
転職サイトに登録して、求人票を上から眺めていく。「未経験可」の4文字を探しながら、心のどこかでこんな声がよぎる。
——自分は経験が浅いから、どうせ不利なんだろうな。
その感覚は、半分は当たっています。けれど、その「半分」を「すべて」だと思い込んだ瞬間に、転職はつまずきやすくなります。
そしてこれは、いま転職を考えていない人にとっても、無関係な話ではありません。
3,000人以上のキャリア相談に向き合ってきた石渡一輝さん(株式会社オンライズ代表取締役CEO)は、転職でつまずく原因の多くは経験の量ではなく、別のところにあると話します。
石渡さん自身、高卒で医療事務員として働き始め、通信会社の飛び込み営業、未経験者をエンジニアに養成するスクール「DMM WEBCAMP」(DMM.comグループ)での人材事業を経て、起業した人物。異なる業界・職種を渡り歩きながら、そのつど成果を出し直してきた当事者であり、いまは若手を中心に、毎月数百人規模の転職相談に向き合う観察者でもあります。
その両方の目から見えてきた、転職の本当のつまずきどころを聞きました。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
石渡 一輝(いしわた かずき)
埼玉県秩父市出身。株式会社オンライズ代表取締役。高校卒業後、医療機関の事務職に就き6年間勤務。その後、通信業界で訪問営業を2年経験し、IT・Web領域へ転身。DMM.com Groupではwebマーケティング領域とエンジニア領域におけるキャリア支援、新規事業の立ち上げなどに携わる。人材紹介部門の責任者としてチームを牽引し、社内アワードも多数受賞。2021年4月に株式会社オンライズを創業。現在は若手特化の転職支援とキャリアコーチングを手がけている。
X: @watata_life
- 採用する企業が、本当に見ているもの
- つまずきの正体は「現在地のズレ」
- 効かないものに、力を注いでいないか
- 弱みは、裏返すと強みになる
- 求人票を開く前に、やるべきこと
- これは、転職を考える人だけの話ではない
採用する企業が、本当に見ているもの
求人票にも面接にも、「経験」「即戦力」という言葉が並びます。だからこそ多くの人は、自分の薄い職歴を前にして気後れしてしまう。
けれど石渡さんによれば、採用側がその言葉の裏で見ているのは、経験そのものではないといいます。
「特に未経験のポテンシャル採用をしている企業が見ているのは、ふたつです。素直さと、話しているエピソードに裏付けがあるかどうか」
ここでいう素直さは、言われたことをただ受け入れる従順さとは違います。「一度ちゃんと受け止めたうえで、『自分はこうしたい』と意見を言えるか。そこを見ている企業は多い」。
もうひとつの「裏付け」は、志望動機が借り物でないかに表れます。たとえば同じ「エンジニアになりたい」でも、「IT業界が伸びていて、そこで成長できると思うから」と語る人と、「昔から何かをコツコツ組み立てるのが好きで、だからコードを書いて組み立てる仕事に惹かれる」と語る人がいる。
後者には、その人自身の体験という裏付けがあります。「同じ志望動機でも、企業の納得感がまったく違うんです」と石渡さんは言います。
接客しか経験のない人に「営業にチャレンジできますよ」と門戸を開く企業も増えている。経験の薄さは、思っているほど致命傷にはなりません。
問題は別にあります。

つまずきの正体は「現在地のズレ」
決まる人と決まらない人を分けるものは何か。石渡さんの答えは明快でした。
「自分の現在地がわかっているかどうか、です」
現在地がわかっているとは、これまでのキャリアや能力だけでなく、足りていない自分もちゃんと見えている、ということ。その自己認識がある人は、「次の会社ではここを身につけにいく」と道筋を描けます。
そして、現在地が見えている人は、妙なプライドを持っていないことが多い、とも石渡さんは付け加えます。逆に現在地を見誤った人は、実力とかけ離れた場所をいきなり狙って、跳ね返されてしまう。
興味深いのは、この高望みが転職の場面でだけ起きる、という指摘です。
「恋愛だと、好きなモデルやアイドルがいても、その人と付き合えるとは普通は思わない。家探しでも、『駅近・新築・広い・家賃が安い・ペット可』が全部そろう物件はまずないとわかっている。なのに転職だけは、なぜか希望をそのまま突き通そうとしてしまう人が多いんです」
恋愛や住まいでは身の丈をわきまえられる人が、転職では現在地を見失う。これが、転職でつまずく最大の落とし穴です。
経歴が立派なら安心、というわけでもありません。たとえば有名企業を辞めて次の有名企業を目指す。減点されるような経歴ではない。
それでも「なぜこの会社なのか」に本当の意味で答えられない人は落ちていきます。「なんとなくいまの仕事に飽きて、こっちがおもしろそうだから——その最初の動機は悪くない。でも、そこに自分なりの理由を積み上げていかないと、何万人も見てきた人事には見抜かれてしまう」。
職歴の華やかさは、現在地の正確さの代わりにはならないのです。
効かないものに、力を注いでいないか
現在地を見誤った人は、ずれた方向に努力を重ねてしまう。その典型が「資格」だと石渡さんは言います。
「簿記など専門職の資格はあったほうがいい。でも、ビジネスに役立ちそうだからとMOSなどを取っても、転職で効くかというと、そうでもないことが多いんです」
それでも資格に人気が集まり続けるのは、SNSの影響も大きい。「『絶対に必要な資格◯選』のような投稿は伸びますから」。
役立つ資格と、見映えだけの資格。その線引きがつかないまま、努力の方向がずれていきます。とりわけ、AIが肩代わりし始めた領域のスキルを資格で固めても、市場での効き目は年々薄れていきます。
自己分析にも、似た落とし穴があります。「ワークをやって『自分はこういう人間だ』とわかった気になって満足してしまう。でも、それが具体的な仕事と結びついていないことがとても多い。自己分析をしたからといって、高い壁を登れるわけではないんです」。
大事なのは、自分を知ることそのものより、その自己理解を市場や仕事と結びつけることです。

