なぜミツカンは、220年の歴史を武器に「新主食の会社」へ変身できたのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season7 vol.8】

ミツカンが220年の歴史を武器に「新主食の会社」へ変身できた理由——ZENBに息づく創業精神の再起動

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season7

Season6では「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしました。
Season7では、より深く「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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1804年創業——江戸時代、捨てられていた「酒粕」に着目してお酢を作ったのがミツカンの始まりです。*1

捨てられるものに価値を見出す。220年の時を経て、この創業の精神がまったく新しい形で蘇っています。黄えんどう豆の薄皮まで「まるごと」使い切った麺「ZENBヌードル」が、2025年5月時点で累計2,000万食を突破。ZENB全体では3,000万食を超え、過去最速ペースで伸長しています。*1 *2

「お酢の会社」が「主食の会社」になる——この変容のなかに、2026年のマーケターが学ぶべき最も根本的な問いが隠れています。

「捨てる部分」を「主役」に変えた——ホールフードという創業精神の再起動

ZENBのコンセプトはシンプルです。「植物を可能な限りまるごと使う」。*1

通常の食品加工では、豆の薄皮・野菜の芯・果物の皮は捨てられます。しかしここにこそ、食物繊維・ポリフェノール・ミネラルが豊富に含まれています。ZENBヌードルは黄えんどう豆を薄皮まで丸ごと100%使い、つなぎも添加物も一切使わずに麺を作りました。*1

この「まるごと」という発想は、実はミツカンの創業精神と地続きです。220年前、酒造りの副産物として捨てられていた酒粕を原料にお酢を作った。「廃棄されるものを価値に変える」——この発想がZENBという形で現代に転生しています。

競合が「代替肉(フェイク)」の開発に向かうなか、ZENBが選んだのは「豆そのものの美味しさを追求する」道でした。*1 偽物で本物を代替するのではなく、豆という食材を「そのまま主食にする」という逆転の発想です。

「制限(グルテンフリー・糖質オフ)」という訴求を「豊かさ(美味しさ)」に変えたバリュープロポジションも秀逸です。一般的にグルテンフリーや低糖質の食品は「我慢するもの」として認識されがちです。ZENBは「おいしく糖質オフが叶う」という体験の設計によって、制限食というカテゴリーから脱出しました。

捨てられていた黄えんどう豆の薄皮を主役にしたZENBヌードル——ホールフードという発想が制限食を豊かな食体験に変える

スーパーの棚に並ばない——D2Cが生む「顧客との直接関係」という資産

ZENBの戦略でもうひとつ注目すべきは、その流通設計です。

創業当初から自社EC(D2C)専売でスタートし、スーパーの棚(B2B2C)での価格競争を意図的に避けました。*2 2025年春からリテール(小売店)への本格展開も始まりましたが、D2Cを軸とした直接販売モデルはいまも中核です。

比較軸 スーパー流通(B2B2C) ZENB(D2C中心)
顧客データ 小売店が持つ(自社には届かない) 自社で直接蓄積
価格競争 棚での横並び比較が発生 ブランド価値で競争から外れる
リピート設計 来店・購入は顧客任せ サブスクで習慣化をデザイン
コミュニケーション パッケージのみ メール・SNS・コミュニティで直接対話

D2C戦略の核心は「顧客データの自社保有」です。誰が・何を・どのくらいの頻度で買っているかが分かれば、次の商品開発・コミュニケーション・パーソナライズの起点になります。*2

ZENBはこのデータをもとにサブスクリプション(定期便)モデルを中核に置き、「グルテンフリーを求める方が失敗を繰り返す体験を終わらせる受け皿」として設計しています。*2 単に商品を売るのではなく、顧客の食生活という「習慣」をデザインすることを目指しているのです。

また、ミツカンブランドを前面に出さずZENBとして独立したブランドを育てた点も重要な判断です。「新しい食文化を作っていくブランドとしてZENBを浸透させる」という明確な意図があります。*1 老舗の信頼を背景に持ちながら、スタートアップのスピードと柔軟性で動く組織設計——この二重構造がZENBの強さです。

スーパーの棚を避けたZENBのD2C戦略——顧客データを自社資産にするサブスクリプションモデルの設計

「伝統」は守るものではなく、「形を変えて引き継ぐもの」

ZENBの事例が示す最も重要な問いは、「自分たちの本業はこれだ」という定義を疑うことです。

ミツカンが「お酢の会社」という定義に留まっていれば、ZENBは生まれませんでした。しかし「捨てられるものを価値に変える会社」という定義で自社をとらえたとき、220年の歴史は「過去の遺産」ではなく「未来への羅針盤」に変わります。

