限られた時間のなかで働きながら勉強をしなければならない社会人にとって、いかに効率的に勉強の成果を挙げるかは大きなテーマです。そうするための方法にはどのようなものがあるでしょうか。
その答えのひとつに「予習」を挙げるのは、認知心理学をベースに効果的な学習法を研究している学習院大学文学部教授の篠ヶ谷圭太先生。忙しい社会人のなかには「予習なんてしている時間はない」という人もいそうですが、予習が勉強の効率化に有効な理由を教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
篠ヶ谷圭太(しのがや・けいた)
1982年2月4日生まれ、東京都出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。慶應義塾大学先導研究センターパネル調査共同研究拠点研究員、日本大学経済学部教授を経て、2024年4月より学習院大学文学部心理学科教授。専門は教授・学習心理学。認知心理学に基づいて、教育現場と協働しながら効果的な学習法や指導法を研究している。著書に『予習の科学 「深い理解」につながる家庭学習』(図書文化社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
予習の有無によりテスト結果に生まれた大きな差
私たち人間は、頭のなかにある知識を使って物事を理解します。ですから、知識が不足していれば物事を深く理解することができません。そのため、オンラインの語学講座を受ける、講演を聴く、研修に参加するといった本学習の前に、「予習」によって予備知識を得ておくことが学習効果を大きく高めてくれます。
その効果は、私が中学生を対象に行なった歴史の実験授業でもはっきりと示されています。ひとつのクラスの生徒たちには、私の解説授業の前に「先にちょっと教科書を読んでおいてね」と言って予習をしてもらいました。その時間は、わずか5分です。
もうひとつのクラスでは、予習なしで解説授業に入ります。ただし、インプットされる情報量をそろえるため、予習なしのクラスの生徒たちには授業のあとに5分間、教科書を読んでもらいました。
そのあとでテストをやってみると、統計的に有意な差が両者に見られたのです。好成績を残したのは、もちろん予習をしたクラスです。テストは、授業に登場した出来事の名称や人名といったキーワードを書かせる問題と、「なぜその出来事が起きたのか」といった因果関係を説明させる記述問題の2種類を実施しました。
結果に差が見られたのは、後者の記述問題です。予習をしなかったクラスの生徒たちも、授業の直後であれば授業に出てきたキーワードはなんとか答えることができましたが、「なぜ?」といった問いには十分に答えることができませんでした。予習による予備知識がなかったために、授業内容を深く理解できなかったからです。
予習では、「わからないことがわかる」だけでいい
もちろん、両者の差は、記憶という点でも時間が経つほどに大きく開いていくと考えられます。
「なぜ?」まで押さえることができていない記憶はなかなか定着しません。授業直後には答えられたキーワードも、いわば意味を理解できていない文字の連続のようなものですから、あっという間に忘れていくでしょう。一方、「なぜ?」まで押さえることができていて、「そういうことか!」と納得できた情報は強く記憶に残り、思考に使える知識となります。
ですから、「社会人で時間がないから予習をしない」ではなく、逆に「時間がない社会人だからこそ、効率的に勉強の成果を挙げるために予習をしよう」と考えるべきだと言えます。
そもそも、予習について難しく考える必要はありません。私が行なった実験授業で生徒たちに与えた予習時間はわずか5分です。記述内容の大枠をざっとつかむだけ、あるいはテキストの目次を読むだけでも、予習をしない場合と比べたら大きな差が生まれます。
小中学校などの先生たちと接していて感じるのは、「子どもたちが予習で理解できるはずがない」「わからないのだから子どもたちがつらい思いをするだけだ」と考える先生が意外なほど多いということです。
しかし、私に言わせれば、「予習ではわからなくていい」「むしろわからないところを見つけておけばいい」のです。概略をなんとなくつかんで、「ここがわからない」「ここについてはもう少し知りたい」といったところを押さえておけば十分。それにより、本番の授業では「そういうことか!」と、予習をしない場合と比べて理解度が格段に高まるからです。
予習による「効果」は、普段の勉強の質に表れる
でも、そういった予習をしても「効果をあまり感じられない」という人もいるかもしれません。そういう人は、「効果」の認識を誤っている可能性があります。学校でいえば中間テストや期末テスト、社会人の場合なら資格試験の模試などの「点数」が上がるのを予習の効果ととらえているようなケースです。
もちろん、きちんと予習を続けていけば、最終的にはそういった効果も間違いなく生まれます。しかし、勉強は長い時間をかけて取り組むものです。点数が上がるには、一定の時間がかかることは覚悟しておかなければなりません。
試験の点数が上がる以前に、予習の効果は普段の勉強のさまざまな場面で必ず実感できるはずです。以前、私が共同研究で関わっている小学校の授業を見学したときのこと。先生が、「ところで、予習にはどういう意味があると思う?」と子どもたちに聞いたのです。
すると、「先生の説明がわかる」「友だちの意見がわかるようになった」、あるいは「グループでの話し合いで発言できるようになった」「授業中に質問ができるようになった」といった答えが次々に返ってきました。予習をしていることで、先生の説明や友だちの意見をきちんと理解できるようになったため、これまでグループで発言ができなかった子も自分の意見や疑問を言えるようになったのです。子どもたちのこうした発言から、予習の効果は日々の学習のさまざまな場面に表れることがわかるかと思います。
もちろん、その結果として授業の理解度も大きく高まっているはずですし、そのような勉強を続けていけば、長期的に見たときにはそれこそテストの点数アップのような効果にも必ずつながるでしょう。
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