新規事業の創出は、アントレプレナーシップの独占的領域ではありません。組織という有機体のなかに身を置きながらも、あたかも自らの血肉たる事業を創造するように、革新的な取り組みを具現化することは可能です。そしてその成果は、個人のキャリアを飛躍的に向上させるものとなるでしょう。スマートニュース株式会社のヴァイス・プレジデント日本リージョンメディア担当兼マーケティング担当を務め、 有料メディアから厳選した記事を提供するサブスクリプションサービス 「SmartNews+」の責任者でもある洪錫永(ホン・ランドン)さんに、新規事業を成功に導くためのアドバイスをもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
洪錫永(ホン・ランドン)
慶應義塾大学環境情報学部卒業、政策メディア研究科修士修了。ITベンチャー企業にてUI/UX設計、ディレクター、事業責任者などを歴任。ノンゲーム系サービスのグロースハックを強みに、カカオジャパン(現カカオピッコマ)では「ピッコマ」の立ち上げを担当。そののち、エウレカにて「Pairs(ペアーズ)」の海外事業に従事し、メルカリではプロダクトチームのディレクターを務める。2022年4月にスマートニュース株式会社へ入社、ヴァイス・プレジデント日本リージョンメディア担当兼マーケティング担当。 「SmartNews+」の責任者を務める。
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ときに「会社のエース」を集めると、失敗の可能性が高まることも
ビジネスパーソンが「0(ゼロ)→1(イチ)」の新規事業を立ち上げることは、多くのメリットをもたらしてくれます。既存の業務のなかでは得られない圧倒的な成長機会に恵まれますし、「事業をゼロから立ち上げた」という実績はキャリア形成のうえでも大きな武器となってくれるでしょう。新規事業が成功すれば、給料だって大きく上がることもあります。
私自身、これまでのキャリアのなかで、たとえばカカオジャパン(現カカオピッコマ)では電子書籍配信サービス「ピッコマ」の立ち上げを行なうなど、いくつもの新規事業立ち上げを手がけてきました。
ただ、それらは新たに会社をつくって行なったわけではなく、すべて会社のなかで行なったものですから、 私はいわゆる「インハウスイノベーター」とか「インハウス起業家」にあたります。よって、組織に属する多くのみなさんに対して、なんらかのヒントを提示できると考えています。
まずお伝えしたいのは、新規事業が失敗しやすいケースです。新たな事業を立ち上げるのですから、いわゆる「会社のエース」と呼ばれるような、優秀な人を集めるほうがうまくいきそうなものですよね。でも、そういった場合の多くは失敗に終わります。
なぜなら、新規事業立ち上げで求められるのは、既存事業を伸ばすスキルではなく、まったく新しいものをゼロから立ち上げるという別のスキルだからです。そのため、「既存事業でうまくいった」という経験やスキルは、むしろ妨げになることがあります 。「これまでにこういうふうにして勝ってきたから、この事業も同じようにすべきだ」といった考えにとらわれ、柔軟な対応が難しくなることもあるのが、失敗の主な要因です。
経営者視点をもたらす「ウィル」と「パッション」
新規事業を成功させるために必要なのは、小手先のスキルなどではなく、「これを絶対にやりたい!」というような強い「ウィル」や「パッション」です。
もう少し具体的に言うと、「何事も経営者視点で見る」ということ。これは、スマートニュースが掲げている行動規範で言えば、「Nothing is Somebody Else's Problem」にあたります。「何事も他人事ではない」とか、「すべては自分事である」といった意味の言葉です。
「経営者視点で見る」と言うと、「上の立場から見る」イメージをもつ人もいるかもしれません。すると、「オーナーでもないし意思決定権もないのに、どうして上から見なくちゃいけないんだ」というような考え方に至ってしまいます。そうではなく、「経営者視点で見る」とは、「自分事として見る」ことなのです。
レストランを立ち上げる場面を想像してみましょう。自分がオーナーではなくひとりの会社員の立場だったとしても、仕事としてレストランを立ち上げるのであれば、メニューや看板はどのようなものにするのか、どのようなスタッフを集めるのかは当然のこととして考えます。
でも、もし自分自身がオーナーだったらどうですか? 自分のお金でレストランをつくるのですから、倉庫がきちんと整理されているかとか、あるいはトイレの掃除が行き届いているかなど、細部に至るまですべてを見たいはずです。そうした姿勢こそが「経営者視点で見る」ことであり、新規事業の成功には絶対不可欠のものと言えます。
そして、「どうしても成功させたい!」という強い意志や情熱があれば自然と経営者視点をもてるという意味において、ウィルやパッションが、新規事業成功の鍵となるのです。みなさんは、そのようなウィルやパッションをもっているでしょうか。
「本当にやりきるのか」と、上層部に確認をする
ただ、ウィルやパッションをもち合わせていたとしても、新規事業に挑戦するときには、「失敗したらどうしよう」といった不安を感じるものです。実際、何度も新規事業を立ち上げてきた私でも、毎回のように不安にさいなまれます。
そうした不安をどう乗り越えてきたのかについては、あくまでもケース・バイ・ケースであり、「これ!」といった答えを提示することはできません。ただ、いま振り返ってはっきりとわかるのは、「不安になって当たり前だ」ということです。
不安になるのは私だけでなく、同じように新規事業でいくつもの成功を収めてきた方々と話してみても同様です。それを知るだけでも、「どんなにすごい人だって、不安になるのだから」と思えて、多少なりとも不安を緩和できるのです。
しかし、これだけだとただの精神論のようなものですから、もう少しだけ私自身がよくしていることについてお話しします。 私が社内における新規事業立ち上げにあたって必ずやるのは、オーナーなど会社の上層部に「これ、本当にやりきるのですか?」という確認です。
そうして「成功するかしないかではなく、とにかくやれるところまでやりきりたい」「絶対に『Do』だ」という回答を得られたなら、 チームのメンバーにもそれを伝えて安心して大きなチャレンジをしてもらうことができます。
自分自身で新たに起業する場合には、失敗すれば損失をひとりで被ることになりますが、会社員の立場をいい意味で利用してほしいと思います。大きなチャレンジができる環境があるという確証があるだけでも、ずいぶんと気持ちは楽になるはずです。
【洪錫永さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。