2026年のマーケティングは、モノを売ること以上に、そのモノを通じて顧客の「食生活というライフスタイル」をどうアップデートするかです。ZENBが「365日×6食」という設計思想を持つのも、一時的な「買い物」ではなく、顧客の「毎日の習慣」に入り込むことを目指しているからです。*1

あなたのビジネスには、「捨てている価値」がないでしょうか。そして「自分たちの本業」という思い込みが、次の成長の芽を摘んでいないでしょうか。伝統とは守るものではなく、形を変えて引き継ぐもの——ミツカンが220年かけて証明したことです。

「お酢の会社」から「捨てられるものを価値に変える会社」への再定義——220年の歴史が未来への羅針盤になる

 

【本記事のまとめ】

1. 「捨てる部分」を「主役」に変えた——220年前の創業精神が現代に転生した
捨てられていた酒粕からお酢を作った創業の精神が、黄えんどう豆の薄皮まで丸ごと使うZENBヌードルとして転生した。競合が代替肉へ向かうなか、「豆そのものの美味しさ」を追求したホールフードの発想が、制限食というカテゴリーを「豊かな食体験」に変えた。

2. D2C×サブスクで「習慣」を売る——顧客データを自社資産に変える流通設計
スーパーの棚を避けた自社EC専売スタートにより、顧客データを直接蓄積。サブスクリプションモデルを中核に置くことで、一時的な購買ではなく「食生活の習慣化」をデザインした。ミツカンブランドを背景に持ちながら、ZENBとして独立したスタートアップ的な動きを可能にした組織設計も鍵。

3. 「本業の定義」を問い直す——伝統は守るものではなく形を変えて引き継ぐもの
「お酢の会社」ではなく「捨てられるものを価値に変える会社」と再定義したことで、220年の歴史が未来への羅針盤になった。ライフスタイルそのものをデザインするという発想が、「365日×6食」という設計思想につながっている。

よくある質問(FAQ)

ZENBはなぜミツカンブランドを前面に出さないのですか?

ZENB JAPANの担当者は「ミツカンとの関係を隠しているわけではないが、新しい食文化を作っていくブランドとしてZENBを浸透させるため」と説明しています。老舗ブランドの「安定・保守」というイメージが、新しい食体験を提案するZENBのブランドアイデンティティと噛み合わない可能性を考慮した戦略的な判断です。バックには220年の信頼と研究開発の蓄積がありながら、顧客との接点ではZENBという新しいブランドとして対話する——この二重構造がD2Cブランドとしての成功を支えています。

「ホールフード」という発想は他のビジネスにも応用できますか?

応用できます。重要なのは「廃棄・捨てている部分に価値があるかもしれない」という視点です。たとえば製造業で生じる端材・副産物、サービス業で蓄積されるが活用されていないデータ、顧客対応のなかで得られるが記録されない声——これらすべてが「捨てられているホールフード」です。ZENBが証明したのは「捨てる部分を主役にする」という発想が強力な差別化になりうるということです。自社の事業で「捨てている価値」が何かを探すところから始めることができます。

D2Cブランドの弱点はありますか?

あります。最大の課題は「認知の獲得コスト」です。スーパーの棚に並べば自然な露出が生まれますが、D2Cは自力でターゲット顧客に到達しなければなりません。ZENBも当初はSNS・SEO・口コミを中心に地道な認知獲得を行い、2025年春からリテール展開にも踏み出しています。「D2Cで顧客データを持つ」という強みを活かしながら、徐々にチャネルを多角化するという進化が見られます。D2C一本槍ではなく、D2Cで得たデータと顧客関係をベースにしながらリテールとも補完し合う設計が2026年型の答えかもしれません。

(参考)

*1|digmar「『新主食』で累計300万食突破。3周年のZENBが語る商品開発・企画の経緯と未来」ZENB JAPAN長岡氏インタビュー。1804年創業・創業時の酒粕からお酢を作った逸話・「植物を可能な限りまるごと使う」コンセプト・動物性原料・添加物不使用・「ミツカンブランドを前面に出さない」理由・代替肉ではなく植物性のものへの挑戦・「365日6食」の設計思想・「ZENBU」から「ZENB」への命名経緯を確認
*2|ECのミカタ「ZENBが描く商品ポートフォリオ×チャネル多角化戦略」。累計3,000万食突破・2,000万食突破から約1年で3,000万食達成・「365日×6食」設計思想・2025年春からリテール本格展開・D2C中心の戦略・「グルテンフリーを求める方の受け皿としてサブスクで継続的に届ける仕組み」・サブスクが定期モデルの中核であること・ZENBヌードルの2025年5月時点での累計2,000万食突破を確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season7

「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を事例で深掘りしていきます。

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Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで
Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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