大小の違いはあっても、ビジネスパーソンであればなんらかの「目標」をもっているでしょう。でも、その目標実現への道のりに「過剰な努力」が必要だとしたら、残念ながら目標実現の可能性は低いと言えます。
ビジネスコンサルタントとして多くの企業の支援を行なう三坂健(みさか・けん)さんは、「目標達成へのシナリオは『努力を前提としない』ものでなければならない」と言います。目標実現力を大きく向上させる「戦略的思考」の基本を解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
目的・目標をもつ人に求められる戦略的思考
著書などを通じて私が提唱している「戦略的思考」は、「何かを成し遂げたい」人に求められる思考です。
成し遂げたいものは、「目的・目標」と言い換えていいでしょう。その内容は人や組織それぞれ。あるアウトドア用品メーカーなら、起業時から「人間と自然との共生」を理念——つまり、目的・目標として掲げています。個人でも、「この会社で出世して社長になりたい」「将来は独立して起業したい」など、それぞれに目的・目標がありますよね。
そして、その「目的・目標に到達するためのシナリオを立てる思考」こそが、戦略的思考です。そのため、そもそもの前提として「目的・目標を成し遂げたい」という強い思いがない人には必要ない思考とも言えます。
ただ、「戦略」というと、「作戦」だとか「戦術」といった似た言葉と混同されがちです。ここで、いったんそれらを整理しておきましょう。以下の図は、私が考える戦略と作戦、戦術などとの違いを表しています。
【「戦略」と「作戦」「戦術」の違い】
ご覧いただければ一目瞭然でしょう。「戦略」が目的・目標に到達するためのシナリオであるのに対し、そのシナリオのなかに位置づけられる各プロジェクトが「作戦」。そして、その各プロジェクトを成功に導くための施策が「戦術」となります。もちろん、その戦術をさらに細分化すると、施策を具体的に動かす活動である「具体的アクション」もあります。
「努力を前提としない」戦略こそが、よい戦略
この戦略的思考を私がすすめる理由のひとつに、「よい戦略」を考えられる人は「努力に依存しないで目的・目標に到達できる」ことがあります。「努力に依存しない」とは「努力が必要ない」ことではありません。「努力を前提としない」ということです。
組織を率いている経営者やリーダーが、チームのメンバーが多くの残業をしなければならないような努力を前提とする、メンバーに無理な努力を強いるシナリオを描くことは望ましくありません。努力とは、メンバーそれぞれに自分の意志で主体的にしてもらうものだと位置づけるべきです。
メンバーの努力を前提にしすぎると、メンバーの努力次第で結果が大きく変わってしまうことになります。メンバーがいつも最高のコンディションでいられればいいですが、必ずしもそうとは限りません。結果的に目的・目標に到達できる確率も下がってしまうでしょう。こんなシナリオはいいシナリオとは言えません。
だからこそ、「よい戦略」を練るときには、「自分も含めた組織のメンバーが過剰な努力をしないで目的・目標に到達するにはどうするべきか?」と考えることが大きなポイントのひとつとなります。
よい戦略に欠かせない3つの要素
このことを突き詰めていくと、よい戦略に求められることは大きく3つの要素に分けられます。1つは、「目的・目標にまで到達する内容」になっていること。
当たり前のことに思えるかもしれませんが、たとえば、富士山に登頂したいと考えているのに、8合目に到達するまでの道のりしか描かれていないといったシナリオもよく見られるものです。8合目以降はメンバーの努力次第、といったかたちでシナリオが不足しており、ゴールまでの道のりをきちんと想定できていませんから、これではやはり目的・目標への到達確率は下がってしまいます。
よい戦略に必要な2つめの要素が、「状況や課題の分析がしっかりできている」ことです。富士山に登るのに、どのルートが登りやすいだとか、どの季節が登りやすいのか、どんな気候でどんな装備が必要なのかといった分析をしていなかったらどうでしょう? これもまた頂上にまで達することは難しくなるでしょう。
最後の3つめが、「できるだけ競合相手と戦わない内容」になっていることです。行列が絶えない人気ラーメン店に混雑するランチタイムに行っても、昼休み中に食べられるかどうかは運次第です。当然、競う相手が少ない時間帯を狙って行くことが賢明です。
逆に言うと、「悪い戦略」とは、目的・目標にまで到達する内容になっておらず、状況や課題の分析もできておらず、競合相手と戦うことが前提となっている戦略となります。
「見えているもので考えない」視点が、よい戦略を生む
では、どうすれば「よい戦略」に必要な要素を満たすシナリオを考えることができるでしょうか。先に述べた3つの要素のうち、特に難しいのは、3つめの「できるだけ競合相手と戦わない内容」を満たすことでしょう。ビジネスプランを考えるにも、これまで誰も考えていない、周囲を出し抜くようなプランはそう簡単に生まれるものではありません。
そこで、「見えているもので考えない」という視点をもってみてください。私たちは、つい見えているもので考えがちです。そうすると、思考の幅を狭めてしまいます。
なんらかの困り事を抱えている人は、ビジネスのお客さまとなりえます。でも、すでに困り事を抱えている人は、競合相手にも見えていますよね。その人をお客さまとしてビジネスを考えてみても、必然的に競合相手と戦うシナリオとなってしまいます。
そうではなく、「いまは誰にも見えていないお客さまはいないか?」といった視点をもつのです。そういった潜在的ニーズを発掘することができれば、競合相手と戦うことなくひとり勝ちできる、それこそ過剰な努力などする必要のないシナリオを描けます。
あるいは、「見えているもので考えない」という視点は、リソースに対しても向けるべきです。「与えられた予算の範囲でなんとかしよう」ではなく「工夫次第で予算を増やせないか」、「付き合いのあるあの人に協力をお願いしよう」ではなく「もっと適した人材を新たに探してみよう」のように、すでに目の前にあるものから考えず、あくまでも到達したい目的・目標から逆算して考えてみてください。そうすれば、思考の幅とともにシナリオの幅も広がり、それにともなって目的・目標への到達確率も上がっていくでしょう。
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【プロフィール】
三坂健(みさか・けん)
1977年生まれ、兵庫県出身。ビジネスコンサルタント。株式会社HRインスティテュート代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業後、安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業などに携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。2020年1月より現職。企業向けの経営コンサルティングを中心に、組織・人材開発、新規事業開発などさまざまな支援を行なっている。また、各自治体の教育委員会、国立高等専門学校における指導・学習支援にも積極的に関わっている。主な著書に『戦略的思考トレーニング 目標実現力が飛躍的にアップする37問』(PHP研究所)、『人材マネジメントの基本』(日本実業出版社)、『「印象」で得する人、損する人』(PHP研究所)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。