シャンプー売り場でP&Gと花王を抜いたのは、創業17年の大阪の会社だった。BOTANISTとYOLUを作ったI-neの話【新人さんのためのマーケティング講座 Season9 vol.13】

BOTANISTとYOLUで花王・P&Gを抜いたI-neのIPTOS——ヒット率75%を生む仕組みとアート・クラフト・サイエンス哲学

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season9

Season8では「機能から情緒へのドメイン再定義」を20社の事例で深掘りしました。
Season9でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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ドラッグストアのシャンプー棚を思い浮かべてください。植物のイラストが描かれた透明ボトルのBOTANIST。くすんだ紫が目を引くYOLU。ここ数年で、すっかり見慣れた顔ぶれになりました。

この2つのブランドを運営しているのは、2007年に大阪で創業した株式会社I-ne(アイエヌイー)という会社です。*1

2023年3月、I-neはドラッグストア市場のシャンプー・リンスカテゴリーで、単月の販売金額メーカーシェア1位になりました。*2 単月・金額ベースという条件付きとはいえ、抜いた相手はP&Gや花王。何十年もこの棚の主役だった巨人たちです。そして同じ2023年、単月だけでなく年間でも、ヘアケア市場の企業別シェア日本1位を獲得しています。*1

しかも、一発ではありません。2015年発売のBOTANISTに続き、ヘアアイロンのSALONIA、そして2021年ローンチのYOLUは、わずか2年で累計販売数2500万個を突破しました。*1 *2 別のブランドで、別のコンセプトで、続けて当てているのです。

一発のヒットなら、運で説明がつきます。でも連発は、仕組みでしか説明できません。今回は、その仕組みを解剖します。

ヒットを、確率の問題に変える

最初の鍵は、「IPTOS(イプトス)」と呼ばれる独自のブランドマネジメントシステムです。

IPTOSは、商品企画から販売拡大までをIdea(着想)、Plan(企画)、Test(検証)、Online/Offline(ECローンチ・一部小売)、Scale(本格展開)の5段階で捉え、フェーズごとにKPIを設定してブランドの育成と管理を仕組み化したものです。*3

着想の段階では、社内アイデアコンテストなども使って幅広くタネを集めます。のちのYOLUも、この全社コンテストから生まれました。*4 企画の段階では、POS売上とKPIの相関から設計した独自の数理モデルで、目標シェアやパッケージ、配荷店舗数といったプランを検証する。*4 そこを通過したものだけがECや一部の小売で小さく世に出て、実際の数字で試されます。基準を超えたブランドだけが、全国の棚へ本格展開されるわけです。

この仕組みの効き目は、数字に表れています。2023年の販売予測では、BOTANIST、YOLUなど主要4ブランドの平均で予測精度94.6%。過去3年間に出したヘアケア新規ブランドのヒット率は75.0%です。*3 ここでのヒットとは、発売から2年間で累計売上高10億円以上という具体的な基準を指します。*3 新ブランドの4本に3本が10億円を超える。消費財の世界では、異様な打率です。

整理すると、小さく出す設計には三つの効果があります。

一つめは、打席が増えること。最初から全国展開に賭けるやり方では、一度の失敗が重すぎて挑戦の数を絞らざるを得ません。小さく出せば、リスクを抑えて何度も打席に立てます。

二つめは、失敗が損失ではなくデータになること。外れた企画の数字も蓄積され、次の数理モデルの精度を上げる材料になります。失敗するたびに、当てる確率が上がっていく構造です。

三つめは、需要予測が当たるようになること。予測が当たれば、在庫の山も機会損失も減り、小売店からの信頼も積み上がります。

天才の閃きを待つのではなく、打席数と確率でヒットを必然に近づけていく。I-neは2025年、このIPTOSにAIエージェントを組み込む共同研究も始めました。*5 仕組みそのものを、まだ進化させ続けています。

YOLUが「夜間美容」で市場を切り直した戦略——成分・髪質軸の棚に時間軸を持ち込み名前のない場所に市場を作る手法

数理だけでは当たらない。時間で市場を切る

ただ、ここで終わると話の半分です。仕組みがどれだけ精密でも、打席に立つ企画そのものが凡庸なら、当たりません。

YOLUを見てみましょう。コンセプトは「夜間美容」。「寝ているあいだにキレイをつくる」という発想で、多忙な女性の共感を集めました。*4I-neは、日本のヘアケアブランドとして最初に夜間美容というキーワードを世の中に提唱したと自負しています。*6

ここで注目したいのは、市場の切り方です。シャンプーの棚は長らく、しっとりかさらさらか、ダメージ補修か頭皮ケアか、つまり成分や髪質や機能で区切られてきました。YOLUはそこを、「夜」という生活の時間で切り直したのです。

時間で切ると、何が起きるか。既存のどの区分とも正面からぶつからない、名前のなかった場所に棚ができます。「寝ている間もケアしたい」という気持ちは前からあったのに、誰も商品にしていなかった。そこに旗を立てたわけです。BOTANISTが成分の優劣ではなく「ボタニカルな暮らし」というライフスタイルを提案して抜け出したのも、同じ型です。

面白いのは、この決断の経緯です。YOLUのコンセプト候補は最終的に3つに絞られ、生活者への購入意向調査で夜間美容は2位でした。それでもI-neは、1位のシルキーシャンプーではなく夜間美容を選んでいます。*4

I-neには「アート・クラフト・サイエンス」という哲学があります。アートは感性による意思決定、サイエンスは数字に基づく分析と改善、クラフトは質の高いものづくり。夜間美容を選んだ判断は、まさにアートです。*4

