通勤時間は「思考時間」になる。電車スマホをやめた日から私に起こった変化。

電車の窓から外を眺めるビジネスパーソン

通勤電車で、無意識にスマホを取り出す。ニュース、SNS、YouTube――揺られながら画面をスクロールし続け、気づけば降りる駅。「いま、何を見てたっけ?」何も覚えていない。情報は頭を通り過ぎただけで、自分の考えは何も残っていない。

最近、マインドフルネスという言葉をよく聞きます。スティーブ・ジョブズが座禅を実践していたことは有名ですし、ビジネス書や自己啓発本でも瞑想が取り上げられることが増えました。

興味をもって調べてみると、禅には座禅だけでなく、立ったまま行なう「立禅」、歩きながら行なう「歩行禅」、食事をしながら行なう「食禅」など、さまざまな形式があることがわかりました。

つまり、場所や姿勢は問題ではなく、「今ここ」に意識を向けることが本質なのです。

それなら、毎日の通勤電車でもできるのではないか? そう思い「電車禅」という実践法を考え、1週間試してみました。結果は予想以上でした。

座禅だけじゃない――禅の多様な形式

禅と聞くと、多くの人は座禅堂で足を組んで座る姿を思い浮かべるでしょう。しかし実際には、禅の実践は日常のあらゆる場面で行なわれます。

曹洞宗の開祖、道元禅師は「只管打坐(しかんたざ)」――ただひたすらに坐ることを説きましたが、*1 同時に禅の修行には「行住坐臥(ぎょうじゅうざが)」――歩く、止まる、座る、横になる――すべてが修行の場だという教えもあります。

  • 座禅|座って行なう基本形
  • 立禅|立ったまま行なう
  • 歩行禅|歩きながら行なう
  • 食禅|食事に集中して行なう

共通するのは、「今この瞬間」に意識を向け、雑念を手放すこと。姿勢や場所は、あくまで手段です。

それなら、通勤電車という日常の時間も、禅の実践場になるはず――そう考えて、「電車禅」を試してみることにしました。

電車禅の3つの本質

 

1. 無所有(何も持たない)
スマホ、本、イヤホン――全てを置く。手ぶらで座る、または立つ。

2. 無為(何もしない)
情報を取らない、タスクを考えない。ただ、今この瞬間にいる。

3. 無心(期待しない)
「良いアイデアを出そう」と思わない。結果を求めない。ただ実践する。

前述のように、道元禅師は「只管打坐(しかんたざ)」――ただひたすらに坐ることを説きました。悟りを求めず、ただ坐る。それ自体が仏の姿だと。*1

電車禅も同じです。いいアイデアを得ようとせず、ただ電車に揺られる。それだけで、思考は自然と深まります。

電車の窓から見える景色

脳科学が証明する「何もしない」力

電車禅の効果は、最新の脳科学と古代の禅の教えの両方で裏付けられています。

効果1|デフォルトモードネットワークの活性化

何もしていないとき、脳は「デフォルトモードネットワーク(DMN)」と呼ばれる状態になります。このとき、脳は実は非常に活発で、記憶を統合し、情報を整理し、創造的な結びつきを生み出しています。*2

 
 
 

研究では、DMNが活性化しているときに、問題解決能力や創造性が高まることが示されています。
スマホを見ているとき、このDMNが働きにくい場面が増えます。つまり、ぼーっとする時間こそが、深い思考を生むのです。*2

これは禅で言う「無為自然」――何もしないことで、本来の力が発揮される――と同じ原理です。

効果2|マインドフルネスによる認知機能の向上

「今ここ」に意識を向けることで、心が落ち着き、思考がクリアになります。ハーバード大学の研究では、マインドフルネス実践により、不安・抑うつ・ストレス・注意などの改善効果が報告されています。*3

電車の揺れ、窓の外の景色、自分の呼吸――これらに気づくだけで、瞑想状態に入ります。

効果3|情報過多からの解放

現代人の脳は、1日に約34GBもの情報を処理していると言われます。*4 この情報過多が、思考の浅さ、決断疲れ、ストレスを引き起こします。

電車禅でスマホから離れることで、脳がリセットされ、本来の思考力が戻ってくるのです。禅の言葉で言えば「空(くう)」――何もない状態にすることで、すべてが満たされる――という境地です。

電車の窓から見える朝の景色

試してみた4つのパターン

電車禅には、座っているか立っているか、何に意識を向けるかによって、いくつかのパターンがあります。1週間の実践で試した4つの型を紹介します。

【型1】座禅型|深い思考のための基本形

座り方

1. 座席に深く腰掛ける
2. 背筋を伸ばす(座禅の姿勢を意識)
3. 手は膝の上か太腿の上に、軽く置く
4. 目は半眼(半分閉じる)または窓の外の一点を柔らかく見る

意識の向け方

1. 呼吸に意識を向ける(数を数えても良い)
2. 思考が浮かんでも、追いかけず、ただ観察する
3. 雲が流れるように、思考を流す
4. 電車の揺れを感じる

こんなときにおすすめ
朝の通勤で1日の準備をしたいとき、仕事帰りで頭をリセットしたいとき、重要な会議やプレゼンの前

目を閉じて椅子に座る男性のイラスト

【型2】立禅型|身体感覚を使う応用形

立ち方

1. 両足を肩幅に開く
2. つり革は軽く持つ程度(体重をかけない)
3. 膝を少し緩め、重心を下げる
4. 背筋は伸ばすが、力まない

意識の向け方

1. 足の裏の感覚に意識を向ける
2. 電車の揺れと共に、重心が移動するのを感じる
3. バランスを取る身体の微調整を観察する
4. 「今ここ」に身体がある感覚を味わう

