なぜライカは、「不便なカメラ」のまま過去最高の売上を更新し続けるのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season6 vol.10】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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最新のスマートフォンがAIで「失敗しない写真」を量産できる2026年に、1台約120万円のカメラが過去最高の売上を更新し続けています。*1

ドイツのカメラメーカー、ライカです。

M型ライカにはオートフォーカスがありません。ピントは自分の手で合わせます。*2 連写性能も最新スマートフォンには遠く及ばない。それでも、2023-2024年度の売上高は前年比14%増の5億5,400万ユーロと過去最高を記録し、翌2024-2025年度もさらに更新しました。*1

vol.8の富士フイルムが「技術を抽象化して別の市場に接続する」ことで生き残ったとすれば、ライカは「コア製品の哲学を一切変えない」ことで勝ち続けています。この対照的な生存戦略を今回は解き明かします。

スペック競争から降りた瞬間に、競合はいなくなった

カメラメーカーが「画素数」「連写速度」「AI認識精度」で競い合う中、ライカのパンフレットには「ファインダー越しに被写体と深いつながりが生まれる」「マニュアルフォーカスにより、集中して思いのままにコントロールできる」という言葉が並びます。*2

これは単なるコピーではありません。ライカが語るのは、スペックではなく体験の哲学です。

ここで重要な問いが生まれます。スペック競争に参加しないブランドは、どこで戦っているのでしょうか。

答えは「物語(ヘリテージ)」です。

ライカの基幹モデルであるMシステムは、1954年に登場した「ライカM3」から脈々と受け継がれてきた光学式レンジファインダーをいまも採用しています。*2 20世紀を代表する写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンは1932年以来ライカを愛用し続け、「ライカがなかったら写真はやらなかった」とまで語りました。*3

もちろん、ライカも製品を進化させています。最新のM11は6,030万画素のセンサーを搭載し、技術的には着実に更新されています。しかしライカはその事実を前面に打ち出しません。なぜなら、スペックはライカを選ぶ理由ではないからです。

競合他社が「画素数」や「連写速度」を訴求した瞬間、その土俵では常に「より新しいモデル」に負け続けることになります。スペックで差別化しようとするブランドには、スペックを超えた競合が必ず現れる。しかし「カルティエ=ブレッソンが決定的瞬間を切り取るために使い続けた」という物語は、どのメーカーも後から作ることができない。時間とともに価値が増していくのです。

この非対称性——スペックの訴求には賞味期限があるが、物語は強化され続ける——こそが、ライカが「スペック競争から降りる」という選択をした最大の理由ではないでしょうか。

「不便さ」を「贅沢な時間」にリフレーミングする技術

なぜ人は、わざわざ不便なカメラを120万円で買うのでしょうか。

2026年の文脈で考えると、逆説が見えてきます。

AIが「失敗しない写真」を自動で量産できる時代になればなるほど、「自分の手でピントを合わせて撮った一枚」の価値は上がります。誰でも簡単に撮れるものには、差別化の余地がない。しかし、手間と時間と技術を要する行為には、その苦労の分だけ「自分がやり遂げた」という所有感が生まれます。

これは高級機械式時計の論理と同じです。クォーツ時計は圧倒的に正確で安く、スマートウォッチは機能が豊富です。それでも機械式時計の市場は縮小しません。なぜなら、機械式時計を身につける人が求めているのは「正確な時刻」ではなく「精緻な機構を腕に宿しているという感覚」だからです。

ライカが売っているのも同じものです。「写真を撮る道具」ではなく、「自分が写真と真剣に向き合っているという証明」——言い換えれば、プロセスの価値です。

「摩擦(手間)がゼロに向かうほど、摩擦に価値が生まれる」。この逆説を意図的にブランドの核に据えたことが、ライカを他のカメラメーカーとまったく異なるポジションに連れていきました。

一般的なカメラ・スマホ ライカ(Mシステム)
オートフォーカス搭載 マニュアルフォーカスのみ
AIが露出・構図を最適化 撮影者が全パラメータを決定
スペック向上で差別化 1954年からの哲学で差別化
「失敗しない写真」を提供 「苦労して撮った一枚」を可能にする

コアを守りながら、周辺を広げる——ライカの「二重構造」戦略

ただし、ライカを「変化への拒絶」と単純に定義してしまうと、実態を見誤ります。

ライカはスマートフォン向けにiPhone専用アプリ「Leica LUX」を開発し、モバイル写真体験にライカの美学を持ち込んでいます。*1 また、実際にはXiaomiのスマートフォンにライカの光学系が搭載されるなど、モバイル事業の拡大を積極的に進めています。*1

