
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season5
Season4までは、国内外の企業事例を通じてマーケティングの原則を学んできました。
Season5でも引き続き、私たちの身近にあるサービスや商品が「なぜこう設計されているのか」を事例で深掘りしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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あなたは「きのこ派」ですか? それとも「たけのこ派」ですか?
この問いかけを読んだ瞬間、心のなかで何かが動いた人は少なくないはずです。「もちろんきのこでしょ」「いや、たけのこ一択だよね」——100円〜200円程度のスナック菓子の話なのに、なぜか強い意見が出てくる。
明治の「きのこの山」と「たけのこの里」をめぐる論争は、発売から40年以上が経ったいまも続いています。*1 SNSでは定期的にこの話題が燃え上がり、公式による「国民総選挙」が実施されるたびに、まるで本物の選挙のような熱量が生まれます。
本来、スナック菓子は「低関与商品」のはずです。どのブランドでもよく、なんとなく手に取って、食べ終われば忘れる——それが普通の購買行動です。ではなぜ、きのこ・たけのこは「高関与」な、自分事として語られる存在になったのでしょうか。
その答えに、マーケティングの重要な原理が隠れています。
明治は「正解を出さない」という選択をした
きのこの山は1975年、たけのこの里は1979年に発売されました。*1 どちらも長年の定番商品ですが、明治がこの2商品に対して一貫して取ってきた戦略は、マーケティング的に見ると非常に興味深いものです。
それは、「どちらが美味しいか」という正解を、絶対に出さないという選択です。
もし明治が「きのこの山の方が売れています」「たけのこの里の方が人気です」と発表したら、どうなるでしょうか。負けた側のファンは熱を失い、勝った側も話題が終わる。論争は静かに幕を閉じます。
明治はそうしませんでした。実はこの論争、もともとは消費者の間で自然発生したものでした。明治はその熱量を見て、2001年に「きのこ党」「たけのこ党」という形式で「国民総選挙」を公式に開催。消費者をトライブ(部族)に分けることで、自然発生していた熱量を何十年単位で持続させる構造を作り上げたのです。*2
重要なのは、この「対立」が消費者にとって心地よいものとして機能している点です。本物の論争ではなく、あくまで「遊び」の文脈に収まっている。だから人は傷つかずに熱くなれる。明治がデザインしたのは、争いそのものではなく、「安全な争いが生まれる場」だったのです。
| 正解を出した場合 | 正解を出さない場合 |
|---|---|
| 論争が終わる | 論争が永続する |
| 負けた側のファンが熱を失う | 両陣営が熱量を保ち続ける |
| 話題がフェードアウトする | SNSで定期的に自然発生する |

「どちらの側に立つか」を決めた瞬間、人は当事者になる
心理学に、社会的同一視(Social Identification)という概念があります。*3 人は特定のグループに属していると感じると、そのグループへの忠誠心と、グループの成功への関心が強まる——というものです。
「自分はきのこ派だ」と宣言した瞬間、その人にとってきのこの山は単なるお菓子ではなくなります。「自分のチーム」の商品になる。たけのこ派の友人と話すとき、きのこの優位性を語ることは、自分自身のアイデンティティを守ることと同義になるのです。
さらに重要なのが、インボルブメント(関与度)の転換です。通常、スナック菓子の購買関与度は低い——「安いし、どれでもいいか」という状態です。しかしきのこ・たけのこは、「信念を持って選ぶ」対象になっています。これはマーケターにとって、驚くべき転換です。
そして、この構造を支えているのが「共通の敵(ライバル)の存在」です。たけのこ派がいるから、きのこ派の熱が高まる。応援したいのではなく「負けたくない」という感情が、購買行動を「投票」や「支援」に近い意味を持たせます。スポーツ観戦に似た心理が、お菓子売り場で起きているのです。

