
「ここはどこ?」を英語にしてください——そう言われたら、あなたはどう組み立てるでしょう。
多くの人が、Where is here? と考えます。けれど、英語ではこうは言いません。正しくは、Where am I?。直訳すれば「私はどこにいるの?」です。
同じ景色を前にしているのに、日本語は「ここ」を主語にし、英語は「私」を主語にする。この小さな違いに、英語という言語の「ものの見方」が丸ごと詰まっています。『英文法の鬼100則』(明日香出版社)で知られる時吉秀弥さんの新刊『とてつもなくおもしろい英文法の世界』(Gakken)も、物語の最初の課題に、まさにこの一問を置いています。
「私の英文法の本でも、この話はよく取り上げるんです。ここが重要な入り口だからなんです」
前回は、英文法のつまずきの正体が「ルールの裏にある意味=映像が語られてこなかったこと」にある、という話でした。第2回は、その「意味」の正体——英語が世界を見るときの、たったひとつの視点に迫ります。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
時吉 秀弥(ときよし ひでや)
兵庫県出身。神戸市外国語大学外国語学部英米語学科卒。米国ルイジアナ州チューレン大学にて国際政治を学ぶ。落語家の弟子、コント芸人、ラジオパーソナリティという異色の経歴を経て、予備校で20年以上にわたり英語を教える。独自に築いた英文法観が認知言語学に通じると知り、東京言語研究所にて池上嘉彦・西村義樹・尾上圭介各氏らのもとで認知言語学・日本語文法などを学ぶ。2010年、同所で理論言語学賞を受賞。著書『英文法の鬼100則』『英熟語の鬼100則』(明日香出版社)ほか、シリーズ累計10万部を突破。自称「英語職人」。新刊に『とてつもなくおもしろい英文法の世界』(Gakken)。
- 日本語はカメラ、英語は「外から自分を眺める」
- 外から見るから、相手の視点に立てる
- ひとつの原理が、英語中に効いてくる
- なぜ「物語」で学ぶのか——少しずつ、自分が変わっていく
- 逃げていた英語が、もう一組の目になる
日本語はカメラ、英語は「外から自分を眺める」
なぜ Where is here? ではなく Where am I? なのか。時吉さんは、日本語と英語の「立ち位置」の違いから説明します。
日本語は、自分がカメラになって、目の前に見えている景色をそのまま言葉にする。だから「ここはどこ?」と、見えている風景のほうを主語にします。
いっぽう英語は、外にいるもうひとりの自分が、自分自身を含めた全体を眺めている。だから「私はどこにいる?」と、自分を主語に置く。英語は、外から自分を眺める言語なのです。
これは、ひとつの言い方のクセではありません。時吉さんが複数の著書でこの話を取り上げるのも、この見方が英語のあちこちに顔を出すからです。
「単に『これって変な言い方だな』じゃなくて、英語の中で その言い方がどこにでも現れるんです。だから『Where is here? じゃなくて Where am I? になる』というのを覚えるだけで済む話ではない」

外から見るから、相手の視点に立てる
外から自分を眺められるということは、視点を自分の外側へ動かせるということです。そして視点を相手の方へ動かして、相手の立場にも立てる。ここから、英語のさまざまな表現が一本につながっていきます。
たとえば、電話を取って「私です」と言うとき、英語は This is he.(あるいは This is she.)と言います。日本語の感覚では「こちらは彼(彼女)です」と言うのは奇妙ですが、英語の相手の視点から見る感覚ならば、「こちらがあなたの探しているその男の人(女の人)ですよ」という、ごく自然な言い方になります。
「俯瞰して眺めているということは、相手の立場にもなれるということなんです。自分のところから離れて全体を見渡せるので、相手の立場になってものを見ることができる」
「いま、行きます」を I'm going. ではなく I'm coming. と言うのも同じ理屈です。自分の側からではなく、相手のいる場所を基準にして「あなたのところへ向かっています」と表現する。自分を自分の外側に置くから、相手の視点に寄り添うことができるのです。
この見方は、語順にも顔を出します。日本語では「私とあなた」と自分から言いますが、英語では you and I と、相手を先に置くことがある。自分を中心に置かない感覚が、こんなところにも流れているわけです。
ひとつの原理が、英語中に効いてくる
嬉しいことがあったら、私たちはそれを日本語で「嬉しい!」と言います。けれども決して「あなたは私を嬉しくさせる!」とは言いませんね。日本語と比べると、英語は「原因」を言葉にしたがる言語です。私たち日本人には違和感のある "You make me happy!" (あなたは私を嬉しくさせる)という英語表現も「自分を外側から眺める」感覚がわかればすんなり「会得」できるのです。
外から見るということは、ちょっと引いて全体を見ることなんです。アップで見ると「嬉しそうな人」しか画面に映らないかもしれませんが、少し離れて全体を見れば、そのそばにいる「嬉しくなる原因」まで視界に入ります。それを言語化するのが英語の "You make me happy."なんですよ。
一見すると奇妙で、だからこそ私たちの口から咄嗟に出てきそうにない「英語らしい表現」も、背景となる「視点の違い」がわかれば使ってみたくなります。これが「英語脳」の入口です。
大事なのは、これらをばらばらの規則として覚えないことです。英語は世界をこう見ている、というひとつの原理さえ掴めば、無数のルールが同じ一本から枝分かれして見えてきます。
「ひとつの原理を理解しておけば、これだけたくさんのことが理解できる。厳密なルールではなく、ぼやっと原理を理解しておくぐらいのほうが、いろんなことに応用が利くんです」

