AIが翻訳してくれる時代に、なぜ英語を学ぶのか

AIが翻訳してくれる時代になぜ英語を学ぶのか——時吉秀弥が語る通じるの先にある人と近づく力と世界が広がる体験

スマホに話しかければ、たいていの言葉はその場で翻訳されます。読むのも、書くのも、AIに任せればいい——そんな時代に、わざわざ英語を学ぶ意味はあるのでしょうか。

『とてつもなくおもしろい英文法の世界』(Gakken)の終盤にも、AIは何度も顔を出します。例文には rely on AI(AIに頼る)や AI can be misused(AIは悪用されうる)が並び、本書が最後に手渡すのは、こんな時代でも「外国語を学ぶ意味はある」というメッセージです。

『英文法の鬼100則』(明日香出版社)で知られる時吉秀弥さんに、最終回で聞いたのはこの問いでした。AIが「通じる」を肩代わりしてくれる時代に、それでも私たちが英語を学ぶ理由はどこにあるのか。

連載第3回は、翻訳AIの時代に、それでも英語を学ぶ意味を問い直します

構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部

【プロフィール】

時吉 秀弥(ときよし ひでや)

兵庫県出身。神戸市外国語大学外国語学部英米語学科卒。米国ルイジアナ州チューレン大学にて国際政治を学ぶ。落語家の弟子、コント芸人、ラジオパーソナリティという異色の経歴を経て、予備校で20年以上にわたり英語を教える。独自に築いた英文法観が認知言語学に通じると知り、東京言語研究所にて池上嘉彦・西村義樹・尾上圭介各氏らのもとで認知言語学・日本語文法などを学ぶ。2010年、同所で理論言語学賞を受賞。著書『英文法の鬼100則』『英熟語の鬼100則』(明日香出版社)ほか、シリーズ累計10万部を突破。自称「英語職人」。新刊に『とてつもなくおもしろい英文法の世界』(Gakken)。

訳読中心の英語は、AIで「破綻」する

時吉さんは、AIに任せていい領域を、はっきり切り分けます。文章を日本語に訳したい、日本語を英語にしたい——それだけなら、AIに頼ったほうがいい、と。

「今までの訳読中心主義の英語教育は、基本的にAIが出てくると破綻するんです。訳したいだけなら、AIのほうがいい、となるわけですから」

では、何のために学ぶのか。時吉さんが挙げるのは、人と顔を合わせて話すこと——フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションです。

そうしないと人は動かせないし、絆も生まれない。それを大事にしたい人は、やはり自分の口で英語を話せるようになる必要がある、と時吉さんは言います。AIが肩代わりするのは「通じる」までで、その先にある「人と近づく」ことは、肩代わりできません

AIで誰もが通じるを手にできる時代だからこそ自分の口で話せることの価値が上がるというねじれの逆説

むしろ価値が上がる、というねじれ

AIで誰もが「とりあえず通じる」を手にできるからこそ、自分の口で話せることの価値は、むしろ上がります。誰もができることではなくなるからです。

そしてもうひとつ、時吉さんが挙げるのが「あいだに何もない」ことの強さです。人と近づくとき、ふたりのあいだに挟まるものは、少ないほうがいい。

「リアルタイムでイヤホンをつけて、同時通訳でやりとりはできると思うんです。だけど、そこで生まれるわずかなタイムラグに、人は耐えられない」

機械が一枚挟まれば、どんなに速くても、わずかな間が生まれる。表情や声の調子といった、言葉にならない情報も削られる。「何を言ったか」より「どう言ったか」のほうが、人を動かすことは多い。だからこそ、自分の身ひとつで相手と向き合えることに、価値が残るのです。

受験や仕事のためなら、AIでいい

こう言うと、「楽しいだけでは、結果を出したい人には物足りない」という声が出るかもしれません。けれど本書が見ているのは、その先です。

受験や仕事で点を取るための英語、結果を出すための英語こそ、一番AIが得意とするところ。そこで競うのは、もう分の悪い勝負です。だとすれば、人が時間をかけて学ぶ意味は、別の場所に移っていきます。

実用が消えたあとに、残るもの

実用の大半をAIが肩代わりしたとき、最後に立ち上がってくるのは「自分は何なのか」という問いだ、と時吉さんは言います。これは思っているより深い問題だ、とも。

「昔は肉体労働が当たり前だったから、筋肉を鍛える必要はなかった。でもいまは、お金を払ってでも筋トレをする。人間は、生きている実感が欲しいんだと思うんです」

かつては生活に必要だった力が、便利さに肩代わりされると、今度は「あえて自分でやること」に価値が宿る。英語もそれと同じだ、というわけです。だからこそ本書は、最後に「正しさ」ではなく「楽しさ」を置きました。