つまりこの会社は、数字で決める会社ではありません。数字で外れを見極め、最後の一手は感性で選ぶ。サイエンスが打率を支え、アートが打球を遠くへ飛ばし、クラフトがリピートを作る。仕組みとコンセプトは、どちらが欠けても連発にならない両輪なのです。

項目 従来の消費財メーカーの常識 I-neの構造
出し方 大きく作って大きく売り出す 小さく出して、当たったら広げる
失敗の扱い 失敗は損失 失敗はデータ資産
ヒットの源泉 担当者の才能と経験 仕組みと確率、最後の一手は感性
市場の切り方 成分・髪質・機能で切る 生活時間やライフスタイルで切る

ヒットを祈らず打席を設計する——I-ne流マーケティングに学ぶ小さく検証・撤退基準・失敗のデータ資産化の4つの問い

ヒットを祈らず、打席を設計する

この事例が新人マーケターに教えてくれるのは、「ヒットを祈るのではなく、打席と確率を設計する」という視点です。

大きな企画を一発で通そうとして、祈るような気持ちでローンチの日を迎える。多くの現場で起きていることですが、I-neの構造はその反対です。確認しておきたい問いを、四つ挙げます。

一つめ。その企画は、小さく検証してから広げられないか。SNSでの反応調査でも、限られた店舗でのテスト販売でも、本番前に数字を取る方法はたいてい見つかります。

二つめ。撤退基準を、始める前に決めているか。基準がなければ、外れた施策にずるずると追加投資してしまいます。やめる条件を先に紙に書いておくだけで、判断は軽くなります。

三つめ。失敗した施策の数字を、データとして残しているか。報告書の奥に葬るのではなく、次の企画の予測材料として参照できる形にしておく。失敗が資産になるかどうかは、記録の仕方で決まります。

四つめ。自分の市場を切る軸は、本当に業界の常識のままでよいのか。成分で切るのが当たり前の棚を、I-neは時間で切りました。あなたの業界の「当たり前の切り方」の外側に、名前のついていない場所が残っているかもしれません。

仕組みは、明日からエクセル1枚でも始められます。ヒットは祈るものではなく、設計するもの。この視点を持てたときから、企画の仕事は運のゲームではなくなるはずです。

新人マーケター向けI-ne事例まとめ——IPTOS・夜間美容・アートとサイエンスの両輪でヒットを連発する大阪発ヘアケアメーカーの全体像

 

【本記事のまとめ】

1. ヒットを、確率の問題に変える
I-neはIdea・Plan・Test・Online/Offline・Scaleの5段階にKPIを設定するブランドマネジメントシステム「IPTOS」で、小さく出して当たったものだけを本格展開する。予測精度94.6%、過去3年の新ブランドヒット率75.0%。打席が増え、失敗がデータ資産になり、需要予測が当たるという三つの効果が、連発を必然に近づけている。

2. 数理だけでは当たらない。時間で市場を切る
成分や髪質で区切られてきたシャンプー市場を、YOLUは「夜間美容」という生活時間の軸で切り直し、名前のなかった場所に市場を作った。購入意向調査で2位だった案をあえて選んだ判断は、同社の哲学「アート・クラフト・サイエンス」のアートにあたる。仕組みとコンセプトは、どちらが欠けても連発にならない両輪である。

3. ヒットを祈らず、打席を設計する
小さく検証してから広げられないか。撤退基準を先に決めているか。失敗の数字をデータとして残しているか。市場を切る軸は業界の常識のままでよいのか。この四つの問いを企画の前に置くだけで、仕事は運のゲームではなくなる。

よくある質問(FAQ)

IPTOSのような仕組みは、大きな会社でなくても作れますか?

作れます。原型はとてもシンプルで、「小さく試す」「進む・やめるの基準を先に決める」「結果の数字を必ず記録する」の三つです。高価なツールは要りません。企画ごとにテストの方法・合格ライン・実際の数字を書き込む表を1枚用意し、チームで運用し続けるだけでも、判断の質は目に見えて変わります。難しいのは仕組みを作ることではなく、外れた数字も残し続ける文化のほうです。まずは自分の担当施策から始めてみてください。

データで決める会社が、調査2位の「夜間美容」を選んだのは矛盾していませんか?

矛盾ではなく、役割分担です。数字の仕事は「外れを見極めること」で、突き抜ける一手を選ぶのは人の感性の仕事です。夜間美容は2位とはいえ、調査で一定の購入意向が確認されており、当落線は数字で越えていました。そのうえで、より独自性の強い案を感性で選んだわけです。数字を無視した賭けでも、数字への盲従でもない。検証で足場を固めてから、最後の一歩だけ感性で踏み出す順番が要点です。

小さく出している間に、競合に真似されませんか?

リスクはゼロではありませんが、小さく出す側に分があります。テスト段階の露出は限られており、競合が気づいて動き出す頃には、こちらには実売データと改善の蓄積があります。当たりと分かった瞬間に一気に本格展開へ切り替える設計なら、後追いより先に棚を取れます。むしろ危険なのは、真似を恐れて検証せずに大きく出し、外したときに撤退もできなくなることのほうです。スピードと学習の蓄積こそが、模倣への守りになります。

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社 代表取締役。
1977年生まれ、福岡県出身。同志社大学文学部英文学科卒業。2010年に株式会社恵学社(現・株式会社イングリッシュカンパニー)を創業。2014年に学習メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ、編集長を通算10年以上務める。STUDY HACKERは最大で月間500万PV、STUDY HACKERのInstagramは月間700万PV、フォロワー28万人(2026年10月7日時点)。2026年に新恵社を設立し、自社のメディアで読者と直接つながる「広報のD2C」を掲げる。著書に『勉強の戦略』(朝日新聞出版)など。
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