「お行儀のいい大学広報」を捨てた近畿大学に、何が起きたのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season8 vol.9】

近畿大学の革新的マーケティング戦略:23万人超の志願者を獲得するブランディング

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season8

Season7では「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を20社の事例で深掘りしました。
Season8でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【全20回まとめ】|▶ Season 4【全20回まとめ】|▶ Season 5【準備中】|▶ Season 6【準備中】|▶ Season 7【準備中】

2026年3月、近畿大学が2026年度入試の最終結果を発表しました。一般入試志願者数174,436人(前年比111.0%)・総志願者数234,245人——いずれも2年連続で過去最多を更新し、一般入試志願者数で私立大学首位を奪還しました。*1

そして同月27日、受験生向け大学案内の紙冊子(年間17.5万部)の発行を終了し、Webサイト「KINDAI GRAFFITI」とInstagramに完全移行するという衝撃の発表。*2

少子化が極まる2026年において、なぜ近畿大学だけがこれほどまでに若者を惹きつけ続けるのでしょうか。

「教育機関」の枠を飛び越え、自らを「ニュースメーカー」と定義する

近畿大学の広報戦略を理解するうえで最も重要な問いは、「この大学は自分たちを何だと定義しているか」です。

「近大マグロ」——本マグロの完全養殖を世界で初めて成功させた近畿大学水産研究所の成果は、文部科学省の報告書よりも夕方のニュースで語られるべき「話題」として設計されていました。*3 お正月に打つ大胆な自虐・挑戦型の新聞広告もそうです——あれは受験生への情報伝達ではなく、「近大というブランドが今年も尖っている」というシグナルを社会全体に発信するメディア行為です。

2025年の創立100周年、2026年春の「おおさかメディカルキャンパス」における看護学部新設——これらもすべて「大学が進化し続けている」というナラティブを補強するコンテンツとして機能しています。*1

近畿大学が体現しているのは「大学は教育機関である以前に、若者が共感できるカルチャーの発信源でなければ選ばれない」という命題です。

項目 従来の大学 近畿大学
自社の定義 学問と研究を教授する「教育機関」 話題を提供し続ける「ベンチャーメディア」
広報のアプローチ 偏差値や実績をお行儀よくアピール ド派手なPRと「実学」のニュース化
受験生との接点 分厚い紙のパンフレット・対面説明会 「紙廃止」・KINDAI GRAFFITIとSNS特化
2026年の立ち位置 少子化による定員割れの恐怖と戦う 23万人の志願者を動かす絶対的トップランナー

近畿大学の紙廃止戦略:デジタルファネルとSNS特化による受験生獲得

「紙の廃止」という覚悟——スマホネイティブの動線に最適化されたデジタルファネル

2026年3月27日の「紙のパンフレット廃止」は、受験業界に衝撃を与えました。年間17.5万部を印刷・配送してきた大学案内冊子を廃止し、Webサイト「KINDAI GRAFFITI」とInstagramに完全移行——この決断の背景にある思考は明快です。*2

「若者は紙を読まない、スマホでリアルな姿を見る」

KINDAI GRAFFITIのコンセプトは「リアルなキャンパスの雰囲気を伝える」こと。2015年からカルチャー誌『TOKYO GRAFFITI』とコラボして在学生をゲリラ撮影したファッションスナップを掲載してきた実績を、Webとインスタグラムに完全移行しました。*2 人気インフルエンサーとのコラボレーション投稿も実施しており、受験生が「ここに通っている自分」を想像できるコンテンツを設計しています。

さらにこの動きは、近畿大学が日本で先駆的に導入した「完全インターネット出願(エコ出願)」という文脈と一体です。*2 SNSでの認知→WEBサイトでの情報収集→出願まで、スマホ一本で完結する美しいデジタルファネルが完成しています。出願の手間を極限まで削ることで、「面倒だから後でいいや」という離脱を防ぐ——これが女性志願者57,065人(前年比120%増)という数字に表れています。*1

業界の当たり前を疑う:近畿大学が実践する変化の象徴としてのマーケティング

業界の「当たり前」を疑い、「変化の象徴」になれ

近畿大学の事例から学べる最も重要な視点は、「業界の慣習を疑うことで競合が追随できない独走状態を作れる」ということです。

あなたの業界の「当たり前」——カタログを作る、お堅い言葉で語る、対面説明会を開く——に、無意識に縛られていないでしょうか。多くの大学が「紙のパンフレットを送ることが受験生へのサービスだ」と信じて疑わなかった間に、近畿大学は「若者の本当の情報収集経路はスマホとSNSだ」という冷徹なインサイトに従って行動しました。

「近大マグロ」「ド派手な正月広告」「紙廃止」——これらはすべて孤立したアイデアではなく、「常に変化し、話題の中心にいる大学」というブランドの一貫したナラティブの断片です。その一貫性が「ここに入れば何か新しいカルチャーの当事者になれる」という期待感を若者の脳内に植え付け、23万4,245人という桁外れの志願者数につながっています。

2026年のマーケティングは、綺麗に管理された枠に収まることではありません。自らが「変化の象徴」となり、市場の空気を能動的に変えていくこと——近畿大学がその見本を見せ続けています。

