一般的に、ビジネスパーソンの読書量は減少傾向にあると言われています。その背景にはさまざまな理由がありますが、著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)が話題となっている作家で文芸評論家の三宅香帆さんは、その最大の要因として「いまの働き方」を挙げます。そもそも、ビジネスパーソンにとっての読書の重要性はどのようなところにあるのでしょうか。多忙ななか、読書量を増やすコツとあわせて解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
三宅香帆(みやけ・かほ)
1994年1月12日生まれ、高知県出身。作家、文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。大学在学中に、京都・天狼院書店の店長に就任。2017年、大学院在学中に著作家としてデビュー。『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『30日de源氏物語』(亜紀書房)、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)、『刺さる小説の技術』(中央公論新社)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
読書が難しくなっている背景にあるのは、「いまの働き方」
私は現在、作家、文芸評論家として活動していますが、大学院を出たあとは会社員としてIT企業に勤めていました。そこでの仕事自体は楽しかったのですが、社会人1年目に「そういえば、最近まったく本を読んでいないな」という思いが頭をよぎったのです。
子どもの頃から本好きで、本について勉強したくて文学部に進学したほどの文学少女だったのに、週に5日、毎日9時半から20時過ぎまで会社にいる毎日のなかで、いつの間にかまったく読書をしなくなっていたのです。
そう感じていたのは、私だけではないようでした。本好きの友人たちからも、「働いていると、なかなか本を読めなくなるよね」といった話はよく聞いていたのです。また、最終的に会社を辞めてゆっくりと本を読める時間がとれるようになった頃、「あのまま会社員を続けていたら、これほど本を読めていなかった」「会社で働きながら十分に本を読むのは、あまりに難しい」といった私の考えや経験をネット上に綴ったところ、同じように「私も働いているうちに本を読めなくなった」という声がたくさん寄せられました。
社会人が本を読むのが難しくなっている要因のひとつには、「いまの働き方」があると感じています。「働き方改革」のほか、コロナ禍によってリモートワークが広まったのもあり、オフィスにいる時間は以前より減少しています。その一方、インターネットやクラウドサービスなどの普及によりオフィスにいなくても仕事ができるようになったため、就業時間外でも仕事をすることが増えているのです。
しかも、終身雇用制や年功序列制が崩壊したと言われるなか、休日であっても転職に向けての勉強をするなど、仕事について考えている時間が、かつてないほど多くなっているのではないでしょうか。つまり、仕事以外の情報をインプットする余裕がなくなっているのです。
読書のよさは、「周辺知識」をインプットできること
そもそもの話になりますが、読書が仕事に与える好影響、読書の重要性とはどのようなものだと思いますか? 私は、「自分が欲しい情報の周辺にある知識をインプットできる」点にあると考えています。
自分が知りたいことについての本を読むと、たとえばその情報の背景や歴史的な文脈など、直接的に知ろうと思っていたことではないけれど、「実際に知ってみたらおもしろい」といった、いわば「ノイズ」のような情報も得られます。読書をした時点ではなんの役にも立たないように思える知識でも、あるタイミングで「この仕事は、あのとき読んだことと関連があるぞ」というかたちで力になってくれることも少なくないはずです。
インターネットでの検索では、この現象はなかなか起きません。検索をすると、知りたい情報にストレートに行き着いてしまうため、周辺知識を目にする機会がほとんどないからです。
この傾向は、じつは本自体にも表れつつあると感じています。最近の売れている自己啓発書やビジネス書を見ると、「物事を、自分にコントロールできることとコントロールできないことに分けて、コントロールできることだけに注力しよう」「それ以外は無駄だ」といった内容のものがとても多いようなのです。「ノイズをできるだけ排除しよう」という考えです。
かつてなら、読書を通じてノイズも含めた教養を得ることが、そのまま出世につながる時代もありました。しかし現在は、ノイズを排除し、できるだけ多くの営業活動を行なうなど「行動」することこそが出世に必要なものだと、多くの人が考えているのです。
「ノイズをできるだけ排除しよう」という考えが広まっているのには、仕事観の変化も影響しているかもしれません。高度経済成長期のように、国や会社が豊かになるのが最重要で、それが個人の幸せにもつながると考えられていた時代もありました。でもそこには、個人が「好きなこと」「やりたいこと」を犠牲にしていたこともあったはずです。
でも、いまは個人がそれぞれの幸せのかたちを探し、自己実現のために「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にする時代です。そんななか、「好きではないこと」や「知りたくないこと」に対する拒否反応が強まり、ノイズが含まれた本を敬遠する風潮もあるのだと思います。
ただ、先に述べたように、読書本来のよさは、それこそノイズと言える周辺知識のインプットにあると考えます。多忙ななかでも、そんなノイズに触れる余裕をもつのは必要だと思いますし、そのためにできることはあるはずです。
本好きの人にこそ、紙の本ではなくタブレットがおすすめ
そうするために、私自身が実践してきた方法を紹介しましょう。いくつかの方法がありますが、ここでは「タブレット端末を買う」というのをおすすめします。
これは、私にとって革命的でした。私自身もそうでしたが、本好きには紙の本にこだわる人が多いようです。しかし紙の本だと、机に向かって本を開き、「よし、これから本を読むぞ!」といったなんらかのとっかかりとか気合のようなものが必要になりがちです。
でも、タブレットは、紙の本と比べてすきま時間に読むのに適しています。ソファで寝っ転がっていても、立ちっぱなしの電車のなかでも、どんな体勢でも読みやすいからです。ちょっとしたすきま時間に気軽に読書ができるため、タブレットを買ったことで忙しいなかでも読書量が大きく増えました。
もちろん電子書籍はスマホでも読めますが、やはり少し文字が小さくて読みづらいですから、iPadやKindleなどのタブレットがいいですね。
また、本を置くスペースが不要であるのも、タブレットのいいところでしょう。漫画がその典型ですが、紙の本でシリーズものをすべて集めるとなると、それらを置くためにかなりのスペースを要します。そう考えると、むしろ本好きの人のほうが、タブレットを活用したほうがいいと言えそうです。
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