弱みは、裏返すと強みになる
では、薄い職歴しかない人は、自分の何を語ればいいのか。鍵は、弱みだと思い込んでいるものの裏側にあります。
「弱みの反対側は、たいてい強みなんです。僕は計画を緻密に立てるのがとても苦手で。裏側まで考えて組み立てるのが苦手なぶん、行動でなんとかするタイプなんです。それは弱みかもしれない。でも『計画がなくても動ける』というのは、見方を変えれば強みでもある」
人は弱みのほうをよく自覚しています。「自分はこれがダメで」と。けれど同じ性質を反対側から言い直すと、ある仕事ではまっすぐ価値に変わる。
強みがわからなければ、「何をしているときが楽しいか」から掘ってみるといい、と石渡さんはすすめます。ひとりで黙々と取り組むのが好きなのか、人と協力するのが好きなのか。協力する場面でも、声をかける役か、まとめる役か。
楽しさの輪郭をたどると、隠れていた強みが見えてきます。
求人票を開く前に、やるべきこと
最後に、いま転職を考え始めた人ができることを聞きました。答えは、求人票を開くより前の段階にありました。
多くの人は、転職を思い立つとまず転職サイトに登録し、条件で求人を絞りこんでいく。けれど石渡さんは、その前にやるべきことがあると言います。
「まず、なぜ辞めたいのかを掘り下げてほしい。給料か、人間関係か、スキルがつかないことか。そして、それを変えてどうなりたいのかまで考える。転職はゴールではなく、人生の通過点ですから」
「嫌だ」の裏には、たいてい「本当はこうありたい」が隠れている。そこを先に洗い出してから、ようやく「どんな会社か」を考える。多くの人は、この順番が逆になっています。
見せ方に自信がない人への助言も、肩の力が抜けるものでした。
「話し方の癖は数十年かけて身についたものなので、すべて直す必要はない。意識できることだけ意識すればいい。それより、『その仕事をやりたい』という自分の体験に根ざしたエピソードを語れるかどうかです」。
語る中身が薄いからこそ、見た目や話し方ばかりが気になってしまう。掘り下げが足りていれば、話を「盛る」必要などないのです。

これは、転職を考える人だけの話ではない
石渡さんは、これからの数年で、働く人がキャリアと向き合う前提そのものが変わると見ています。
「意思を持っていないと、AIに食われると思うんです」
事務作業や定型的な営業はAIに置き換わり始め、ホワイトカラーの一部から仕事が消えていく。
一方で、現場で人の手を必要とする仕事の価値が見直されています。施工管理や配達、介護といったノンデスクの領域は、むしろ人手が足りていない。
「タクシーも、実働で月13日ほどで50万円稼げたりする。きつそうというイメージが先行していますが、実態は違うんです」。アメリカでは配管工のようなブルーカラーで富を築く人も現れていて、その波は日本にも少しずつ届き始めています。
アメリカではいま、AIによる「大失業」が現実味を帯び始めています。日本にも、その影響はじわじわと及んでいる。
つまり、これは転職を考えている人だけの話ではありません。この先も同じ会社にいるつもりの人も、いずれ否応なく、自分の市場価値を問われる場に立たされます。「経験より現在地」という話は、いますぐ動くつもりのない人にこそ、効いてくるのです。
問われるのは、結局「自分はこれがやりたい」と意思を持ち、状況が変わっても動き直せるかどうか。経験の量ではなく、変わり続けられること自体が価値になる時代が来ています。
「経験が浅いから不利」。その思い込みを手放すところから、これからの働き方は変わりはじめます。
手元の職歴が薄いことより、自分の現在地が見えていないことのほうが、ずっと不利なのですから。

【石渡一輝さん インタビュー連載(全2回)】
- 第1回 AI時代、転職で本当に効くのは「経験」ではない──3,000人を見たプロの結論(本記事)
- 第2回 かつて何も選べなかった少年が、「行動が人を変える」と語るキャリアのプロになるまで(※近日公開)
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
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