「ああ、疲れた……」と言うとき、その発言のほとんどは肉体的な疲労を指しているはずです。でも、体が疲れるのであれば、その一部である脳も疲れるのは当然のこと。そして、人間のあらゆる活動を司る脳に疲労が蓄積すれば、作業効率は下がり、仕事でも成果を出しにくくなるでしょう。
では、どうすればいい休息を脳に与えることができるのでしょうか。テレビやラジオ等の各種メディアでも活躍する脳神経外科医の菅原道仁(すがわら・みちひと)先生が、しっかりと脳を休ませるための方法を教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
脳を休められない睡眠のNGあれこれ
どんなにエネルギッシュに見える人でも、持っているエネルギーは有限です。ですから、毎日しっかりと活動したいと思うのなら、適切に体を休ませることが肝心。特に、体の部位のなかでも飛び抜けてエネルギーを消費する脳をしっかりと休ませることが大切になります(『ビジネスパーソンの「正しい怠け方」。成長を止める“悪い怠け癖”はこうして改善する』参照)。
ところが、私から見ると、脳を休ませることがうまくない人が多いようです。脳を休ませると言ったときに、まずみなさんが思い描くのが、睡眠ではないでしょうか。もちろん、脳を休ませるために睡眠は重要な働きをしているわけですが、残念ながら、睡眠の取り方が優れている人は少ないものです。
たとえば、忙しいビジネスパーソンなら、「睡眠時間を少しでも長くしたい」と考え、お風呂はシャワーで済ませている人も多いと推測します。でも、これは完全にNGの行為。良質な睡眠をもたらす強い眠気は、体温が上がって下がるときに出るからです。ですから、一度体温を上げるために、シャワーより少し時間がかかっても湯船のお湯につかることをおすすめしたいところです。
また、日常的に寝酒をしているという人も多いでしょう。もちろん、週末などに楽しいお酒を飲むのならいいのですが、寝るためのお酒はおすすめしません。アルコールは睡眠を浅くしてしまうからです。これには、アルコールを摂取することによって肝臓で生成されるアセトアルデヒドという毒素がノンレム睡眠を継続してしまう、尿量が増えてトイレに行くために起きてしまう、喉の筋肉が緩んでいびきが出てしまう、など複数の要因があります。
寝酒をしたあとに寝ていると、ちょっとした物音でも目が覚めてしまうことがありませんか? または、夜中にトイレに行くというのも、よくあることでしょう。アルコールの働きで寝入りはいいかもしれませんが、睡眠の質は下がってしまうのです。
あるいは、週末になると平日より何時間も長く寝ている人はいないでしょうか? これもNGの行為です。週末に普段より長く寝てしまうと、生活リズムを乱すことになります。そのことが、体や脳の働きを調節するために大切なさまざまなホルモンの分泌を阻害してしまう。そうして、疲れを取るつもりの週末の寝だめが、逆に体も脳も疲れさせてしまうということになりかねないのです。
好きなことをする「アクティブレスト」で脳をリフレッシュ
ここでみなさんに知ってほしいのは、ただ寝ることだけが休息ではないということ。休息には大きく分けてふたつあります。ひとつは「パッシブレスト(passive rest)」と呼ばれるものがそう。これは日本語で「消極的休養」と訳され、まさに多くの人が思い描くような、ベッドで寝る、ダラダラとソファで過ごすといった休息のことです。
それに対して、日本語では「積極的休養」と訳す「アクティブレスト(active rest)」と呼ばれる休息があります。たとえば、ゴルフが好きな人にとっては、週末のゴルフがそれにあたります。そういう人たちは、週末にはむしろ平日よりよほど早起きをしてゴルフに出かけますよね。さらに、18ホールをラウンドすれば、肉体的には確実に疲れているはずです。
でも一方で、大好きなゴルフをしたことで精神的には完全にリフレッシュできて、月曜日からの仕事にも元気に臨むことができる。もちろん、精神的にリフレッシュできるのですから、脳もしっかりと休められるということにもなります。
人によってはゴルフが旅行になるかもしれないし、読書や映画鑑賞になるかもしれません。いずれにせよ、ただ寝るのではなく、自分が好きなことをするアクティブレストを生活のなかに取り入れることを考えてみてください。
意識的に「ぼーっとする」時間の重要性
そして、平日でもなるべく脳を休ませるために、なにも考えず「ぼーっとする時間」を増やすように心がけてほしいですね。たとえば、休憩するにも勤務中はついつい仕事のことを考えてしまうものですが、なにも考えずにぼーっとするのです。
あるいは、食事のときには、仕事のことを頭から放り出して目の前にある食事に集中する。お米ひと粒ひと粒の味をかみしめたり、野菜の苦味やほのかな甘味を意識的に感じようとしたりするのです。これは、近年、日本でも流行しているマインドフルネスの初級編と言えます。ぼーっとしたり、ひとつのことに集中したりして、頭のなかの雑念を払うことが、脳を休ませることにつながります。
いまは在宅ワークをしている人も増えているでしょうけれど、もし出社する場合には、通勤時間を利用することを考えてもいいでしょう。通勤電車のなかで勉強している人も多いかもしれませんが、通勤電車はぼーっとして、あえてしっかり脳を休ませる時間にあてる。そうして、通勤時間を脳をリセットする時間にすれば、生活にメリハリをつけられ、仕事でもより成果を出しやすくなるはずです。
【菅原道仁先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
ビジネスパーソンの「正しい怠け方」。成長を止める“悪い怠け癖”はこうして改善する
「伸びしろ」だらけの大人の脳。何歳になっても、鍛えることを諦めてはいけない
【プロフィール】
菅原道仁(すがわら・みちひと)
1970年生まれ、埼玉県出身。脳神経外科専門医、抗加齢医学専門医、日本体育協会公認スポーツドクター。1997年に杏林大学を卒業後、国立国際医療研究センター病院脳神経外科で研修を行う。クモ膜下出血や脳梗塞といった緊急の脳疾患を専門とし、国立国際医療センター、北原脳神経外科病院にて、数多くの救急医療現場を経験。2010年以降、北原ライフサポートクリニック院長、日本健康教育振興協会会長、四谷メディカルクリニック院長などを歴任。2015年、東京・八王子に菅原脳神経外科クリニックを開業。2019年、医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科理事長に就任し、また、菅原クリニック 東京脳ドックを開業。「病気になる前に取り組むべき医療がある」との信条で、新しい健康管理方法である「予想医学」を研究・実践している。『認知予防のカキクケコメソッド』(かんき出版)、『頭の中の貧乏神を追い出す方法 世界一役に立つお金の授業』(KADOKAWA)、『0〜3歳の成長と発達にフィット 赤ちゃんの未来をよりよくする育て方』(すばる舎)、『なぜ、脳はそれを嫌がるのか?』(サンマーク出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。