なぜ「物語」で学ぶのか——少しずつ、自分が変わっていく
本書の一番の特徴は、この「ものの見方」を、解説ではなく物語で体験させることです。英語が苦手な少年ユウが「英語の世界」に迷い込み、案内役の魔法使いグラムとともに、一歩ずつ見方を更新していく。
章の節目には「SAVE POINT」と名づけたクイズが置かれ、RPGのように旅を攻略していきます。この仕掛けに、時吉さんはこんな意味を込めています。
「少しずつ自分の見方が変わっていく。もうちょっと別の言い方をすると、少しずつ自分が変わっていく、ということです。それが目盛り状に上がっていくのがセーブポイントかな、と」
知識がひとつ増えるのではなく、世界の見え方がひとつ変わる。その変化を、ゲームのセーブのように積み上げていく。本書が記録しているのは、覚えた量ではなく、変わっていく読者自身です。
同じ "Where am I?" から始まる『英文法の鬼100則』と、哲学は変わりません。変えたのは、見せ方です。時吉さんは、前著との違いをこう語ります。
「『鬼100則』の時は、自分の持っているものをすべて書き尽くしたかった。でも、人にものを教えるときに大事なのは、何を教えるかじゃなくて、何を教えないかなんです」
すべてを渡すのではなく、受け取れる分だけを、一番届く形で。物語という器は、英語に逃げ腰だった読者の立ち位置まで、一歩降りてきた選択でもあるのです。
逃げていた英語が、もう一組の目になる
「ここはどこ?」を Where am I? と言う。たったそれだけの違いが腑に落ちると、ばらばらだったルールが、ひとつの視点から見渡せるようになります。
英語は、暗記すべき規則の山ではありませんでした。世界をもう一度、別の角度から見るための、もう一組の目だったのです。
次回はいよいよ最終回。翻訳AIが「通じる」を肩代わりしてくれる時代に、それでもなお人が英語を学ぶ意味はどこにあるのか——時吉さんが本書の最後に置いた、ひとつのメッセージに迫ります。

✎ コラム②|「ゲーム」は定義できない——家族的類似性
ひとつの原理を「ぼやっと」掴むほうが応用が利く、と時吉さんは言います。その背景には、哲学者ウィトゲンシュタインの「家族的類似性」という考え方があります。
たとえば「ゲーム」をきちんと定義しようとすると、意外にできません。勝ち負けがあるとはかぎらず、対戦相手が要らないものもある。盤を使うものも使わないものもある。それでも私たちは「なんとなくこれはゲームだ」とわかります。
これは家族の顔に似ています。鼻は父親に、でも口は母親に似ている——どこか一点がすべて共通というわけではないのに、全体として「家族」とわかる。英文法の感覚も、この「きっちり定義できないが、なんとなくわかる」ゆるさを残しておくほうが、かえって広く応用が利くのです。
きっちりした線引きで覚えようとすると、例外につまずく。ぼんやりした「中心(=典型例)のイメージ」で掴んでおくと、応用が利く。これも、英語の「ものの見方」を体で覚えるためのコツのひとつです。
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外から自分を眺める。そのひとつの視点が、英語中のルールを一本につないでくれました。
では、ここまで手に入れた「ものの見方」は、AIが何でも翻訳してくれる時代に、どんな意味を持つのか。最終回は、「それでも英語を学ぶ理由」を問い直します。
【時吉秀弥さん インタビュー連載】
- 第1回 英文法が嫌いなのは、あなたのせいではない——『とてつもなくおもしろい英文法の世界』著者・時吉秀弥に聞く
- 第2回 英語は「外から自分を眺める」言語だった——Where am I? に宿る、ものの見方(本記事)
- 第3回 AIが翻訳してくれる時代に、なぜ英語を学ぶのか(※近日公開)
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
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