ニュースメーカーとしての大学広報:近畿大学の実学エンタメ戦略

 

【本記事のまとめ】

1. 「教育機関」ではなく「ニュースメーカー」として自分たちを定義する
近大マグロ・ド派手な正月広告・看護学部新設——これらはすべて「常に変化し話題の中心にいる大学」というブランドナラティブの断片だ。「ここに入れば新しいカルチャーの当事者になれる」という期待感を若者の脳内に植え付けることが、23万4,245人という私立大首位の志願者数を生んでいる。

2. 「紙廃止」という覚悟——スマホ完結のデジタルファネルへの完全移行
年間17.5万部の大学案内冊子を廃止しKINDAI GRAFFITIとInstagramに移行。「若者は紙を読まない、スマホでリアルを見る」という冷徹なインサイトに従った行動だ。エコ出願(完全インターネット出願)との組み合わせでSNS認知→情報収集→出願がスマホ一本で完結する美しいファネルが完成している。

3. 業界の「当たり前」を疑い「変化の象徴」になることが独走状態を作る
大学業界の慣習(紙・対面・お行儀よいPR)を疑い、顧客(若者)の本当の生活習慣(スマホ・SNS)に徹底的に寄り添うことで競合が追随できない差を生んでいる。孤立したアイデアではなく一貫したナラティブとして発信し続けることが市場の空気を能動的に変える力になる。

よくある質問(FAQ)

近畿大学はなぜ「11年連続首位」から一度首位を失い、また奪還できたのですか?

2025年度は日本大学が首位となりましたが、これは主に共通テストの平均点上昇による国公立大への回帰傾向が影響したとされています。2026年度の首位奪還については、共通テストの平均点が文系・理系ともに下降した結果、不安を感じた国公立大志願者が私立大への併願を増やしたこと、さらに看護学部新設で女性志願者が前年比20%増と大幅に伸びたことが主因です。つまり近畿大学のブランド力そのものは揺らいでおらず、外部環境の変化に加えて新学部開設という追い風が重なった形です。

「紙のパンフレット廃止」は受験生にとって不便ではないですか?

廃止したのは「受験生向け大学案内の紙冊子」であり、各学部のパンフレットなどは引き続きデジタル形式で提供されています。現代の受験生(特にZ世代・α世代)の情報収集行動の大半はスマホとSNSで行われており、むしろ「郵送を待つ」「重い冊子を持ち運ぶ」という工程がないほうが利便性は高いという判断です。KINDAI GRAFFITIとInstagramで在学生のリアルな姿や時間割などを随時更新することで、静的な冊子よりもタイムリーで生きた情報を提供できます。

「実学エンタメ」戦略は、他の教育機関や非営利組織でも使えますか?

使えます。重要なのは「自分たちのコアな強みを、社会が思わず話題にしたくなるニュースに変換できるか」という視点です。近畿大学にとっての近大マグロは「水産学の研究成果」でしたが、それを「大学の話題」ではなく「世間が注目するニュース」として設計した点が核心です。学校・病院・NPO・地方自治体など、どんな組織でも「私たちのやっていることが社会のどんな課題を解決しているか」を言語化し、それをエンタメ・ニュースとして発信できれば同じ効果を得られます。

(参考)

*1|大学プレスセンター「近畿大学 令和8年度(2026年度)一般入試志願者数は174,436人 総志願者数は234,245人で、ともに過去最多」(2026年3月24日)。2026年度一般入試志願者数174,436人(前年比111.0%・2年連続過去最多・初めて17万人超)・総志願者数234,245人(前年比108.7%・2年連続過去最多・初めて23万人超・5年連続20万人超)・女性志願者数57,065人(前年比120%・過去最多)・看護学部新設(おおさかメディカルキャンパス)・私立大一般入試志願者数首位奪還を確認
*2|近畿大学公式プレスリリース「紙からWebへ!近畿大学が大学案内の紙冊子での発行を終了 大学案内Webサイト『KINDAI GRAFFITI』を開設し、SNSでの発信も強化」(2026年3月27日)。受験生向け大学案内の紙冊子(2025年度発行部数17.5万部)の発行終了・2026年3月27日KINDAI GRAFFITIのWebサイトとInstagram開設・完全インターネット出願(エコ出願)の先駆的導入・学内キャッシュレス化・ペーパーレス化の推進・2015年からのTOKYO GRAFFITIコラボの実績・人気インフルエンサー・ハレ氏とのコラボレーション投稿を確認
*3|Kindai Picks「2026年度の私立大学入試では近畿大が志願者17万人で首位奪還」(2026年)。2024年度まで11年連続首位→2025年度に首位を失い→2026年度に首位奪還という経緯・近大マグロ(本マグロ完全養殖)による話題づくりの実績・「実学」への信頼感・ニュースメーカーとしての広報戦略を確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season8

現代のマーケティングの本質を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら

Season2(全15回)はこちら

Season3(全20回)はこちら

Season4(全20回)はこちら

▶ Season 5〜7【準備中】

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010 / 著書(amazon)