「愛のある対立」を設計する——今日から使える視点
さて、ここからはあなた自身の仕事に引き寄せて考えてみましょう。
そもそも、この論争が成立している大前提として「くだらない」というポイントがあります。政治や宗教の対立なら、本物の亀裂を生む。でもきのこ・たけのこで本気で喧嘩になることなどありません。どれだけ言い合っても笑いで終われる。切実ではないからこそ、人は安心して熱狂できる。これが「愛のある対立」の核心です。
あなたのブランドや商品に、「語り合う余地(突っ込みどころ)」はありますか。完璧に磨かれ、誰にでも当てはまるように設計された商品は、実は誰も熱く語りません。「自分のためにある」と感じさせる余白がないからです。
きのこ・たけのこが教えてくれるのは、「好みが分かれるポイントを意図的に作ること」の価値です。全員に好かれようとする商品より、「こっち派」と「あっち派」が生まれる商品の方が、口コミが自然発生しやすい。顧客同士が勝手に語り合ってくれる——これは、広告費ゼロの最強のプロモーションです。
ひとつ目の問いは、「あなたの商品には、選ぶ理由が複数あるか」です。機能や価格だけでなく、「なんとなく自分に合う気がする」という感覚的な軸があると、人はそこに自分のアイデンティティを投影しやすくなります。
ふたつ目の問いは、「顧客を『消費者』から『当事者』に変える仕掛けがあるか」です。投票、ランキング、コミュニティへの参加——こうした「自分がこのブランドを動かしている」という感覚を与える仕組みが、関与度を劇的に高めます。
優れたマーケターは、平和な市場に「愛のある対立」をデザインする。
顧客を「ただの消費者」から「熱き当事者」に変える仕組みを、今日から考えてみよう。
きのこ・たけのこ論争は、明治が「争いを煽った」のではありません。争いたくなる構造を、丁寧に設計したのです。そしてその構造は、40年以上経ったいまも、SNSという新しい舞台で生き続けています。これほど費用対効果の高いブランド資産が、ほかにあるでしょうか。

【本記事のまとめ】
1. 明治は「正解を出さない」ことで、論争を永続させた
どちらが勝つかを決めず、消費者を「きのこ派」「たけのこ派」というトライブに分けることで、SNS時代の自走するコンテンツを生み出した。
2. 「どちらの側に立つか」を決めた瞬間、人は当事者になる
社会的同一視の心理により、ブランドへの帰属感が生まれ、低関与商品が「信念を持って選ぶ」対象に変わる。
3. ライバルの存在が、応援の熱を生む
共通の敵がいることで、購買行動が「投票」や「支援」に近い意味を持つようになる。これがブランドロイヤルティの最も強い形のひとつだ。
4. 「愛のある対立」を設計しよう
完璧すぎる商品より、好みが分かれる余地のある商品の方が口コミが生まれやすい。顧客を当事者に変える仕組みが、最強のプロモーションになる。
よくある質問(FAQ)
「対立」をあおるマーケティングは、炎上リスクがありませんか?
「愛のある対立」と「有害な対立」は明確に違います。きのこ・たけのこが40年間炎上しない理由は、どちらを選んでも「負け」がなく、誰も傷つかないからです。設計のポイントは「どちらの側にいても楽しい」という構造を作ること。価値観や倫理観に触れる対立軸は避け、あくまで「好み」の話として設計することが重要です。
中小企業や個人ブランドでも、トライブマーケティングは使えますか?
使えます。むしろ小規模なほど、コアなトライブを作りやすい。たとえば「○○派」「△△派」という選択軸をコンテンツで提示し、顧客に「自分はどちらか」を考えさせるだけで、関与度は上がります。SNSでの二択投稿、アンケート、コメント欄での議論の促進——これらはコストゼロで始められるトライブ形成の第一歩です。
インボルブメント(関与度)を高めるほかの方法はありますか?
「自分がこの商品・ブランドに関わっている」という感覚を持たせることが鍵です。具体的には、顧客参加型の商品開発(ネーミング募集・フレーバー投票)、限定コミュニティへの招待、ユーザーの声を公式が取り上げる仕組み——こうした「自分の意見が反映される」体験が、関与度を高めます。きのこ・たけのこの「国民総選挙」も、その好例です。
*1|明治公式サイト|きのこの山(1975年発売)・たけのこの里(1979年発売)
*2|明治「きのこの山・たけのこの里 国民総選挙」公式キャンペーン(過去複数回実施)
*3|Tajfel, H., & Turner, J. C. (1979). An integrative theory of intergroup conflict. In W. G. Austin & S. Worchel (Eds.), The Social Psychology of Intergroup Relations (pp. 33–47). Brooks/Cole. 社会的同一視理論(Social Identity Theory)の原典。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season5
私たちの身近にあるサービスや商品が「なぜこう設計されているのか」を、さらに事例で深掘りしていきます。
- 第1回:他人の家をホテルにするという「非常識」の壁を、Airbnbはどう壊したのか
- 第2回:なぜファミマの靴下は「緊急の代用品」ポジションを抜け出せたのか
- 第3回:検索すらしない「遠い顧客」に、TikTokはどう情報を届けているのか
- 第4回:マックはなぜハッピーセットにあんなにも力を入れるのか
- 第5回:きのこ・たけのこの「争い」は、なぜ人を楽しく戦わせることができたのか(本記事)
- 第6回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで▶ Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
▶ Season 4【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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