見方

「営業チームの戦略が成功した! 営業の施策をもっと強化しよう」

考慮すべき外部要因

  • 同時期に市場環境が大きく変わった
  • 競合他社の戦略変更や市場撤退

「契約数増加 = 営業戦略の成功」という単純な図式は誤りかもしれません。真の成功要因を把握するには、複数の視点から情報を集め、客観的に分析することが重要です。表面的な相関関係を因果関係と誤解しないよう注意しましょう。

ゼロベース思考のポイント

  • 自分の思い込みに気づく — 「当たり前」と考えていることこそ疑ってみる
  • 本質的な問題を見極める — 表面的な解決策に飛びつかない
  • 多角的な視点を持つ — 一つの要因だけでなく、複数の可能性を検討する

***
問題解決もアイデアを作るのも、直感によるひらめきは欠かせません。しかし、それが妥当性のあるものか、思い込みによる偏った見方なのか——再考するために、いったん「遅い思考」で検討してみましょう。より一層質の高い答えが出るはずですよ。

【ライタープロフィール】
青野透子

大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。

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