
連載の第1回で、和田博信さんは「正しさは人を傷つける刃になる」と語り、第2回では「嫌われたあと、どう動くか」を説きました。嫌われることを恐れるな、と言い続けてきた人です。ところが、その和田さんが、最終回でこんな告白をします。
「さんざん嫌われることの大切さを語っておいて、それでも私は、嫌われたくないんです」
第1回の冒頭で、和田さんは「メンタルが強いわけじゃない」と言いました。最終回は、その地点に戻ってきます。嫌われることを引き受けると決めた人が、それでも嫌われたくないと願う。その矛盾を抱えたまま、どうすれば「いつも機嫌よく」いられるのか——。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
和田 博信(わだ ひろのぶ)
1977年愛知県生まれ。高知県育ち。sooupコンサルティング代表取締役。日本サムスン、三菱UFJリサーチ&コンサルティング、EY税理士法人を経て、2006年フルライン株式会社に参画、2016年sooupコンサルティング創業。現在は管理部門支援を行い、東レやロイヤルホテルなどの大企業からベンチャー企業まで、累計660社以上のコンサルティングに携わる。これまでに累計1000億円超の収益改善を実現し、3600件以上のクライアントの社内外で課題解決したノウハウを「落としどころの本質」として企業・団体研修も実施。高知県をこよなく愛しており、高知県に6年連続企業版ふるさと納税を行う。先天性心疾患を抱え、36歳のときに多臓器不全で生死をさまよう経験をして以来、人生をいかに効率的に生きるかを常に考えている。『いつも機嫌のいい人が考えていること』が初の著書。
機嫌のよさは、性格ではない
「いつも機嫌のいい人」と聞くと、生まれつき朗らかな、明るい性格の人を思い浮かべます。けれど和田さんは、それは性格の話ではない、と言います。機嫌のよさは、何かに対する向き合い方であって、無理に明るく振る舞う必要はない、と。
「ある芸能人の方が、朝は必ず、なるべく笑顔で挨拶する、と話していたんです。自分が嫌な顔をして、それが周りに広がっていくのが嫌だから、と。機嫌って、伝わっていくものなんですよね」
不機嫌は、その場の空気を伝って広がる。だったら、わざわざ負の要因を撒き散らす必要はない。明るくしようと気張るのではなく、ただ余計な不機嫌を持ち込まない。和田さんの言う機嫌のよさは、その程度の、肩の力の抜けた構えです。
「そこまで頑張らなくていいんです。フラットに、普通に、ちょっとだけ笑顔くらいで。それだけで、ずいぶん違いますから」
そもそも、大半の人は「機嫌よくいるほうがいい」とすら思っていない、と和田さんは見ています。だから、特別なことをしなくても、機嫌のよさをベースに置いているだけで、人との関わりは変わってくる。機嫌のよさは、才能ではなく、選べる構えだというわけです。
誰に心を注ぐかは、決めない
とはいえ、全員に機嫌よく接し、全員に好かれようとすれば、いくら時間があっても足りません。本当に向き合いたい相手に、心も時間も注げなくなる。では、誰に注ぎ、誰とは距離を置くのか。その線引きを、どう決めているのか。和田さんの答えは、意外なものでした。
「決めていないんです。会う頻度とか、連絡を取り合う頻度って、結局、自然に決まっていくんですよ。お互いに関わりたいと思っていれば、頻度は増えるし、そうでなければ、いつのまにか疎遠になる。それだけのことで」
「この人はもういい」と切り捨てるわけではない。逆に、無理に頻度を上げて関係を保とうともしない。そんなことをしていたら、いくら時間があっても足りないからです。疎遠になったら、なったで構わない。和田さんは、それを淡々と事実として受け止めます。
ここに、嫌われることへの構えが、そのまま表れています。嫌われた、疎遠になった——それを、感情で深刻に受け止めない。起きた事実として、ただ置いておく。
「相手が会いたくないんだろうな、と思ったら、自然にそうなる。それでいいんです。嫌われたという事実は、事実として捉える。そこに、感情をあまり持ち込まないようにしているんですよね」
誰に心を注ぐかを「決めない」のは、放任ではありません。関係の濃淡は、お互いの気持ちが決めるもので、自分がひとりで握りしめるものではない。そう手放しているから、和田さんは、人間関係に消耗せずにいられるのです。

読まなくていい空気が、ある
機嫌よくいることを、一番削るのは何か。和田さんは「空気の読みすぎ」を挙げます。空気を読みすぎると、思考が止まる。とはいえ、空気を一切読まない、というわけにもいきません。問題は、読むべき空気と、読まなくていい空気を、自分で仕分けられるかどうかです。
「枝葉末節の、本筋に影響しないことなら、無視してしまえばいい。でも、本当に重要なことは、逆にしっかり読まなきゃいけない。そこは、自分の価値観でちゃんと判断するんです」
大事なのは、流されないこと。すべての空気に等しく従うのではなく、これは読む、これは読まなくていい、と自分でジャッジする。多くの人は、その仕分けをせず、何でもかんでも読もうとして疲れていく。読まなくていい空気がある、と知っているだけで、消耗は減る。空気にのまれずにいられれば、それだけ機嫌は保ちやすくなります。
怒りには動じずとも、しょんぼりには流される
もっとも、自分でジャッジするのは、いうほど簡単ではありません。和田さん自身、空気にのまれて折れた経験を打ち明けます。会議で感情的に怒鳴られ、つい妥協案を出してしまった。第2回で語っていた「反射」を、自分がやってしまったのです。
とりわけ崩れやすいのが、相手がしょんぼりしたときだ、という話になりました。怒ってくる相手には身構えられても、半泣きで落ち込まれると、つい「もういいよ」と折れてしまう。誰しも覚えのある場面です。けれど和田さんは、それも怒りと同じ反射だと言います。
「怒りも悲しみも、相手が感情を吐き出している瞬間は、同じなんですよ。そして人間は、感情を出し続けることはできない。だから、出し切るのを待てばいいんです」
しょんぼりに流されて折れるのも、怒りに反応して言い返すのも、根は同じ。だから和田さんは、ここでも一拍置く。相手が出し切るのを待ってから、もう一度話し出す。
「アンガーマネジメントと同じです。相手が感情を出しているあいだは、こちらは待つ。喜怒哀楽、ぜんぶそう。出し切ったかな、というタイミングで、また話せばいいんです」
感情の波が引くのを待つ。それも、空気に流されないための、ひとつの仕分けです。