役に立つから学ぶのではない。世界の見え方がひとつ増えること、それ自体がおもしろいから学ぶ。AIの時代だからこそ、この動機が一番強く立ち上がってきます。

言語を学ぶことはもうひとりの自分との出会い——別のものの見方を増やすことで自分と世界が広がる時吉秀弥の英語観

言語を学ぶことは、もうひとりの自分との出会い

本書の最終章のタイトルは「言語は人の心を映す鏡」。別の言語を学ぶことは、別のものの見方を自分の中にひとつ増やすこと——それを時吉さんは「もうひとりの自分との出会い」と呼びます。

文化と言語は両輪です。海外で人と話していると、考え方そのものの違いに出会う。その違いを理解する糸口を、言語が与えてくれます。

「ある国の人たちに偏見を持っていたとしても、その国の言語を学べば、ちょっと話してみたいと思うんです」

「外国語をしゃべると人格が変わる」と言われることがあります。時吉さんによれば、それも、ものの見方が少し変わるからです。もう一組の目を持つことは、世界が広がるだけでなく、自分が広がることでもあります

「てにをは」ひとつで、受けが変わる

「話し方が変われば、ものの見え方も変わる」。本書の案内役グラムが体現するこの感覚は、時吉さんの異色の経歴と地続きです。お笑い芸人、ラジオパーソナリティとして、「人に聞いてもらう」技術を磨いてきました。

同じ内容でも、「に」を使うか「が」を使うか、「てにをは」ひとつで客席の受けが変わる。その経験が、英語の見方にもつながっている、と言います。

「『猫がネズミを食べる』のか、『ネズミが猫に食べられる』のか。同じことを言っているのに、言い方ひとつで受け方が違う。ということは、意味が違うんです」

能動態と受動態は、出来事としては同じことを指します。けれど、どちらを主語に立てるかで、伝わり方は変わる。形が違えば、意味が違う。文法は、ただの計算ではなく、ものの見方そのものなのです

宇宙服を脱いで生身で外へ——英語は規則の山ではなく世界を見るもう一組の目だったという時吉秀弥の最終メッセージ

✎ コラム③|「理屈で説明できないもの」とのつきあい方

本書は「なぜ」を大切にする本ですが、時吉さんは最後に、こうも釘を刺します。すべてが理屈で説明できるわけではない、と。

たとえば英語の kick the bucket は「バケツを蹴る」ではなく「(首をくくって)死ぬ」という意味です。なぜこんな表現が英語にあるのか——その理由は、わかりません。犬をdogと言うのに理由がないように、ただ「そう決まっている」だけです。こうした、理屈では割り切れない決まりごとを「慣習性」と言います。

なんでも理屈で説明できないと気がすまない学習者ほど、この慣習性を受け入れたがりません。けれど、「そう決まっている」をおもしろがれるかどうかも、じつは語学の大事な力です。割り切れなさそのものを、その言語のものの見方として楽しむ。それも、外国語を学ぶ醍醐味のひとつなのです。

宇宙服を脱いで、生身で外へ

物語の最後、旅を終えたユウは、現実の電車に戻ります。そこには、道に迷って困っている外国の人がいる。第1回の冒頭で、汗をかいて逃げ出した、あの場面と同じ状況です。

けれど、今日のユウは違います。逃げる代わりに、「さあ、何て話しかけようか」とワクワクしている。読者に手渡したい一歩を、時吉さんはこう表現しました。

「宇宙服を脱ぎ捨てて、自分の生身の姿で外に出ていけるようになってね、ということです。思っているより、世界は広いよ、と」

翻訳AIという便利な装備を一度脱いで、自分の言葉で、目の前の誰かに話しかけてみる。文法を学ぶことのゴールは、テストの正解ではなく、現実で交わす最初のひとことでした。

英語は、暗記すべき規則の山ではなく、世界を見るもう一組の目だった。その目で見渡せば、世界は思っているより、ずっと広い

英語で世界を見るもう一組の目を手に入れた先には思っているより広い世界がある——時吉秀弥インタビュー連載最終回

***

全3回にわたって、時吉秀弥さんの新刊『とてつもなくおもしろい英文法の世界』(Gakken)を入り口に、英文法の「ものの見方」をたどってきました。逃げ出したくなる英語が、世界を広げるもう一組の目に変わる。その入り口として、ぜひ本書を開いてみてください。

とてつもなくおもしろい英文法の世界

とてつもなくおもしろい英文法の世界

  • 作者:時吉 秀弥/みつきさなぎ(絵)
  • Gakken
Amazon
【ライタープロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010 / 著書(amazon)