
組織のパフォーマンスを最大化させる鍵として「心理的安全性」が注目されて久しいですが、具体的にどう構築すればいいのか悩むリーダーは後を絶ちません。その理由を、「語りかける言葉の主語が『あなた』ではなく、表面的な称賛になっているから」と端的に語るのは、2026年1月に『The Giver 人を動かす方程式』(文藝春秋)を上梓した澤円さん。心理的安全性の土台を築くのは、相手への深い関心と観察に基づいた「ほめる力」だといいます。心理的安全性を守る「What」の問いかけなど、具体的なコミュニケーション法を伺いました。
構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員のほかにも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行なうなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『得意なことの見つけ方 自分探しにとらわれず、すぐに行動できる技術』(KADOKAWA)、『うまく話さなくていい ビジネス会話のトリセツ』『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)などがある。
本人も気づいていない「本質」に光を当てる
人をほめるとき、私がもっとも大切にしているのは、相手が自分では気づいていない「無意識の領域」を丁寧に観察し、そこに光を当てることです。
たとえば、相手に対して「歩いているときの後ろ姿がすごく美しいですね」と伝えてみるとします。すると、多くの人は、自分が歩く後ろ姿を客観的に見る機会はありませんから、「そうですか?」と驚きながらも、「自分のことをよく見てくれているんだな」と感じて決して悪い気はしないはずです。
こうしたほめ方は、相手を丁寧に観察していなければできません。目に付くわかりやすい部分をほめるのもひとつの方法ですが、それでは相手の心に深く刺さることは少ないでしょう。そこでぜひ、相手をよく見て、「きっと無意識にやっているんだろうな」というポイントを探してみてください。
「それ、無意識にやっていますか?」と訊いてみるのも、会話の入り方として効果的です。無意識の行動をほめられると、人は自分の「本質」が肯定されたと感じるからです。
逆に、表面的な「薄いほめ方」には注意してください。「すごいですね!」「話し方が上手ですね!」などというほめ方は、単に目に見える部分をなぞっているだけであり、相手に「本当の姿を見てくれていないかも」と見透かされる場合もあります。ほめるという行為は、相手への深い関心と、注意深い観察から始まるものなのです。

「属性」でくくらず、相手を「個人」としてほめる
組織やチームのマネジメントにおいては、相手が伸びるほめ方と、やる気を削いでしまうほめ方の違いを知っておく必要があります。端的にいうと、効果的なほめ方は、主語が必ず「相手個人」になっているのが特徴です。
逆に、やる気を削ぐほめ方は、相手を「属性」などの枠組みでくくっています。たとえば、「最近の若い人はユニークだね」「女性ならではの感性だね」といったほめ方です。こうした雑なくくり方は相手を個として尊重しておらず、不快感を与えるのはもとより、ハラスメントとみなされる表現といえます。
以前私は、某大手銀行において、入行年度や出身大学で相手を呼ぶカルチャーがあると聞いたことがあります。相手を「20年組(2020年入行組)」「◯◯大」などと呼ぶもので、それを知ったとき「冗談だろう?」と思ってしまいました。こうした個人の特質や能力よりも、年次や序列、学歴などが重視される組織では、個人が個人らしい力を発揮できるわけがありません。ましてや、多様な顧客のほうを向くことはさらに難しいでしょう。
だからこそ、まず徹底したいのは「相手の名前を呼ぶ」ことです。組織を活性化させるのは、目の前の個人をしっかりと見据え、その人ならではの貢献を促し、認めるという誠実な姿勢です。
主語を常に「あなた」とし、ひとりの人間として接するシンプルな原則を忘れないことが、いまの「個の時代」に求められるリーダーシップのあり方なのです。

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「みんなの前」と「1on1」でほめ方を使い分ける
ほめるという行為を組織運営に活かすには、シチュエーションによってほめ方を使い分けてほしいと思います。私はマイクロソフトで働いていた時代に、「みんなの前でほめる」ことと「1on1でほめる」ことを明確に分けていました。
まず、みんなの前でほめるときは、その人の成果やノウハウを「チーム全体の資産」として共有したいときです。単に「よくやったね」とほめるだけでなく、「あなたの素晴らしい成果をどう実現したのか、ぜひみんなに共有してみて」と本人に語ってもらう場をつくります。
また、年2回、各メンバーが約1時間「ひたすら自慢話をする(=ドヤる)」機会をつくり、それに対して「みんなでほめる」というイベントも行なっていました。話す本人は成功体験やノウハウを披露できて自己効力感が高まり、聞く側も有益な情報を得ることができます。これによって、個人の知見がチームの資産へと昇華され、全体のパフォーマンスが底上げされていくのです。
一方、1on1でほめるときは、相手との「相互理解と信頼関係を深める」ことを目指します。すばらしい成果に対して、「その背景にはなにがあったの?」などと問いかけ、相手の思考プロセスや苦労した点、客観的事実などを深掘りしていきます。
そのうえで、「あなたに対する解像度がさらに上がったよ」と伝えることができれば、メンバーは「自分のことを深く理解してくれた」という安心感を得られます。こうした安心感をチーム内で積み重ねていくことこそが「心理的安全性」の本質であり、組織の土台を強くしていくものなのです。

組織の心理的安全性を守る「What」の問いかけ
心理的安全性が乏しい組織では、たいていリーダーが不機嫌を撒き散らし、無用なプレッシャーをかけています。それこそトラブルが起きたときには、「なぜそんなことになったんだ!」と、真っ先にメンバーを問い詰めるリーダーです。
そんな組織では、メンバーは次第に「不都合なことを隠す」ようになります。自己防衛のために嘘をつき報告する情報を盛るようになるわけですが、これは叱責や面倒なやり取りを避けるための、ある意味では合理的な判断だからです。
しかし、さまざまな企業の不祥事の例が示しているように、隠蔽が常態化すれば組織やチームはいつか破綻し、取り返しのつかない事態を招きます。これを防ぐには、トラブルが起きたときこそ、リーダーは「Why(なぜ)」ではなく、「What(なに)」で聞くことです。
仮に、情報漏洩などのセキュリティインシデントが起きたとします。このとき、「なぜメールを開いたんだ?」と責めても、起きてしまった事実は変わりません。
正しくは、「メールの件名にはなんと書いてあった?」「本文の内容はなんだった?」と事実に焦点を当てて問いかけることです。すると、メンバーは問いに答えやすくなり、組織全体を守る具体的な対策につなげることができます。
「なにが必要なのか」「なにが不足しているのか」を冷静に考えることが、心理的安全性を維持しながら問題解決へと至る、最短ルートなのです。

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