機嫌よくいるための「環境」を、整えておく
ここまでをいったん整理します。機嫌のよさは性格ではなく構えで、無理に明るくする必要はない。誰に心を注ぐかも、決めずに自然に任せる。空気も、読むものと読まないものを仕分ける。共通しているのは、機嫌よくしようと気張る話ではない、ということです。機嫌よくいるためにやるべきは、機嫌が悪くなる芽を、あらかじめ片づけておくこと。いわば、自分の機嫌の環境整備です。和田さんの戦略は、その整え方として読むと、すっきり通ります。
整えるのは、3つの面です。
人との距離を、近づきすぎず抱え込みすぎず
機嫌よくいられるかは、人間関係でどれだけすり減らないかにかかっています。和田さんは、全員に好かれようとはしません。近づきすぎず、目指すのは「ちょうどよく嫌われる」くらいの距離です。
「軽口の嫌味を、ちゃんと言ってもらえるかどうか、ですね。現場の方が、こちらに遠慮なく軽い嫌味を言ってくれる。その関係なら、ちょうどよく嫌われているな、と思うんです」
軽口を言ってもらえるのは、関係が生きている証拠です。逆に、ただ嫌われていると、相手は何も言ってくれなくなる。嫌われすぎれば軽口も消え、好かれすぎれば色を失う。そのあいだの、軽口を言い合えるくらいの距離が、すり減らない関係の目安です。同じく、引き受けすぎないことも、距離のうち。断るときは、断り方を誤れば関係が壊れます。
「断ることが、相手にとって、完全な拒絶にならないようにするんです。あなたを丸ごと否定しているわけじゃない、と伝わるように」
断るのは、相手の依頼であって、相手そのものではない。断る対象を、人ではなく事に限定する。それができれば、ノーと言っても関係は壊れません。近づきすぎず、抱え込みすぎない。この距離が、消耗を防ぎます。
自分の期待を、先に点検しておく
和田さんは、機嫌よくいるための問いを3つ挙げます。いま自分は、空気のために動いていないか。相手に期待しすぎていないか。いまの自分は機嫌がいいか。一番効くのはどれかと聞くと、「期待しすぎていないか」を挙げました。
「『いまの自分は機嫌がいいか』なんて、わざわざ自分に問うているときは、たいてい機嫌が悪いんですよ。本当に機嫌がよければ、問う必要すらない」
では、なぜ「期待」なのか。和田さんが現場で何度も見てきたのは、期待値が静かに膨らんでいく怖さでした。
「期待値が上がりすぎると、『前はやってくれたのに』となる。恋愛みたいなものですよ。勝手に期待して、勝手にがっかりして、あっという間に嫌いになってしまう」
「期待しすぎない」というと、ふつうは「相手に過剰な期待をさせない」という相手向けの話に聞こえます。けれど和田さんが指すのは、その裏側です。こちらが勝手に期待し、勝手に裏切られて、勝手に不機嫌になる。機嫌の悪さの多くは、自分の期待が生んでいる。だから、自分の期待のほうを先に点検しておく。これも、芽を片づける整備のひとつです。
否定を、重く受け取りすぎない
同じ「嫌われた」「否定された」でも、それをどれだけ重く捉えるかは、自分の側で決められます。和田さんは、否定を過剰にネガティブなものとして受け取りません。それがよく表れているのが、自分の本へのレビューに対する構えです。
「知り合いに『レビューをよく書いて』とは、お願いしていないんです。賛否がちゃんと出てくれないと、その本も、私自身も、魅力的じゃないと思うので」
賛だけを集めようとすれば、それは第1回で語られた「水」に戻ることです。誰からも嫌われない代わりに、誰からも好かれない、無色透明の一杯。否があるからこそ、賛も意味を持つ。否定を、自分を脅かすものとしてではなく、賛とセットの当たり前のものとして捉える。その認知の置き方が、否定に揺さぶられない機嫌を支えます。
距離を整え、自分の期待を整え、否定の受け止めを整える。機嫌のよさは、頑張って保つものではなく、保てる環境を先に整えておくものなのです。
賛否両論を、機嫌よく引き受ける
ここで、冒頭の告白が、もう一度効いてきます。さんざん嫌われることの大切さを語って、それでも嫌われたくない。その矛盾を、和田さんは消そうとしません。むしろ、抱えたまま機嫌よくいる。嫌われたくないけれど、嫌われることからは逃げない。賛も否も、両方を引き受ける。
誰からも嫌われない「水」になることは、誰からも好かれないことと同じでした。賛否両論を機嫌よく引き受けられる人だけが、誰かにとっての、忘れられない一杯になれる。それが、嫌われることをめぐる長い話の、最後にたどり着いた地点です。

【和田博信さん ほかのインタビュー記事はこちら】
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
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