「やっぱりこうなると思っていた」——あなたも、そんなふうに過去の出来事を振り返ったことがあるかもしれません。しかし本当に、それが起こると「わかって」いたのでしょうか? もしかすると、結果を知ったいまだからこそ、そう思い込んでいるだけなのかもしれませんよね。
心理学では、こうした「物事が起きたあとで『そうだと思った』などと、まるでそのことが予測可能だったと考える心理的傾向のこと」を「後知恵バイアス」と呼びます。*1この思考のクセは、知らず知らずのうちにビジネスの場面で、意思決定の質やマネジメントに悪影響を及ぼすことがあります。
今回は、「後知恵バイアス」がもたらす影響と、それを乗り越えるための対策について解説します。
見えているつもりで見えなくなる——後知恵バイアスの正体
出来事の結果を知ったあとに「その結果は当然だった」「予想していた」と感じる心理的な傾向のこと。あとからなら何とでも言える思考の落とし穴です。
たとえば、以下のような例があります。
株価が急落したあとに「やっぱりバブルだったよね」と思う
プロジェクトが失敗したあとに「あの段階でうまくいかないってわかっていた」と言う
面接で落ちたときに「面接官の反応でなんとなくダメだと感じていた」と思う
これらの感覚は、あくまで「あとからなら何とでも言える」もの。実際には、その時点で本当に予測していたわけではありません。では、なぜ私達は後知恵バイアスにひっかかってしまうのでしょうか?
経済コラムニストで行動経済学に詳しい大江英樹氏は、その原因が「『あいまいな記憶』と『自分の能力への過信』」にあると語ります。*2
後知恵バイアスが生じる脳のメカニズム
1. あいまいな記憶
人は、「物事が起こる前に自分がどう考えていたか」をすぐに忘れてしまいます。
2. 整合性への欲求
人間の脳は、結果がわかったあとに「整合性のあるストーリー」を構築しようとします。
これは、不確実性からくる不安を和らげ、自分の理解力や判断力を保ちたいという心理的な欲求から来ています。このふたつの要因が合わさった結果、しばしば事実をねじ曲げ「過去を都合よく再構築する」ことにつながってしまうのです。
ビジネスの場で起こる「後知恵の罠」
後知恵バイアスは、ビジネスパーソンにさまざまなリスクをもたらします。
フィードバックの質が下がる
プロジェクトが成功したとき、「うまくいくと思っていた」と感じることで、運や偶然の要素を見落としがちになります。
逆に失敗したときも、「あのとき嫌な予感がしていた」と思い込むことで、本当に改善すべきポイントに目が向かなくなるのです。
起こり得るリスク:
同じミスを繰り返す、成長の機会を逃す
部下育成やチームのマネジメントが歪む
「それは予想できたはず」と部下に言ってしまうと、相手の思考過程や意思決定の背景を無視してしまうことになります。
結果、「正解を知っている人だけが評価される」という空気が生まれ、挑戦や意見の発信をしづらいチームになってしまうリスクがあります。
起こり得るリスク:
挑戦・成長しづらい組織文化ができてしまう
自己評価のズレが生まれる
後知恵バイアスは、「自分の予測は当たっていた」という誤った自己評価につながりやすいものです。過去の判断を実際よりも正確だったと記憶することで、自分の分析力や洞察力を過大評価してしまう傾向が生まれます。
これが、大胆すぎる投資判断や転職の失敗など、キャリア形成に長期的な影響を及ぼすことにもなりかねません。
起こり得るリスク:
適切に判断力を育てる機会を逃す
後知恵バイアスを乗り越えるための3つの思考習慣
では、どうすればこの「後知恵バイアス」に気づき、判断力を保つことができるのでしょうか。今日から実践できる3つの習慣を紹介します。
「その時点での情報」に立ち戻る
意思決定を振り返るときは、「そのとき自分がもっていた情報」に注目することが大切です。
- メモや日報、チャットのログなどを確認する
- 実際にどの選択肢を検討していたかを整理する
この作業により、「本当にその判断が妥当だったのか」を客観的に見直すことができます。そのためにも、日頃からやり取りの記録を残す、意思決定の過程を書き残しておくのがおすすめです。
未来に向けた「仮説思考」を鍛える
「こうなりそうだ」と思ったとき、その予測を言語化して記録しておきましょう。
結果が出たあとにその予測と照らし合わせて検証することで、後知恵バイアスを回避しながら思考の質を高めていくことができます。
具体例:
- 転職先に応募する前に、「入社後、半年以内に〇〇が実現できるはず」と仮説を立てる。入社半年後、その予測が合っていたか振り返る。
- 会議の前に「この提案は〇〇という理由で支持される可能性が高い」と予測する。会議後、その仮説が正しかったかを振り返る。
「予想が外れた理由」を言語化する
何かの予測が外れたときに、「なぜ外れたのか?」を言語化して分析する習慣をつけましょう。
チェックポイント 1
前提にしていた情報は正しかったか?
チェックポイント 2
見落としていた視点はなかったか?
これにより、単なる「当たった・外れた」で終わらせず、思考のメタ認知力を鍛えることができます。
思考習慣のポイント
- 習慣化がカギ — 一時的ではなく継続的に実践することで効果を発揮
- 記録を残す — 思考の変化を追跡するためにもメモやジャーナルを活用
- チームで共有 — 個人だけでなく、チーム全体で意識することでより効果的に
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私たちの脳は、「予測できたことにして安心したい」生き物です。しかし、ビジネスの世界では、その安心感が時に成長を止めてしまいます。
後知恵バイアスに気づくことは、自分の思考の限界を知ることであり、より賢く、柔軟に未来を切り拓くための第一歩です。「やっぱりそうだった」と思うときこそ、「本当にそうだったのか?」と問い直す。その一歩が、より深い学びと成長につながるのです。
*1 日本の人事部|後知恵バイアス
*2 PRESIDENT WOMAN Online|ダメな上司ほど「やっぱりな」と言う理由
柴田香織
大学では心理学を専攻。常に独学で新しいことの学習にチャレンジしており、現在はIllustratorや中国語を勉強中。効率的な勉強法やノート術を日々実践しており、実際に高校3年分の日本史・世界史・地理の学び直しを1年間で完了した。自分で試して検証する実践報告記事が得意。