これは矛盾ではありません。ライカが守っているのは「M型ライカの哲学」であり、その哲学をどんな入口からでも体験できるようにすることは、むしろブランドの拡張です。120万円のカメラを買えなくても、まずアプリでライカの「見え方」に触れてもらう。その体験がいつかM型への憧れに変わる——この導線設計こそ、ライカの長期的なブランド戦略の核心です。

富士フイルムとライカは、まったく異なる戦略で同じ時代を生き延びています。富士フイルムは「何を売っているかを変えた」。ライカは「何を売っているかを変えなかった」。そしてどちらも、過去最高の業績を更新しています。

マーケターが学べることは何でしょうか。

競合が「便利・安い・速い」を競っているとき、あえて「手間・高い・遅い」の中に価値がないか探してみる。テクノロジーには賞味期限がありますが、人間の「自分でやり遂げる喜び」や「物語への欲求」には賞味期限がありません。AIにできないことがひとつあるとすれば、それは「苦労して何かを成し遂げる喜び」をデザインすることではないでしょうか。

 

【本記事のまとめ】

1. スペック競争から降りた瞬間に、競合はいなくなる
画素数や連写速度で競わず「Mシステムの哲学」を守り続けることで、ライカは比較対象のいないポジションを確立した。物理的スペックには賞味期限があるが、「カルティエ=ブレッソンが愛用した」という物語は時間とともに価値が増す。

2. 摩擦(不便さ)がゼロに向かうほど、摩擦に価値が生まれる
AIが「失敗しない写真」を量産する時代だからこそ、「自分の手でピントを合わせた一枚」に差別的価値が生まれる。不便さを「贅沢な時間」にリフレーミングすることが、ラグジュアリー戦略の核心だ。

3. コアを守りながら周辺を広げる「二重構造」がブランドを強化する
ライカはMシステムの哲学を守りつつ、アプリやスマートフォン連携で新しい入口を作っている。コアを変えずに接触機会を増やすことで、ブランドへの憧れが広がっていく。

よくある質問(FAQ)

ライカはスマートフォンにも光学系を提供していると聞きましたが、それはブランド価値を下げないのですか?

むしろブランドの入口を広げる戦略として機能しています。ライカはXiaomiのスマートフォンへの光学系提供やiPhone向けアプリ「Leica LUX」を展開していますが、これは120万円のMシステムを買えない層にライカの「見え方」を体験させるための導線です。体験が先にあり、憧れが後からついてくる。入口を増やしながらコアの哲学は一切変えないという「二重構造」が、ライカの巧みさです。

「摩擦に価値を持たせる」戦略は、どんなビジネスでも使えますか?

使えます。ただし条件があります。その摩擦が「意味ある行為」として受け取られるかどうかです。ライカのマニュアルフォーカスは「自分が写真と真剣に向き合っている証明」として機能するから価値になります。ただ不便なだけでは価値になりません。自社の「手間」が顧客にとって「自分でやり遂げた喜び」や「深い関与の証明」として機能するかどうかを問い直すことが、この戦略を活かす鍵です。

vol.8の富士フイルム(変革)とvol.10のライカ(不変)、どちらの戦略が正解ですか?

どちらも正解で、どちらも特定の条件が揃った場合に機能します。富士フイルムは「市場が消滅する」という状況で、自社の技術を別の言葉で言い直して新市場に接続した。ライカは「市場が縮小する」という状況で、コアを守り競合がいないポジションを作った。重要なのは「変えるか変えないか」ではなく、「何がコアで何が周辺か」を正確に見極めることです。変えてはいけないものと、変えなければならないものを区別できるかどうか——それがブランド管理の本質です。

(参考)

*1|ライカカメラグループ公式プレスリリース「2023-2024年度決算で過去最高の売上高を記録」。2023-2024年度売上高5億5,400万ユーロ(前年比14%増)。2024-2025年度は5億9,600万ユーロでさらに更新。iPhone向けアプリ「Leica LUX」開発・Xiaomi 15シリーズへのライカ光学系搭載についても同プレスリリースに記載
*2|ライカ Mシステム公式ページ。「ピント合わせは、ファインダー内に現れる精密な二重像を手動で調整することで行われます」「マニュアルフォーカスにより、集中して思いのままにコントロールできます」。ライカM11は6,030万画素センサー搭載・日本国内販売価格118万8,000円(税込)だが、公式の訴求は「哲学」と「体験」に置かれている
*3|Wikipedia「アンリ・カルティエ=ブレッソン」および「アンリ カルティエ=ブレッソンのカメラとフィルム」。カルティエ=ブレッソンは1932年以来ライカのレンジファインダーを愛用し続け、「ライカは私の目の延長です。このカメラがなかったら写真はやらなかったでしょう。」と語っている(NHKカルチャースペシャル、2000年3月放送)

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで
Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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