こんなときにおすすめ
混雑していて座れないとき、身体感覚を研ぎ澄ませたいとき、頭が疲れているとき(身体に意識を移す)

吊り革を持って目を閉じる女性のイラスト

【型3】公案型|問いと共に座る

禅には「公案(こうあん)」と呼ばれる、答えのない問いがあります。「隻手の音声(片手の拍子はどんな音か)」「庭前の柏樹子(庭の柏の木の意味は何か)」など。

電車禅でも、問いをひとつ立てて、考え続けます。

実践方法

1. 問いをひとつ立てる
 「本当にやりたいことは何か?」
 「この問題の本質は何か?」
 「自分は何を大切にしているか?」
2. 答えを求めず、問いと共にいる
3. 浮かんでくる思考を観察する
4. 結論を急がない

こんなときにおすすめ
人生の転機にいるとき、重要な決断を迫られているとき、深い自己理解を求めているとき

目を閉じて考えている男性のイラスト

【型4】只管見る型|観察を極める

ただ窓の外を見る。景色、人、建物――判断せず、評価せず、ただ見る。

実践方法

1. 窓の外の景色を見る
2. 「きれい」「汚い」などの判断をしない
3. ただ色、形、動きを観察する
4. 新しい発見に開かれている

こんなときにおすすめ
観察力を高めたいとき、頭を完全に空にしたいとき、クリエイティブな仕事をしているとき

窓の外を見ている女性のイラスト

実際に1週間試してみた

理屈はわかった。でも本当に効果があるのか? 実際に通勤電車で1週間実践してみました。通勤は往路15分、復路20分。普段はずっとスマホを見ていた時間です。

1日目|月曜の朝(往路15分・座禅型)

スマホをバッグにしまい、座席に座る。最初の5分は落ち着かない。「何かしなきゃ」「時間がもったいない」という焦燥感。周りの人はみんなスマホを見ている。

でも、窓の外を眺めているうちに、少しずつ呼吸が深くなってくる。朝の景色、通り過ぎる駅、人の流れ――普段はまったく見ていなかったものが、目に入る。

感想
最初は「何もしない」ことがこんなに難しいと思わなかった。でも、降りるときには頭がスッキリしている感覚。いつもよりクリアに1日を始められた気がする。

3日目|水曜の夜(復路20分・立禅型)

満員電車で座れず。つり革を持って立禅を試す。最初は「立っているだけ」と思ったが、意識を足の裏に向けると、電車の揺れに合わせて重心が移動するのがよく分かる。

身体がバランスをとっている。そのことに気づくと、不思議と心も落ち着く。午前中の会議での出来事が頭に浮かぶが、追いかけず流す。

感想
立っていても瞑想できると知った。むしろ身体感覚に集中できて、頭がリセットされる。帰宅後の疲労感が、いつもより軽い。

5日目|金曜の朝(往路15分・公案型)

「今週の仕事で学んだことは?」という問いを立てる。答えを探そうとせず、ただ問いと共にいる。

すると、断片的な気づきが浮かんでくる。月曜の失敗、水曜の成功、木曜の気づき――バラバラだったピースが、少しずつ繋がっていく感覚。メモは取らず、ただ観察する。

感想
午後の会議で意見を求められたとき、スラスラと言葉が出てきて自分でも驚いた。電車禅で考えていたことが、知らないうちに整理されていたみたい。

7日目|日曜の午後(移動20分・只管見る型)

週末の外出。電車の中で只管見る型を試す。窓の外の景色をただ見る。判断せず、評価せず。

すると、いつも通る道なのに、見たことのない店に気づく。新しくできたのか、それとも今まで見ていなかっただけか。

感想
「見ているようで見ていなかった」ことに気づいた。電車禅を始めてから、日常の解像度が上がった気がする。

1週間を終えての総括

最初は「何もしない時間がもったいない」と感じていました。でも1週間続けると、この「何もしない時間」こそが最も生産的だったと気づきます。

  • 会議での発言の質が上がった
  • アイデアが自然と浮かぶようになった
  • 頭の疲れが軽くなった
  • よく眠れるようになった

そして何より、通勤時間が苦痛ではなくなったのです。むしろ、貴重な思考の時間として楽しみになりました。

笑顔で電車を待つ女性

こんな場面で試してみた

1週間の実践を通して、少なくとも私にとっては効果がありました。道元禅師は言いました。「修証一等」――修行と悟りは別物ではない。実践そのものが、すでに悟りである、と。*1

電車禅も同じかもしれません。結果を求めず、ただ実践する。それだけで、思考は自然と深まり、心は研ぎ澄まされたように感じました。

 

「電車禅」の3つの約束

スマホを置く(無所有)

何もしない(無為)

期待しない(無心)

ノートもペンも、アプリも要りません。必要なのは、あなたの意識だけ。1日10分の「電車禅」。通勤時間が、あなたの禅堂になります。

あなたも今日の帰りの電車から、試してみませんか?

(参考)

*1 愛知学院大学 禅研究所|禅滴  平成19年度
*2 Raichle, Marcus E., Ann Mary MacLeod, Abraham Z. Snyder, William J. Powers, Debra A. Gusnard, and Gordon L. Shulman (2001), “A Default Mode of Brain Function,” Proceedings of the National Academy of Sciences, Vol. 98, No. 2, pp.676–682.
*3 Harvard Gazette|Harvard researchers study how mindfulness may change the brain in depressed patients
*4 UC San Diego|How Much Information? 2009 Consumer Report

【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部

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